191 君に出会えて良かった
「ぁ…………」
父の迷いのない言葉に、オルタンシアの脳裏に蘇るものがあった。
――「……今回の件についてはたとえやり直せたとしても、俺は過去を変える気はない」
この世界に戻ってくる前の、次元の狭間で。
同じようなことを問いかけたオルタンシアに、ジェラールははっきりとそう告げた。
(お兄様もお父様も、答えは同じなんだ……)
たとえオルタンシアやベルナデットに出会ったことで失うものがあったとしても、彼らがそれを後悔することはない。
勝手に不幸だと、可哀そうだと決めつけて空回っていたのはオルタンシアの方なのだ。
(私が勝手に運命を変えて二人を幸せにしたいだなんて、ひどい思い上がりだったんだ……)
公爵夫人やマルグリットのような本当の家族がいる光景が、二人の幸せだとオルタンシアは信じていた。
だが、よくよく考えなくとも二人がそんなことを口にしたことは一度もなかったのだ。
(……そうだよね。私だって、たとえ血がつながっていなくてもお兄様やお父様といられるだけで幸せなんだから)
二人も同じように思ってくれていると、なぜ信じられなかったのだろう。
……父を狙うデュカスの件など、まだ考えなくてはならないことはある。
だがオルタンシアは存外すっきりした気分だった。
「……ありがとうございます、お父様」
必死に声を絞り出し、オルタンシアはそう伝える。
本当はもっと、いろいろなことを伝えたかった。
実の娘じゃないと知っていながら、オルタンシアを探して、見つけて、ここに連れてきてくれたこと。
ジェラールや公爵家の皆と出会わせてくれたこと。
……本当なら手に入れることなど叶わなかった、たくさんの幸せをくれたこと。
きっとどれだけ感謝を伝えても伝えきれない。
そんなオルタンシアの思いをくみ取ってくれたのだろう。
父はオルタンシアを見つめ、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「……君の本当の父親は誰なのか、知りたいと思うかい」
不意にそう問いかけられ、オルタンシアは驚いてしまう。
……正直に言えば、その件については公爵家に引き取られる前も後もほとんど気にしたことはなかったのだ。
生まれた時から父の姿はなく、母にはたくさんの恋人がいた。
それでも、母はいつもオルタンシアのことを一番に愛してくれていた。
そうわかっていたから、それでよかったのだ。
(私の本当の父親かぁ……)
決して強がりではなく、自分でも不思議なほど気にならないのだ。
たとえ目の前の父が「彼が君の本当の父親だよ」と誰かを連れてきたところで、オルタンシアはそれを受け入れられないだろう。
だって――。
「私にとっての父親は、お父様だけです」
オルタンシアははっきりとそう口にした。
たとえ血の繋がりがなくとも、オルタンシアにとっての「父親」は目の前の彼だけだ。
これまでも、これからもずっと。
オルタンシアの言葉に、父は心底嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……ありがとう、オルタンシア」
その言葉だけで、オルタンシアの存在が彼に受け入れられていると心から信じることができる。
(私はお父様の娘で、お父様が私の父親なんだ)
誰が何と言おうと関係ない。
オルタンシアと父がそう思っていれば、それでいいのだ。
「君に出会えて本当に良かった」
「それは私のセリフですよ、お父様。……私を家族にしてくださってありがとうございます」
やっと、心からそう言うことができた。
ここが自分の居場所なのだと、あらためてオルタンシアは感じることができたのだ。
その言葉に、父はゆっくりと頷いた。
「君やジェラールが、私には考えが及ばないほど重要な使命を帯びた存在だということはわかっている。だが……親としては心配なんだ。あまり無理だけはしないで欲しいな、オルタンシア」
「うっ、善処します……」
思わず言葉に詰まってしまったオルタンシアに、父はくすりと笑う。
「さぁ、あまり病み上がりの君を付き合わせるのもよくないな。私はこのあたりでお暇するとしようか」
「えっ、まだまだ大丈夫ですよ?」
「君に無理をさせすぎるとジェラールに怒られてしまうのでね。それに……うっかり口を滑らせて余計なことを言ってしまうかもしれない」
「……?」
余計なこと、とはいったい何だろう。
首をかしげるオルタンシアの頭を、父は優しく撫でた。
「今はゆっくり休む時だよ、オルタンシア。いずれジェラールから話があるだろう」
そう言って、父はにこやかに去っていった。
……彼と話せてよかった。
ずっと胸の中でわだかまっていた思いが、昇華されたような気がした。
(お兄様とも、こんな風に話せるといいんだけれど……)
それでも、オルタンシアが抱える密かな恋心だけは絶対に彼に伝えるわけにはいかないのだ。
少しの切なさを覚え、オルタンシアはそっとため息をついた。




