197 「妹」として
公爵邸への帰路の途中。
馬車に揺られながら、オルタンシアはぼんやりと思案していた。
(いつまで、こうしていられるのかな……)
今はまだ、兄妹でいられる。
だがいずれ、ジェラールがこうして連れ出す相手も、あの美しい景色を見せたいと思うのも、実際にあの場所へ連れて行くのも別の相手になるのだろう。
その時オルタンシアは、素直に兄の幸せを祝福できるのだろうか。
(今のうちに覚悟を決めておかないと)
ジェラールと一緒にいて楽しいはずなのに、気が付けばこんなことばかり考えてしまう。
……こんなことなら、彼への恋心になんて気づかなければよかったのかもしれない。
なんて、思考がどんどんと後ろ向きになりかけた時だった。
「……今度、ある貴族の主催する夜会がある」
不意にジェラールが零した言葉に、オルタンシアは慌てて顔を上げた。
「夜会、ですか?」
「あぁ。貴族だけではなく、有力な商人なども集まる催しだ」
「そうなのですね……。お兄様は出席されるのですか?」
オルタンシアの素朴な問いに、ジェラールは頷いてみせた。
(でも何で、急にその話をしたんだろう……?)
ただの世間話なのか、出席が面倒だと言いたいのか、はたまた何か楽しみなことがあるのか……。
(はっ、まさか……どこか富豪のご令嬢と恋仲になったとか!?)
あり得ない話ではない。
自分に恋人ができたことをそれとなくオルタンシアに匂わせたいのかもしれない。
様々な可能性が浮かび、オルタンシアは自分がきちんと表情を取り繕えているのかわからなくなってしまった。
そんなオルタンシアに、ジェラールは続ける。
「だから、お前も来い」
「へ?」
思わぬ誘いに、オルタンシアは間抜けな声を上げてしまった。
ジェラールは今まで、このようにオルタンシアを社交界に連れ出そうとしたことはなかった。
父は「この催しに出席しておけば今後のためになる」と教えてくれることが多いが、ジェラールはむしろ「家でおとなしくしていろ」と言うタイプなのだ。
なのに突然、いったい何があったというのか。
(こっ、これは本格的に恋人を紹介されるのでは……?)
もうそうだとしか思えない。
思ったより早く、覚悟を決めなくてはならないようだ。
「わかりました。準備をしておきますね」
なんとか笑顔を取り繕い、オルタンシアはそう口にする。
……「妹」として、兄の幸せを祝福しなければ。
それが、オルタンシアが彼のためにできる唯一のことなのだから。
ジェラールは何も言わず、じっとオルタンシアを見つめている。
もしや笑顔が取り繕えていなかったのかと、オルタンシアは頬が引きつりそうになったが――。
「……衣装はこちらで用意する」
「へにゃ!?」
ジェラールからのまさかの申し出に、オルタンシアは驚きすぎて舌を噛みそうになってしまった。
衣装はこちらで用意する?
わざわざそう宣言するということは、その「衣装」とはジェラールの分ではなくオルタンシアの分だと解釈するべきだろう。
だが――。
(なんで!??)
オルタンシアから見て、ジェラールは自分だろうが他人だろうが何を着ていようが気にしない人間だ。
あからさまに場に合わない装いをしていれば眉をひそめるくらいはあるかもしれないが、そうでなければ何も言わないどころか気にも留めないだろう。
オルタンシアは今までの自分の行動を思い返してみたが、少なくとも社交界に出るときはきちんと場に合った装いをしていたはずだ。
特にジェラールが心配するようなことはないはずなのだが……。
(……やっぱり、自分の恋人に会わせるから変な格好をしてほしくないのかな)
恋をすれば人は変わると、何かの本で読んだことがある。
今までは他人の格好に無頓着だったジェラールも、恋人ができてかなり意識が変わったようだ。
(……悔しいな)
旨の奥底から湧き上がってきたのは、そんな思いだった。
今までずっと、オルタンシアはジェラールの傍にいたのに。
ずっとずっと、近くにいたのに。
それでもジェラールが変わったのは、最近出会った(はずの)恋人によってなのだ。
(でも、受け入れなきゃ)
「……わかりました。お兄様がどんなものを用意してくださるのか、楽しみにしていますね」
せめて最後まで、彼に疎まれることなく「妹」でいさせてほしい。
心では半泣きになりながらも、オルタンシアは精一杯の笑みを浮かべてみせるのだった。




