初戦闘
「よし、こんな感じでいいかな」
僕はみんなと別れたあと教えてもらった通りに装備を揃えたり、冒険のために必要なものを揃えたりしていた。
今から行く場所は草原になっており、そこには初心者が戦闘経験を積んだり、レベルを上げるために使われる場所で、初心者の草原と呼ばれている。
しかし、その草原の先は森になっていて適正レベルが一気に上がるらしく、ゲーム開始直後は草原で味をしめた人々が森でやられることが多かったそうだ。
「ここか」
草原に着いた僕はあたりを見回した。どことなくチュートリアルの時の草原に似ているが違うところを上げるとすると、魔物がいることだろうか。
距離はあるが、あれはホーンラビットだろう。初心者の草原で稀にでる魔物で、攻撃力は低いが速さがあるらしい。危機察知能力に優れるらしく、気づかれるとすぐに逃げてしまうらしい。
「見てても仕方ないか。ちょっと試してみようか」
距離を詰めるために近づこうとすると、いきなりホーンラビットが顔を上げこちらを向いた。
「この距離で気づくのか」
距離にして十メートルくらいか。気づかれた以上うかつには動けない。といってもすぐに逃げられるだろうけど
「……あれ?逃げない?」
たしか聞いた話だと気づかれた時点ですぐに逃げるはずだったけど…
試しに少し近づいてみる。
「逃げないか、おかしいな」
ある程度近づいても逃げないホーンラビットに違和感を感じ、さらに近づいてみると
「怪我してんのか?」
見てみるとそのホーンラビットは角の先端がかけており、後ろ脚は両方とも怪我をしていた。おそらく他の魔物に襲われて怪我でもして、そのせいで逃げられない状態になってしまったのだろう。
どうする?とどめをさすか?
「迷ってどうする」
別に倒すことに躊躇しているわけではない。倒した時のエフェクトもポリゴンのようになって消えていくらしいし、気悲観があるわけでもない。
ただ、後ろ脚が動かない姿を見ていると自分と重ねてしまう。
「はぁ、今回だけだ、次からは容赦しないからな」
目の前のホーンラビットに対してというより自分に対して言い聞かせるようにして、僕は懐から一つのポーションを取り出した。
これは回復ポーションの中でも最下級のものだが、切り傷程度なら直すことが可能だ。
それをホーンラビットに振りかけると、たちまちのうちに足の傷が治っていく。
最初は足の傷がなくなったことに不思議がっている様子だったホーンラビットも動けるようになったと理解したのか、素早く距離をとった。それでも逃げ出すそぶりは見せなかった。
しばらくお互いに目を合わせたあと、ホーンラビットはお礼と言わんばかりに一鳴きして草原の中に消えていった。
「なんか今日はもうレベル上げとかの気分じゃなくなっちゃったなぁ。でもまあいいか、急いでレベル上げる必要もないしゆっくりやるか」
(帰るのか?主よ)
さて帰ろうかと思ったタイミングで声が頭に響く。
「ん?そのつもりだったけど、どうかした?」
(であるならば我に少し付き合ってほしい)
「いいけど何するの?」
(とりあえず我を出してほしい)
グランの頼みに従い僕の中から呼び出す。
「あれ?そんなに小さかったっけ?」
呼び出したグランを見ると馬程度の大きさになっていた。
(我からすれば体の調節など簡単だ。ところで主よ、我と戦ってはみぬか?)
「はい?」
いきなりの申し出に変な声を出してしまった。
「えっと、何で?」
(主な理由としては、今の主の能力の把握だな。それに、主はレベル一であろう?我と戦えば戦闘経験としてレベルも上がるかもしれぬ。)
確かにそれはそうだ。今の自分がどれだけできるか分かっていないのは危険か。
それに獣魔とだったら危険も少ないだろう。
でも
「お願いしたいけど、あまり目立ちたくないんだよね」
そう、こんなところで明らかにオーラの違う魔物と戦っていたら、今は周りに人がいないからいいけど、もし見られたら面倒なことになりそうだ。
(でしたら私をお使いください)
「野風を?」
(はい、私は幻術の類が得意です。ですのでご主人様たちを隠すことは簡単です)
確かにそれなら大丈夫そうか。
「あれ野風は人型なんだ?」
呼び出した野風は人型をとっていた
「はい、人型では能力が少しだけ制限されますが、人型だと魔力の制御などがしやすくなりますので」
人型になると能力の制限がある。それは本当なのだろうが、野風から感じる力は制限されていてもなお凄まじいものだと直感が告げている。やはりSSランクは伊達じゃないか。
SSランクでこれならばSSSランクのグランなどどうなるのか。今からそれと戦うことに、例えて加減されるとしても少し震えてくる。
(主よ、少し場所を変えたいのだがいいだろうか?)
