プロローグ 枝光 陸 『全裸。をプロデュース』
「ンハアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!????」
穏やかな光を湛えた街灯とは対照的な狂乱を孕んだ悲鳴が響き渡る。
例年よりも暖かい風が春の知らせを早く告げたことで、4月の上旬にして桜の花びらはもう全て散ってしまっていたがもし桜の花が咲いていたならばその花弁を全て吹き飛ばしてしまっていただろう。
少し時は遡る。
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枝光 陸の趣味は小説を書くことだ。
受験に追われることはなく入学して環境が大きく変わることもない高校2年の春休みは趣味に打ち込むには最適だ。数時間小気味よく響いていたノートパソコンのキーボードを叩く音が止まる。
「今日はこんなもんだろ」
トレードマークの1つであるツンと跳ねた黒髪を片手でいじりながら1人陸は呟く。見た他人を委縮させてしまう尖った目付きも今は達成感で緩んでいる。
彼がしこしこと書いているのは「ワードホライズン」というweb小説だ。ネット上へと投稿し始め足かけ2年になるこの物語もこの春休みのおかげで進捗はかなり良好だ。
プロの小説家としてデビューするには出版社の新人賞に応募するのが最も一般的な方法だったが、近年では万人が自由に作品を閲覧できるweb小説サイトに投稿しサイト上で読者の人気を集め出版社からスカウトを受けることが商業デビューのプロセスとして確立している。そのため小説家にならんとする夢追い人たちはこぞって投稿している。
もちろん陸もそんな夢追い人の一人……ではない。少なくとも今は違う……。陸は先日出版社からの商業デビューの誘いを断った。
出版社からのスカウトのメールを見ながら陸はポツリと呟く。
「あの人が急に書けなくなったんだ……自分がそうならないとは思えないんだよな……」
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陸は立ち上がり伸びをする。ノルマをこなし心地好い倦怠感に包まれながら部屋で寛ぐ姿は有り触れた光景だ。ただ1つ有り触れてない点を挙げるとするならば……
「春休みの間はほぼ素っ裸だったおかげか小説はだいぶ進んだな。敬愛する早蕨 倫先生の『創作とは内面をさらけ出す行為なのだから執筆中は全裸になって自分をさらけだすべきだ』という持論通りだったぜ。」
陸は今頭から爪先までありのままの姿だ。もちろん下着も穿いていない。
早蕨倫とは陸が創作活動を行うきっかけとなった作家だ。陸にとっては憧れであり目標だった人物であり彼の著書のあとがきにて語られた全裸理論を執筆中は常に実践してきた。春休みという貴重な時間を如何無く執筆活動に捧げたわけだがそれはつまり春休みをほぼ毎日全裸で過ごしたことに他ならない。
「長期休暇に入るといつものことだが全裸に慣れすぎたせいで服を着ると違和感を感じてしまうレベルになってしまったな。明日の始業式でうっかり脱がないように気を付けないと」
既に明日の始業式の用意は済ませてありさきほど小説のノルマも終わらせあとは寝るだけだ。だが寝る前の習慣で陸はスマホからTwitterアプリを立ち上げる。寝る前は目に強い光を入れないことが安眠の秘訣らしいがこれはやめられない。どうせ長時間パソコンのディスプレイを見ていたのだからちょっとスマホを見るぐらい変わらないだろうといつも陸は自分に言い訳をしている。
Twitterでフォローしているアカウントはほぼ漫画や小説、アニメなどの作家や公式アカウントだ。最近では原作や単行本で未出の設定などがTwitterで公開されることが多く日々のチェックを欠かすことはできない。
陸の視線がスマホの画面に注がれる。執筆で身体を痛めないように姿勢をよくすることを常に心がけているためなのだか、片手を腰に当て、ストレートネックにならないようにピンと背筋を伸ばし、もう片方の手で目の高さまでスマホを持ち上げ、眉間に皺を寄せながら全裸で画面を真剣に見つめる陸の姿はなかなかに滑稽だ。
「グッズ発売は嬉しいっちゃ嬉しいけど正直微妙だわ……高校生にはきつい出費で大概原作やコミカライズを買うだけで金なくなっちまうよ……今期豊作っぽいな……期待上げ過ぎると肩透かし食らうパターン多いけどどうだろう……」
上から目線で一通り感想をこぼしつつもフォローしているアカウントのツイートの確認が終わり、今度は前期視聴していたアニメのタイトル名で検索をかける。動画サイトなどでの振り返り一挙放送が先日行われたこともあり作品に関するツイートは活況だった。
その中のツイート――正確にはツイートに添付された画像の1つに陸は違和感を覚える。
アニメのキャラの衣装を着たいわゆるコスプレをしている女の子の画像だ。鼻より上は隠しているが断片的に見える鼻は筋が通っており、少し小さめの均整の取れた形のいい唇や整った顎の輪郭などの断片的な情報からだけでも端正な顔立ちだということがわかる。
髪は日本人離れしている明るいロングの茶髪でカツラかと思ったが柔らかくハリとツヤのある髪はおそらく本人のものだろう。コスプレ衣装の制服ごしからでもわかる豊かな胸に反してウエストは締まり膝丈より短いスカートから伸びる足はしなやかで新雪のように白い。
見るもの全てを魅力する美少女だった。
だが陸が違和感を覚えたのはこのまばゆい亜麻色の髪の美少女ではなく、美少女の背景に写り込む部屋の窓から見える家屋だ。
「…………?」
画面をタップしディスプレイ全面に画像を表示させると……
「ウンンンンンッッ!?これうちの家じゃね!?」
夜中の閑静な住宅街には不釣り合いな素っ頓狂な悲鳴にも似た驚愕の声を陸は上げてしまう。間違いなく陸が十数年暮らしている親の顔ほど見慣れた家だった。投稿された時間を確認するとつい先ほどであり、写真に写る外の景色から察するに恐らく撮られて時間はそれほど経っていない。まさかと思いながら窓から向かいのアパートにチラリと目を向けたあと視線をスマホに戻し震える指先で疑惑の家屋を拡大すると……
「ンハアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!????」
背筋をピンと伸ばし片手を腰に当て威風堂々とした全裸姿で窓際に立っている陸が小さくだが確かに写りこんでいた。
この小説は群像劇ですがあえて主人公を挙げるとするならこの陸です。ヒロインのエッチなシーンを冒頭の話で持ってくる作品は少なくないと思いますが冒頭で主人公の裸にフォーカスした作品はおそらく無いと思います。「誰もやらなかった事とは得てして先人が思いついたけどあえてやらなかったこと」という言葉を読み返していて思い出しました。ほんと誰得なんでしょうね……。
才気渙発な小説家を登場人物に据えてはいますが私にとっては小説を書くというのが今回が初めての経験です。陸に追いつき追いこしたい気持ちで書いていこうと思っています。至らない点などがありましたら是非お気軽にお申し付け下さるとありがたいです。




