187 家
「お嬢様、お嬢様……!」
必死に呼びかける声が聞こえ、オルタンシアはゆるゆると目を覚ます。
真っ先に目に入ったのは、目に涙をいっぱいにためてこちらを覗き込むパメラの姿だ。
「パ、メラ……?」
「お嬢様! よかった! お目覚めになったんですね!!」
途端にパメラに力いっぱい抱き着かれ、オルタンシアは「ぐえ」と情けない声を上げてしまう。
「こらパメラ! そんな風にしたらお嬢様が潰れてしまいます!」
「ひゃああ! 大丈夫ですかお嬢様!!」
アナベルに叱責されたパメラが慌てて解放してくれたので、オルタンシアは深呼吸をして周囲を見回す。
オルタンシアのベッドの傍には、パメラやアナベルを始めとしたヴェリテ公爵家の者たちが詰め掛けていた。
(ここは、元の世界なんだよね……?)
ずっと魔神の領域に閉じ込められていたからか、どうにも実感が湧かない。
ぼんやりするオルタンシアに、周囲は心配そうな目を向けている。
「とにかく、一度お医者様に――」
誰かがそう口にした時だった。
にわかに廊下が騒がしくなったかと思うと、血相を変えて飛び込んできた人物がいた。
「オルタンシア!」
「お父様!!」
やって来たのは、ヴェリテ公爵その人だった。
反射的に「お父様」と口にしてしまってから、オルタンシアははっとする。
(「お父様」って呼んでも大丈夫だったかな……)
目が覚めたばかりで、まだ夢と現実の境界が曖昧になっているのかもしれない。
おろおろするオルタンシアの下に、父はずんずんと大股で近づいてくる。
周囲の者たちはぱっと道を開け、彼はあっという間にオルタンシアの下へとたどり着いた。
おずおずと顔を上げると、じっとこちらを見下ろしている父と視線が合う。
その途端、魔神に閉じ込められたあの世界で見た光景が頭をよぎる。
仲睦まじげに微笑む公爵夫妻と、彼らに溺愛されている本当の娘のマルグリット。
あれが魔神の作り出した幻影だということはわかっている。
だが、そうでなくとも――。
(私は、お父様と血の繋がった娘じゃなかった)
公爵家に引き取られた時から疑ってはいたのだ。
だが、あらためてその事実を知ってしまうと……どんな風に父と顔を合わせてよいのかわからなくなってしまう。
だが、そう思っていたのはオルタンシアの方だけだったようだ。
「よかった……! 戻ってきてくれたんだね……!」
体に強い衝撃が走る。
父に力いっぱい抱きしめられているのだと、一拍遅れてオルタンシアは理解した。
「どれだけ手を尽くしても眠ったままで、もう目覚めないのかと……」
父が震える声が耳に届き、オルタンシアははっとした。
(お父様……泣いてる……?)
彼は確かに泣いていた。
泣きながら、オルタンシアの目覚めを喜んでくれているのだ。
演技などではない、彼の本心だということはすぐにわかった。
(私のことを心配してくださったんだ……)
そう思うと、胸が熱くなる。
たとえ血がつながっていなくとも、彼はオルタンシアの父親なのだ。
オルタンシアが父の死を防ごうとしたように、父もなんとかしてオルタンシアを目覚めさせようと手を尽くしてくれたのだろう。
胸の奥から様々な感情が押し寄せて、オルタンシアはぎゅっと父を抱きしめ返した。
「ただいま、お父様」
そう口にすると、やっと元の世界に……自分の居場所に帰ってこられたのだと実感する。
驚いたように息をのんだ後、父は更に強くオルタンシアを抱きしめてくれた。
「……おかえり、オルタンシア」
苦しいほどの抱擁が、オルタンシアに帰還の実感をくれる。
(さすがにちょっと息苦しいけど……)
そんなオルタンシアの思いを察したのか、アナベルがコホンと咳払いをして父に声をかけた。
「……公爵閣下。それ以上力を強めるとせっかくお目覚めになったお嬢様が潰れてしまいます」
「おっと! それはまずいな!!」
慌てたように父はオルタンシアを解放し、室内は和やかな雰囲気に包まれる。
集まった者たち一人一人の顔を見回し、オルタンシアは涙が出そうになった。
(本当に帰ってこられたんだ……)
ここはオルタンシアが育った、庭園にはシャングリラの花が咲く公爵邸だ。
やはりここが自分の「家」なのだと、あらためてオルタンシアは実感するのだった。




