201 遭遇
今宵の夜会の舞台となるのは、とある貴族の所有する豪奢な屋敷だ。
エントランスに足を踏み入れ、オルタンシアはその煌びやかさにぱちくりと目を瞬かせる。
なんというか思わず目が眩んでしまうほど、調度品や装飾がぎっしりと飾られているのだ。
「わぁ……王宮にも引けを取らない華やかさですね」
「あまりセンスがいいとは言えないがな。派手好きの成金趣味だ」
ジェラールがぼそりと呟いた言葉に、オルタンシアは度肝を抜かれてしまった。
慌てて周囲を見回したが、幸いなことに誰にも聞かれていないようだ。
「お兄様っ……! せっかく招待していただいたのに誰かに聞かれたら大変ですよ!」
「別に、関係が悪化して困る相手などいない」
「そんな……」
ジェラールの淡々とした態度に、オルタンシアは困惑してしまった。
今日ジェラールは、愛する恋人を紹介するためにオルタンシアをここへ連れてきたのではないのだろうか。
(関係が悪化したらお相手の方が困りそうだけど……)
ちらりと周囲を見回せば、オルタンシアが見知った顔よりも見知らぬ顔の方が多い。
ジェラールは有力な商人なども出席していると言っていた。
貴族の集まりに顔を出すことが多いオルタンシアでは、知らない顔が多いのも当然だろう。
(お兄様の恋人はもう来ていらっしゃるのかな)
周囲には着飾った若い女性も多い。
幾人かはジェラールが気になるのか、目を輝かせちらちらとこちらに視線を送っているようだ。
だがジェラールは女性たちの視線など意に介することもなく、オルタンシアへ声をかける。
「行くぞ」
「あっ、はい!」
結局、この場にジェラールの恋人はいなかったようだ。
ほっとしたような、ある意味残念なような複雑な気分で、オルタンシアは慌ててジェラールの後に続いた。
メインの会場となる大広間には、既に多くの人が集まっていた。
幅広い層の客を招待しているのか、普段出席している夜会よりも人々の装いは独特なものが多い。
(ふふ、ジャネットが見たら喜びそう)
そんなことを考えながら、オルタンシアはジェラールに続くように会場を進んでいく。
(ここに、お兄様の恋人がいらっしゃるんだよね……)
もしかしたらもう、こちらに気づいているのかもしれない。
気を抜いている場面を見られては大変だと、オルタンシアは背筋を正した。
「まぁ、ジェラール様ではありませんか!」
「本日は妹君もご一緒されているのですね」
すぐに、ジェラールに気づいた者たちが我先にと寄ってくる。
オルタンシアはあわあわしかけてしまったが、ジェラールが自然な手つきでオルタンシアの肩を抱き寄せたので度肝を抜かれてしまった。
「えぇ、オルタンシアにとってもよい機会ですので」
(お、お兄様……!?)
ジェラールらしからぬ行動に、オルタンシアは困惑しっぱなしだった。
ジェラールは通常、このように公の場で他人に対してべたべたと触れるような人間ではない。
まるで誰かに見せつけるようなその行動に、オルタンシアはジェラールが何かに乗っ取られてしまったのではないかと心配になるほどだった。
(もうすぐ恋人に会えるから浮かれてるのかな? ……お兄様がそんな風になるってあんまり考えられないけど)
今回の夜会に関するジェラールの行動には、どうにも奇妙な点が多いように思えてならない。
恋は人を変える……にしても、どうにも違和感を覚えずにはいられないのだ。
次から次へと、人々はジェラールに声をかける。
その中にはオルタンシアの知っている者も、知らない者もいた。
オルタンシアはいつジェラールの恋人が現れてもいいように、いかにも「優雅な公爵令嬢です」とでもいうような余所行きの笑みを浮かべていたが、一向にその恋人はやって来ない。
ちらりとジェラールの様子を伺っても、焦っていたり誰かを探したりする様子もない。
さっぱりわけがわからなかった。
ジェラールは時折、まるで誰かを探すようにオルタンシアを連れて会場内を移動した。
だがいつまで経っても、ジェラールの恋人らしき人物は現れない。
内心で首をかしげるオルタンシアに、ジェラールがそっと囁いた。
「飲み物を取って来るから少し待っていろ」
「はっ、はい!」
緊張していると悟られたのだろうか。
オルタンシアは何の気はなしにジェラールの歩いていった方へ視線をやったが……何故だかそこにジェラールの姿はなかった。
まるで煙のように、忽然と姿を消してしまったのだ。
(えっ、お兄様!?)
オルタンシアは慌ててきょろきょろと視線を彷徨わせる。
だがどこにもジェラールの姿を見つけることはできなかった。
こんな短時間で、彼はいったいどこに消えてしまったのだろう。
急に不安が押し寄せて、ぎゅっと指先を握り締めたその時だった。
「ベルナデット……?」
聞き覚えのある名前が耳に届き、オルタンシアは反射的にそちらを振り返る。
……そして、己の目を疑ってしまった。
視線の先では、一人の男性が呆然とした表情でこちらを凝視していたのだ。
オルタンシアは、その人物を知っていた。




