189 いずれ気づくと思っていたよ
ジェラールに言われた通りオルタンシアはおとなしくしていたが、やはり気になるのは父のことだ。
部屋で悶々すること数日。
タイミングのいいことに、オルタンシアは忙しい合間を縫って公爵邸に帰ってきた父に「二人でゆっくり話さないか」と声をかけられたのだ。
当然、オルタンシアは一も二もなくその誘いに乗った。
いつもは父の部屋に赴くのだが、一応は病み上がりということで今日は父がオルタンシアの部屋まで来てくれるそうだ。
「あわわわ、公爵様にお茶をお淹れすると思うと緊張します……!」
「わー! パメラ! 零れてる!!」
ぶるぶると震える手で準備をするパメラとあたふたしていると、あっという間に時間になってしまった。
なんとかお茶とお菓子の準備を終えた頃、父はやって来た。
「時間を取らせてすまなかったね、オルタンシア。体の調子はどうだい?」
「もうすっかりよくなりました、お父様」
オルタンシアが微笑むと、父は安心したように笑った。
何でもない顔をして父のティーカップにお茶を注ぐパメラの手は少し震えていたが、それでも零すことなくやってのけた。
どこか緊張気味なパメラを見て、父は穏やかな顔をしている。
「ありがとう、パメラ。……少し、オルタンシアと二人で話をしたんだ。悪いがチロルと遊んでてはくれないかな」
「はいっ、わかりました!」
公爵に直接声をかけられたことが嬉しかったのか、パメラは勢いよく返事をするとベッドでごろごろしていたチロルを抱き上げた。
「それではお嬢様、私とチロルちゃんは席を外しますのでどうぞごゆっくり」
「うん、ありがとうパメラ」
「僕もお菓子食べたいんだぞ!」とうにゃうにゃ言うチロルを抱いて、パメラは部屋を出て行った。
残されたオルタンシアは、あらためて父の方へと向き直る。
(私に気を遣ってくれたのかな……)
パメラやチロルが一緒にいては話せないこともあるだろうと、父は気を聞かせてくれたのだろう。
「……ジェラールに聞いたよ。君がずっと眠っていたのは、また厄介なことに巻き込まれていたからだと」
「ぁ…………」
そう言って困ったように笑う父に、オルタンシアは言葉に詰まってしまった。
ジェラールが彼にどこまで話したのかはわからない。
だが、この様子だとある程度のことは知っているのだろう。
「……自分が不甲斐ないよ。父親だというのに、君に何一つしてあげられなかった」
「お父様、そんな……」
「ジェラールがいなければ、今も君は眠ったままだと思うと恐ろしくてたまらない。だが……それでも、君がこうして戻ってきてくれたことが嬉しいんだ」
心の底から慈しむような目で、父はオルタンシアを見つめている。
その愛情のこもった視線に、オルタンシアは泣きたくなってしまった。
(お父様は私が血の繋がった娘じゃないと知っているはずなのに……)
それなのに、彼はオルタンシアのことを「娘」だといってはばからない。
過去に跳んで真実を知ってしまったからこそ、オルタンシアの胸は痛んだ。
……このまま、何も知らないふりをして彼の「娘」でい続けることはできる。
だがどうしても、オルタンシアは知りたかった。
魔神に閉じ込められた夢の中で見た、一見幸せな世界。
公爵夫妻の仲はこじれず、オルタンシアではなく血の繋がった本物の娘がいる世界。
父には、そんな道もあったはずなのだ。
それでも……彼はオルタンシアの母であるベルナデットと恋に落ち、血がつながっていないと知りながらもベルナデットの娘であるオルタンシアを自らの娘として引き取り養育してくれた。
……いったいそれは、何故だったのだろう。
(聞けば、お父様を傷つけるかもしれない)
もちろんその懸念はある。
だが、この先ずっと何も知らないふりを続けながら、彼に接することはできなかった。
「あの、お父様……」
オルタンシアは意を決して口を開く。
「ん? なんだい?」
父は優しく先を促してくれる。
いつもそうだった。引き取られた当初はオルタンシアも「政略結婚の駒にするつもりでは?」と彼のことを疑っていたが、彼はいつもオルタンシアの意志を優先してくれていた。
だからこそ……オルタンシアも、本音で彼と向き合いたかったのだ。
オルタンシアは何度か口を開けたり閉じたりした後に……やっとの思いで言葉を絞り出した。
「どうして……実の子どもじゃない私を引き取ってくださったのですか」
父の顔が見られないまま、俯き気味にオルタンシアはそう問いかけた。
彼がはっと息をのむ気配がし、オルタンシアはどっと冷や汗をかく。
……言ってしまった。
もう、元の関係には戻れないかもしれない。
だがそれでも、オルタンシアは知りたかったのだ。
勇気を振り絞り、オルタンシアは俯いていた顔を上げる。
視線の先の父は……オルタンシアの想像よりもずっと穏やかな顔をしていた。
「……君ならいずれ気づくと思っていたよ」
彼は動揺したり誤魔化すことなく、そう言って笑ってみせる。
その反応に、オルタンシアは何故か泣きたくなってしまう。




