188 悪いようにはならない
「それはもう大騒ぎでしたよ! 連日公爵閣下が方々からお医者様やらまじない師やらを呼び寄せて――」
「あはは、大変だったんだね……」
元の世界へ戻ってきた翌日、オルタンシアはパメラから自分が眠っていた間のことを聞いていた。
なんでもオルタンシアは最後に《時間跳躍》を使った夜からずっと眠り続けており、公爵邸では大きな騒動になっていたようだ。
「でもチロルちゃんも戻ってきて安心しました! 姿が見えないからどうしたものかと……」
「えっと、チロルも私のことを心配していろいろと頑張ってくれていたみたい」
膝の上で居眠りするチロルを撫でながら、オルタンシアはそう取り繕う。
オルタンシアは長いこと眠っていたようだが、多少体がバキバキすること以外は不調らしい不調もない。
それでも周囲の者たちは過剰に心配し、まだ外には出してもらえそうにもなかった。
(私は最後に《時間跳躍》を使った日からずっと眠っていた……。まだどこからどこまでが夢だったのか曖昧なんだよね)
だからこそ、やっと戻って来れた今でも懸念が消えない。
(お父様を死の運命から救うために過去を変えたのは、どうなったんだろう……)
《時間跳躍》を使って二人が出会った日まで跳び、確かに歴史を変えた。
だが今、オルタンシアは「公爵令嬢」としてここにいる。
それはつまり、運命が元に戻ったということなのだろう。
またこの場所に戻ってこられたのはよかったのだが……。
(それって結局、お父様を救えてはいないってことだよね……)
魔神の介入でうまくいかなかったのか、女神か誰かが運命を元に戻したのか。
よくわからないが、結局はスタート地点に戻ってきてしまったのだ。
「うーん……」
ぐるぐると頭を悩ませ唸り声を上げるオルタンシアを、パメラがおろおろと見守っている。
「お嬢様! まだどこか具合が――」
「ううん、大丈夫! ただ……」
オルタンシアは慌てて首を横に振り、パメラに問いかけた。
「あの……お兄様って今お屋敷にいらっしゃるかな? 話したいことがあって……」
一連の出来事を経て、さすがにオルタンシアも反省した。
……結局自分一人で動いても、魔神のいいようにてのひらで転がされてしまった。
そのせいで、ジェラールには多大な迷惑と心配をかけてしまったようだ。
だからこそ、今後は何かしでかす前に彼に相談しなければと考えをあらためたのだ。
オルタンシアの言葉に、パメラは優しく微笑む。
「今確認してまいりますね、お嬢様」
そのまま扉の方へ歩き出したパメラだが、その途端タイミングよくノックの音がして駆け足になる。
「はーい! まぁ、ジェラール様!」
パメラの弾んだ声に、オルタンシアは驚いてしまった。
まさに今会いに行こうとしていた人物が、向こうからやって来るとは。
「今ちょうどジェラール様のお話をしていたところなんですよ! お嬢様がお会いしたいとおっしゃっていて――」
「わー!!」
ぺらぺらと上機嫌でそう話すパメラに、オルタンシアは慌ててしまった。
以前なら別に恥ずかしがるほどのことではないのだが、彼への感情を自覚してしまった今となってはどうにも気恥ずかしいのだ。
「ち、ちょっとお兄様に聞きたいことがありまして……」
もそもそとそう口にするオルタンシアを見下ろしながら、ジェラールはいつもと変わらず無表情で口を開く。
「奇遇だな。俺もお前に伝えたいことがあった」
「ひょっ!?」
「悪いがこの後予定がある。そう時間は取れないが構わないか」
「そ、それはもちろん……」
戸惑いつつもオルタンシアがこくこくと頷くと、ジェラールはすっとパメラに視線をやった。
その視線だけで、パメラはジェラールの意を察したのだろう。
「では私は外に出ておりますので……」
「えっ」
ジェラールと二人きりになると思うと急に緊張してしまい、オルタンシアは縋るような目線をパメラに送る。
だがパメラはにこにこと笑って、部屋の外に出て行ってしまったのだ。
当然、部屋に残されたのはオルタンシアとジェラールの二人だけだ。
一応はチロルもいるのだが、すぴすぴと気持ちよさそうに眠っており起きる様子はない。
オルタンシアはうろうろと視線を彷徨わせたのち、ちらりとジェラールを仰ぎ見る。
彼はまったく動揺することなく、じっとオルタンシアを見つめていた。
「時間がないので単刀直入に言う」
どうやら本当に時間がないようだ。
そう前置きしたジェラールに、オルタンシアはごくりと息をのむ。
「おそらくお前は、またごちゃごちゃと何か考えているだろう」
「うっ」
今さっきまでまさにごちゃごちゃと頭を悩ませて唸っていたオルタンシアは、ジェラールの鋭い指摘に言葉に詰まってしまう。
「詳しいことはまた別途話すが、とりあえずこれだけ言っておく」
ぽん、とオルタンシアの頭に手のひらを置き、ジェラールは身をかがめて至近距離でオルタンシアと視線を合わせた。
彼のまっすぐにこちらを見つめる瞳と視線が合い、自然とオルタンシアの鼓動は早まってしまう。
「いろいろと気になることはあるだろうが、何も心配するな」
ジェラールは言い聞かせるようにそう告げた。
「お前に必要なのは休息だ。ややこしいことは何も気にせずに、体と精神を休めることに勤めろ」
「…………はい」
ジェラールが心からオルタンシアを心配してそう言ってくれているのはよくわかるので、素直に頷く。
すると、ジェラールは安堵したようにオルタンシアの頭を撫でた。
「……心配するな。悪いようにはならない」
まるでオルタンシアの心を見透かすように、ジェラールは重ねてそう口にする。
そんな心遣いにすら、オルタンシアの胸は高鳴ってしまう。
(お兄様は「兄」として私を心配しているだけ。そうわかってはいるけれど……)
なかなか、気持ちを切り替えるというのは難しい。
オルタンシアは何とか気を落ち着け、ジェラールに向かって微笑んでみせた。
「……わかりました、お兄様。わざわざ来てくださってありがとうございます」
気遣いが半分、オルタンシアがまた何かしでかさないか釘を差しに来たのが半分。
ジェラールが忙しい合間を縫ってここに来てくれたのは、きっとそんなところだろう。
ジェラールはそんなオルタンシアの態度に納得したように頷くと、さらりと髪を撫でた。
「……また後日時間を作る。それまでおとなしくしていろ」
それだけ言うと、ジェラールは颯爽と部屋を出て行った。
残されたオルタンシアは高鳴る胸に手を当て、大きく息を吐きだす。
(はぁ、心臓に悪い……)
今まで通りに振舞おうと気を付けていても、彼への好意が滲み出ていないか心配になってしまう。
果たしてこんな調子で大丈夫なのだろうか。
(でも慣れるしかないよね。「妹」として傍にいるためには)
何度もそう自分に言い聞かせ、オルタンシアはわずかに熱を持つ頬をぱちんと軽く叩いた。
私生活が落ち着いてきて執筆にあてられる時間も増えたので、更新頻度を週二回程度に増やします。
どうか第二部完結まで見守っていただけますと嬉しいです!
また、新作の投稿も始めました!
「宮廷の調香師~追放された私が有能書記官に拾われ再起するまで~」
しばらくは毎日更新予定なので、よろしくお願いします!




