プロローグ 春日 麗那 『変質者の呼び声』
長く艶やかな亜麻色の髪、髪色に負けないハニーブラウンの明るい瞳、筋の通った鼻と均整のとれた小さな唇、人懐っこい笑顔は彼女に愛くるわしい印象を与える。
春日 麗那を見た人間に彼女の容姿について尋ねたならば大多数は「可愛い」、「可憐」、「美少女」といったことを答えるだろう。
「やっと終わったぁ~~~~!!」
一仕事終えて安堵しながら麗那はベッドに仰向けに倒れこむ。
ここ数日麗那は慌ただしかった。正確に言うならば春日家はここ数日慌ただしかった。というのも親の転勤に合わせて引っ越しの作業に追われていたためだ。
新居での荷ほどきが終わった麗那の部屋には空になったダンボールの山が……いやダンボールの山脈が出来上がっていた。潰して畳んであるとはいえ数十個の引っ越し用のダンボールが折り重なった山がいくつも出来ればなかなか壮観な眺めだ。九州から東京への慣れない移動に加えて女子高生の引っ越しにしては異常な荷ほどきの作業で今日は麗那にはなかなかにハードな1日だった。
「なんとか無事に引っ越せて良かった」
ベッドに横たわり破顔しながら麗那は部屋を見回す。天井にまで届きそうな高さの本棚には大量の漫画とライトノベルとアニメのブルーレイのケースが収納されており、壁一面には美少女キャラクターのタペストリーやポスターがびっしりと張られ、ショーケースには大小さまざまなフィギュアが所狭しと並べられている。
「梱包するときは冷や冷やしたけどどれも大丈夫!」
麗那はいわゆるオタクというやつだ。それも重度の。
彼女の引っ越しの荷物の量が常軌を逸していた理由の半分はこの嵩張る本やグッズをお構いなしに買ってしまうドルオタの性によるところが大きかった。彼女にとって引っ越しの作業は神経を擦り減らす作業であり、梱包の際に本が曲がらないか、ポスターに折れ目がつかないか、フィギュアが破損しないかと気が気でなかったのだが無事に全て部屋に搬入することが出来ほっと胸を撫で下ろす。
不意にスマホの着信音が響く。兄からのLINEの着信で母とコンビニに出かけるから買うものはないかと尋ねるものだった。
東京では九州と違い肉まんには酢醤油が付いてこないという話を思い出し「肉まんが食べたい」と兄に送るとすぐさま「了解」という文字が付けられた可愛らしい動物のスタンプの返信が帰ってきた。
時刻を確認すると自室の荷ほどきを始めてからかなりの時が経っていた。
「お母さんとお兄ちゃんがいない内にやっちゃいますか!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
備え付けのクローゼットを開けると中はレースやリボンをあしらった可愛らしいフェミニンな服から大人びた知的な印象を与えるコンサバ系、レザージャケットや鋲などのアイテムを取り入れた攻撃的なロックファッション、ファーなどの素材を基調とし露出の高いギャル系など様々なジャンルの服が入り乱れていた。
ファッションの坩堝のようなクローゼットの中から床の隅の方に置いてあるダンボールを一つ取り出す。
麗那はブラウスのボタンに指をかけた。ボタンを1つ外す度にきめ細かな白い肌が露出しやがて床にブラウスが落る。続けて腰から白くすらりと伸びた足先へと黒のプリーツスカートが下ろされる。
服の上からでも形がわかるほど豊かだった胸部は、下着姿になったことでその大きさが更に強調される。反面ウエストは括れており縦長な臍からはどことなく色気が漂う。白磁器のような白く艶やかな長い足からは完成された大人の美が感じられた。
「可愛い」か「綺麗」ならば麗那は「可愛い」と言われるような愛嬌のある顔立ちだ。本人の柔和な性格と朗らかな立ち振る舞いもあって小動物的な可愛さがある。だがその反面身体は女性的な魅力に溢れており、その顔とのアンバランスさがどことなく蠱惑的だ。
さきほどのダンボールを開け中から取り出したのは紺色の制服。それに長い手足を通し姿見で自身の姿を確認する。腕を曲げ伸ばししても問題はなく、背中を姿見に向け鏡面に写る背中を振り返り見ても違和感はない。
始業式を明日に控え転校先の制服の着心地やほつれなどが無いかを確認している……わけではない。
「よし!上出来!」
この制服は麗那が自作したものだ。当然転校先の制服ではなくましてや転校前の制服でもない。さらに言えば実在するどの高校でもこの制服は採用されていない。
これは先日まで放送されたていたライトノベル原作のアニメに登場するキャラクターが着ている架空の学校の制服である。合間を見つけてはこつこつと作業を進めて昨日作りあげたものだ。
スマホのカメラアプリを立ち上げ慣れた手つきで自身の制服姿を写真に納めていく。正面から上半身や全身をインカメラで撮り、インカメラで撮れないような角度は姿見を利用するなどして合計数十枚は撮影した。
サブカルチャーコンテンツの楽しみ方は多種多様だ。前情報を調べずに視聴する者、原作と突き合わせどういった点が改変されたのか注意深く観察する者、作画のクオリティに目を向けて吟味する者、キャストの声優目当てで視聴する者などアニメ視聴1つとっても千差万別だ。
その中でアニメやゲームのキャラクターに似せた服装に身を包み非現実感を楽しむのがコスプレである。
