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193/202

193 あぁ、帰って来たんだ

「えっとお兄様、今日はどちらへ行かれるのですか?」


 馬車に乗り込み、オルタンシアはそっとそう尋ねる。

 どこだろうとついていく所存ではあるのだが、やはり心構えはしたいのだ。

 ジェラールはじっとオルタンシアを見つめると、ぽつりと呟いた。


「王立植物園だ」

「王立植物園……?」


 その響きに、オルタンシアは思わずどきりとしてしまう。

 王立植物園といえば……脳裏に蘇るのは魔神が作り出した世界でジェラールと共に訪れた時のことだ。

 彼がシャングリラの花のブローチをくれたことを、オルタンシアは今でもはっきりと覚えているのだから。


(そういえばあの世界での出来事をお兄様に話したときに、ジェラール様と王立博物館に言ったこともちらっと口にはしたけど……)


 そんな些細な内容をジェラールが覚えていて、しかもこちらの世界で同じシチュエーションを再現するとは思えない。

 きっと、ただの偶然だろう。


(お兄様が私を連れて王立植物園に行く理由はわからないけど……お兄様のことだから、きっと深い考えがあるんだよね)


 オルタンシアはそう自分を納得させた。

 ジェラールは相も変わらず、何を考えているのかよくわからない表情で外を眺めている。

 不思議と、沈黙は苦にならない。


(あぁ、帰って来たんだ)


 あらためてそう実感し、オルタンシアは泣きそうになるのをぐっと堪えた。




 到着した王立植物園は、魔神が作り出した世界のジェラールと訪れた時と同じ景色が広がっていた。

 あの世界はすべて幻だとわかっているのに、オルタンシアは奇妙な懐かしさを覚えずにはいられなかった。

 ぼぉっと景色に見入っていたオルタンシアに、ジェラールが声をかける。


「前に来た際は」

「ひゃい!」

「何を見たんだ」


 じっと探るような目をこちらに向けるジェラールに、オルタンシアは自然と緊張してしまう。


「あの……前、とは……?」

「……あのまやかしの世界でここに来たと言っていただろう」

(お、覚えてたんだ……!)


 まさかここでその話が出てくるとは思わず、オルタンシアはじわりと嫌な汗をかく。

 ……ただの偶然だと思っていた。

 だがジェラールは、オルタンシアがあの世界のジェラールとこの場所を訪れたことを知ったうえで、同じようにここに連れてきたのだ。


(本当になんで!?)


 ……できれば、そっとしておいてほしかった。

 ジェラールが何を考えているのかさっぱりわからず、オルタンシアはまるで尋問官を前にした罪人のような気分になってしまう。

 だが、ジェラールに聞かれた以上いつまでも黙り込んでいるわけにもいかない。

 ぱくぱくと酸素を求める魚のように口を開けたり閉じたりしながらも、オルタンシアは必死に言葉を絞り出した。


「あの、普通にお花を見せてもらっただけです。あそこの入り口から繋がる散策コースで――」


 オルタンシアは身振り手振りを交えながら必死に「特にお兄様が気になさるようなことはなかった」と説明する。

 すると、何かを探るような鋭い表情を浮かべていたジェラールの纏う雰囲気が、少しだけ和らいだような気がした。


「……やはりそうか」

「……? お兄様……?」

「行くぞ」


 今の言葉の何に納得したのかはよくわからないが、ジェラールは歩き出す。

 オルタンシアはほっと安堵の息を吐きその後に続いた。


(……あれ。散策コースとは別なんだ)


 ジェラールがどこに向かっているのかはわからないが、少なくともまやかしの世界でジェラールと共に歩いたのとは違う場所に向かっているようだ。

 後をついていくと、彼はどうやら中央に位置する巨大な温室に向かっているようだった。


(あそこに用があるのかな?)


 この世界でも迷い込んだ世界でも、あの温室に足を踏み入れたことはない。

 何故ジェラールがオルタンシアを連れてきたのかはよくわからないが、興味をそそられるのも確かだ。


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