198 そんなの、わかりきってるのに
「初めまして、オルタンシアと申します。お会いできて光栄です。……うーん、ちょっと固いかな?」
大きな姿見の前で、オルタンシアは一人うんうんと唸っていた。
いつものような衣装合わせではない。
今度の夜会で兄が恋人(仮)を紹介してくれた時に、どう反応すべきかの練習だ。
「もうちょっと大げさに喜んでみせた方がいいのかな……」
オルタンシアが恐れているのは、ジェラールや彼の恋人にオルタンシアの恋心が露見してしまうことだ。
そうなってしまえば、気まずいことこの上ない。
最悪、兄と恋人の間に亀裂が入ってしまうかもしれない。
そんなことにならないように、なんとしてでも完璧な「妹」でいなければ。
「わぁ! あなたがお兄様の恋人ですか!? すっごくお似合いで驚いちゃいました!!」
無理にはしゃいだ声が空気に吸い込まれ、一拍置いて室内はしぃんと静まり返る。
「なにやってんだろ、私……」
少しでも気を抜けば、このように虚無感に苛まれてしまう。
おそらく、オルタンシアは正しいことをしている。
やっとこの世界の兄が掴んだ幸せを、祝福することこそがオルタンシアが「妹」として彼にできる一番のことなのだから。
そのはずなのだが……どうにも心は沈み込んでしまうのだ。
(お兄様の恋人って、どんな方なんだろう……)
鏡越しに浮かない顔の自分を見つめながら、オルタンシアはぼんやりと考える。
ジェラールの隣に並んでも遜色がないような、凛々しくキリっとした美人だろうか。
それとも、思わず守ってあげたくなるような可愛らしさ全開の女性かもしれない。
はたまた、マルグリットのように我儘で相手を振り回すようなタイプの可能性も……。
「はぁ……」
考えれば考えるほど、ため息が出てしまう。
きっとジェラールの恋人がどんな相手でも、オルタンシアは思わずにはいられないのだろう。
「どうして自分では駄目だったのだろう」と……。
(そんなの、わかりきってるのに……)
ジェラールにとってオルタンシアは「妹」という存在であり、それ以上でもそれ以下でもないからだ。
はなから恋愛対象としては眼中にないのだ。
だからといって、オルタンシアがジェラールの妹でなければそもそも二人の人生が交差すること自体がないのだ。
……あの魔神が作り出した世界は、オルタンシアを陥れるために都合よく作られていた。
きっと本来だったら、妹ではないオルタンシアとジェラールは出会うこと自体がないのだ。
万が一同じ空間に居合わせたとしても、ジェラールがオルタンシアと会話を交わすことはないだろう。
それどころか存在すら認識しないに違いない。
ジェラールとは違い、女神の加護も公爵令嬢と言う立場もないオルタンシアはどこにでもいる凡人にすぎないのだから。
(そう考えると、兄妹として出会えたことが奇跡だったんだよね)
血の繋がりのない、ただの平民でしかないオルタンシアが公爵令嬢として引き取られて。
兄妹としてジェラールと出会い、一緒に暮らして。
父や兄に「家族」だと言ってもらえた。
それだけで、凡人のオルタンシアにはお釣りがくるほどの厚遇ではないか。
(それ以上を望むなんて、どうかしてる)
そう自分に言い聞かせ、オルタンシアは顔を上げる。
鏡の中では、心なしかキリっとした顔の自分がこちらを見つめていた。
「……初めまして、オルタンシアと申します。お会いできて光栄です。お兄様の恋人があなたのような素敵な方で驚きました」
嬉しそうな笑みを張り付け、オルタンシアはなんとかそう言葉に乗せる。
……大丈夫。練習すればもっと自然に言えるようになるだろう。
オルタンシアは再び鏡の中の自分と視線を合わせ、練習に励むのだった。