近年ではTwitterやInstagramなどのSNSを利用しコスプレイヤー達が気軽に自身の姿を発信することが増えてきている。麗那もそれに倣い今まで部屋でこっそりと一人で興じてきた趣味を他人と共有するべくコスプレ公開用のTwitterアカウントを先日作成し今デビューを果たそうとしているところだ。
震える指でTwitterアプリを開く。すでに投稿する文面は書き上げておりコスプレするキャラ名と作品名に#(ハッシュタグ)を付け、アニメ放送終了を祝う言葉とこれからコスプレ画像を挙げていく旨が述べられている。
「顔は隠した方がいいよね……」
編集アプリで目元が見えないように投稿する画像を編集する。余談だが麗那が個人情報特定を防ぐために目元を見せないようにしたことで、鼻から下のバストアップや、目元にスタンプを入れた横顔などの写真は詐欺サイトへと誘導させようとするいかがわしい女性の広告写真のように見えなくもない。曲がりなりにも制服を着ていることがなおさらいやらしさを加速させているが本人は気付いていない。
麗那は大きな目を閉じ大きく深呼吸しカッと目を開く。
「てい!!」
記念すべきコスプレデビューのツイートが送信された。アカウントを作成したのはつい先日でフォロワーがゼロであるためタグ検索でキャラ名やタイトル名を検索しない限りは誰にもツイートを見られることはないだろう。反応が返ってくるまで時間がかかるかもしれないなどと考えていた直後だった。
『ンハアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!????』
「ハェッ!?」
不気味な甲高い叫びに麗那も思わず叫んでしまう。
「え?え?え?」
こんな住宅街の真ん中で事件が起こったのだろうか。声が聞こえてきた窓の方に麗那は振り返った。
換気のために開けていた窓の向こうには一軒家の2階からスマホをこちらに向けた人相の悪い少年が立っていた。全裸で。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
今度は麗那の声が周囲にこだまする。
「なんですか!?なんなんですか!?東京では引っ越しの挨拶を裸で行う慣習があるんですか!?ご近所さんとは仲良くしたいですけど裸の付き合い(物理)をするつもりはありません!!」
「そんな卑猥な習慣ないわ!!」
手に持っていたスマホでかろうじて見えなかった少年のイチモツが腕を横に振るツッコミの動作のせいで麗那の視界に飛び込んでくる。
「~~~~ッ」
白い肌を真っ赤に染め声にならない声を上げる麗那。部屋でよく服を脱いでいる兄のイチモツを見ることはしばしばありもはや何も感じなくなっている。だが彼は麗那の家族ではないし目の前にあるものは見慣れたイチモツでもない。
「アンタさっきTwitterで自分のコスプレした自撮り画像をアップしただろ!?」
「ハェッ!?なぜそれを!?まさか私のファンですか!?見た瞬間ファンになって秒で住所を特定しちゃったんですか!?ゆくゆくはファンの方と撮影会とかやってみたいとは思ってましたよ!?でも裸はダメですから!!被写体の緊張をほぐすために海パン姿になるカメラマンがいることは存じていますけど最低限パンツは穿いて下さい!!パンツを穿くのは撮影会のマナーだと思います!!」
「なに言ってんだアンタ!?んなこたどうでもいいから自分で上げた画像をよく見ろ!!やべーんだって!!」
「そ、そんな///いきなり褒められると照れます///」
「ち、ちげーよ!!そういう意味の『やべー』じゃねーーよ!!俺の裸がやべーんだって!!」
「た、たしかに良い身体付きをしてらっしゃると思いますけど初対面でいきなり見せつけられても困ります!!」
「そうじゃねぇ!!俺の裸を何とかしろって言ってんだよ!!」
「え!?それってつまりあなたの性欲を処理しろってことですか!?私そんなふしだらな女じゃありません!!」
「ダァーーーー!!もうマジお前なんなの!!いいから画像だ!!画像の背景よく見ろ!!俺が写ってんだよ!!」
「ハェッ!?」
意味がわかり自身の投稿したツイートの画像を確認すると確かに目の前の全裸の少年が小さくではあるが写りこんでいた。
「ヒャアァァァァァァァァァァァ!!ち、ち、違うんですこれは!!全然気付かなかったんです!!」
「ああ!!もう!!とにかく画像をなんとかしてくれ!!」
「ご近所さんのオチンチンを晒して炎上狙いで注目集めようとかそんな魂胆とか全然ありませんでしたからね!!」
「わかったから!!もうわかったから画像をなんとかしてくれ!!」
「オチンチンが写ってると知ってたら私こんなことしてませんからね!!オチンチンでフォロワー稼ぎなんて卑怯な真似しませんから!!」
「あーーーーーー!!わかったよ!!わかったから!!もうなんでもいいから早く俺のオチンチンをなんとかしろーーー!!」
タイトルとサブタイトルは今のところ映画や小説、ドラマなどの作品名のパロディなのですが次の話もその流れを踏襲できるか不安を感じております。タイトルがパロディだからとサブタイトルまで手を出すんじゃなかった……
投稿ペースですが週に1、2回くらいのペースを目標にしていきたいと思います。
プロローグはあと3話あり各プロローグごとに主要登場人物一人一人を登場させていく予定です。