「ああ、構わないよ」
確かにいくら野風の幻術で隠せるといっても、ここは町を出てすぐの草原だ。万一のことがあってはいけないからね。
グランの案内のもと少し行くと小高い丘が見えてきた。
(あそこでいいだろう)
丘に着くと僕とグランは少しの距離を空けて対面する。グランは元のサイズに戻る気配はない。正直ありがたい。流石にいきなりあの大きさと戦うと言われたら動ける気がしない。
「野風お願い」
「わかりました。展開!」
野風の声と共に、僕たちを中心に二十メートルくらいのドーム型のモヤがかかる。
(範囲はこの中として、最初は我から攻撃をしよう。できると思ったら反撃してくれてよい)
グランはその声が開始とばかりに殺気を発し始める。
殺気が体中を刺しているかのようだ。これは戦いであると理解するには十分だった。
僕は集中するべく深く息を吐く。これが対人戦だったならばいくらか楽だったのにと思うが、余計な思考は邪魔になるだけと目の前のグランに集中する。
目の前にいるのは獣魔ではなく倒すべく敵と認識する。自分の腰に差している獲物に手をかける。あとは向こうが動くのを待つのみ。
じりじりとお互いに距離を空けたまま少しずつ動く。相手の体に力が入る。
(来るか!)
そう思った時にはすでに開いた口が目の前に迫ってきていた。
(速い!間に合うか)
回避は不可能だと判断し、とっさに腰に差した木刀を抜く。
(木刀に噛みつかれたら終わる、受け流すしかない!)
迫りくる牙に木刀の腹を滑らせ、受け流す。
そのまま追撃されないように振り向きざまに一振りする。
その一振りをグランは悠々と避け、距離をとる。
(思った以上に速いな。動きも分かりにくい。だけど反応できない程ではないか)
御堂家には一つの決まりがあった。それは、代々長男は必ず武道を修めることだ。そのやり方は少し特殊であるかもしれない。
まず幼少のころに一通りの武術などをその道のプロに習うことから始まる。普通はその後得意なものを伸ばすために一点に絞るが、御堂家はそれをせずある程度形になるまで全てを習わせる。その後やっとのことで一つに絞りそれを極めることになる。
僕は三歳のころから習い始めることになったが、飲み込みが早かったのか小学校低学年のころにはすでに一つのことを極めんとしていた。それが刀術である。
訓練の一環として対人戦は何度も経験した。時には人間国宝と呼ばれる人とも対峙した。ゆえにグランが人型であったなら少しは反撃できたかもしれない。しかし今のグランは狼だ。流石に獣との実践はしたことが無かったために、その野性的な動きに対応しきれていない。
(考えても仕方が無いか、次はこっちから攻めてみる)
僕は木刀を腰に戻し姿勢を低くする。
ここで変に構えて切りつけるよりは、自分の最速を出せる居合術のほうが有利に働くと判断したからだ。
相手にタイミングを悟らせないように徐々に体の力を抜く。
大事なのはタイミングだ。
全身の力を抜き体が前に倒れる。
(いま!)
前のめりになった状態から足を前に出し走りだす。グランは僕が力を抜いたことに油断したのか少し反応が遅れている。
力を抜いた状態から走り出すという特殊な歩法は、力が無の状態からいきなり力を入れることで体に蓄えられる力が増幅するという効果がある。
目の前にはすでにグランが見えている。後は木刀を獲物の首においてくるだけでいい。
ゲームの中だからなのか、はたまた久々の居合に感覚がマヒしているのか、それとも神という種族が関係しているのか分からないが、今までで最高ともいえる居合だと感じた僕は勝利を確信していた。
最初は勝ち負けではなくただの能力の確認のつもりだった。しかしグランの殺気の当てられ、久々の刀術の感覚に、いつしかただ貪欲に勝利を求めていた。
(俺の勝ちだ!)
そう思った時それは起こった。
グランの体が一瞬大きくなったと思った次の瞬間、首に当たるはずだった刀身は暗い闇に飲み込まれていった。その闇はそれでも足りないとばかりに僕を飲み込み始めた。
理解の追い付かない僕は程なくして闇に飲み込まれていった。
(まさか我に魔法を使わせるとはな)
飲み込まれる直前にそんなグランのつぶやきが聞こえたような気がした。




