192 そうだけどそうじゃない
待つこと数日、やっと待ち望んでいたジェラールからのコンタクトがあった。
「お嬢様、ジェラール様からの言伝です」
どこか緊張気味にそう口にするパメラに、オルタンシアはごくりと息をのむ。
きちんと話せるだろうか。いや、話さなければならない。
……オルタンシアの抱えた身勝手な想いは、決して悟られないように。
(大丈夫、私ならできる)
だが、パメラの口から出たのは意外な言葉だった。
「明日の朝から出かけるので支度をしておくようにと……」
「……ん?」
おおよそジェラールの言葉とは思えない内容に、オルタンシアは盛大に首を傾げた。
「えっと、それはお兄様からの伝言なんだよね?」
「えぇ、間違いありません」
「出かけるってどこに?」
「場所は教えてもらえなかったのですが、かしこまった場所ではないので普段街に出るような格好で構わないと……」
「???」
何から何までわけがわからなくて、オルタンシアの頭は疑問でいっぱいになる。
(お兄様、いったい何をお考えなのですか……?)
ジェラールからそのような誘いを受けたことは今まで一度もない。
彼は必要な時以外の無駄な外出はしないタイプであり、用もないのに着飾って出かけるようなことは考えられない。
オルタンシアは友人たちと共に街へ出ることはたまにあるが、魔神の作り出した世界のマルグリットのようにしょっちゅうブティックへ出かけることもない。
言ってしまえば出不精なタイプなのだ、二人とも。
しかもどちらかというと、領地に滞在中にそうだったように仕事人間のジェラールをオルタンシアが外に引っ張っていく方が多いのだが……。
(お兄様が私を外出に誘っている……んだよね?)
支度をしておけというのはオルタンシアの勘違いでなければそういうことだろう。
……正直、天変地異の前触れだとしか思えなかった。
「お兄様、何かあったのかな……」
「うふふ。きっとジェラール様はお嬢様がお目ざめになったことが嬉しくて、少しでもお嬢様に喜んでもらおうと何か計画なさっているんですよ!」
「うーん……」
オルタンシアにはとてもじゃないが、ジェラールがそのようなことをしでかす人物には思えなかった。
「さぁさぁお嬢様! そうとなったら張り切って明日の衣装を選びましょう!」
「そうだね……」
なんにせよ、ジェラールに「支度をしておけ」と言われたからにはそうする他ない。
オルタンシアはうきうきと声を弾ませるパメラと共に、衣裳部屋へと向かう。
「あっ、お嬢様! これなんかはどうですか? すごく可愛いですよ!」
「ち、ちょっと可愛すぎないかな……? お兄様と一緒だし、もう少し落ち着いたもののほうがいいかも……」
ジェラールが何を思ってオルタンシアを外出に誘ったのかわからない以上、衣装選びは困難を極めた。
(まぁお兄様は私が何を着ていようが気にしないだろうけど……)
それでも、ほんの少しでも彼によく見られたいという乙女心はオルタンシアにもある。
(可愛い系と綺麗系、お兄様はどちらがお好きなんだろう……)
きっとそう聞けば、「どちらでもいい。くだらないことを聞くな」と返ってくるに違いない。
あれこれとジェラールの意図を考えながら、オルタンシアは頭を悩ませるのだった。
◇◇◇
迎えた翌日、オルタンシアがそわそわしながら待っていると約束通りにジェラールはやって来た。
「お、お兄様……おはようございます」
おずおずと挨拶をするオルタンシアの前までやって来ると、ジェラールはじっとオルタンシアを見下ろした。
(うっ、この格好は変だったかな?)
とにかく可愛さを押し出したコーディネートにしようとしたパメラをなんとか制し、少しだけ大人っぽさを意識した装いにしたのだ。
……ジェラールの隣に並んだ時、少しでも見劣りしないように。
だがジェラールからしたら、オルタンシアがそんな恰好をしてもちぐはぐに見えるのかもしれない。
ジェラールは何も言わない。
いきなり失敗してしまったか!? ……とオルタンシアは焦ったが――。
「……行くぞ」
彼はただ一言そう言うと、くるりとこちらに背を向けた。
あまりにもつれない反応だが、苦言を呈されなかったことにオルタンシアはほっとする。
「はいっ」
ジェラールに置いていかれてはたまらないと、オルタンシアは慌てて彼の後を追う。
「それじゃあパメラ、行ってくるね」
「はい……」
パメラはジェラールの反応が不満だったのか、何か言いたそうな顔をしている。
そんなパメラを視線で宥めつつ、オルタンシアはジェラールに続いた。
だが部屋を出る直前、ジェラールはぴたりと足を止めたのだ。
(あれ?)
首をかしげるオルタンシアの方へ、ジェラールはくるりと振り返る。
「お兄様……?」
おずおずと声をかけるオルタンシアをじっと見つめ、ジェラールはゆっくりと口を開く。
「その服……」
「!」
まさかジェラールがここに来て今日の格好に言及するとは思わなかったので、オルタンシアは一気に緊張した。
(みっともないから着替えろとか言われたらどうしよう……)
だがおろおろするオルタンシアの内心とは裏腹に、ジェラールの口から出てきたのは意外な言葉だった。
「……いい生地を使っているな」
「…………えっと、ありがとうございます……?」
よくわからないが、これは褒められたと取っていいのだろうか。
とりあえず礼を言うオルタンシアの背後で、パメラが「そうだけどそうじゃないですジェラール様!」と必死に口から出そうになるのを耐えていた。




