G07・モーション
次の週末、私はいつもの通りだった。
いつも通りに図書館に居た。
いつもの席で座って。
そして、いつも通りに思索に耽っていた。
先週は彼女と、有川知子さんと楼來亭でビールを呑んだ。
初めて彼女と呑んだ。
私にとっては初めての、女性と一対一の飲酒だった。
だが、それだけのことだった。
その後はいつもの雑談、楼來亭のメニューと味の話と図書館の新刊の話だった。
いつもの通りに一時間ほどで食事が終わった。
いつもの通りに割り勘で支払いをした。
そして、いつもの通りに店先で「さよなら」を告げて別れた。
私は何も期待していなかった。
期待することなど何もない。
だいたい、何を期待すると言うのか。
そんなことなど、四十路の私にとっては忘れてしまったことだ。
しかし、そう言い切ってしまうと、私は私の心に嘘を付くことになる。
私は、彼女が自分のプライベートな話をしてくれたのが嬉しかった。
そして、彼女のことが少しだけだが分かったことも嬉しい。
それを聞いたけれどもどう反応していいのか、解らなかった自分が居るけれども。
だから結局、私は聞いただけなのだ。
ただ、彼女の愚痴を聞いただけになってしまった。
それを聞いて、私は「ふ~ん」と思った、そう彼女に思われただけだ。
たぶん、それだけだろう。
それだけのことだったのだ。
あの時は。
きっと。
今日も彼女は図書館に現れた。
いつもの通りに午後から。
いつも通りに私の隣の席に座った。
「こんにちは」
彼女、有川知子さんはにこやかに笑った。そして、カバンから資料やノートを出し終えると、彼女はすかさず私の肘を突付いた。
「な、何ですか?」
私がビックリして彼女の方を向くと、彼女は首をすくめて、周りをうかがいながら、私に小声で話し掛けてきた。
「先週はすみませんでした。愚痴をこぼしたりして」
少しはにかんで照れている様子がうかがえた。
私は、鉛筆を持った右手を振った。そして、他意のない笑顔で答えた。
「謝ることは何もないですよ。私は、別に何とも思ってませんよ」
そう答えると、彼女はホッとした表情になった。
「そ、そうですか、それならいいんですけど」
しかし、そう言った後でどこかガッカリしたような、複雑な表情を表した。
「そうなんだ、何とも思わなかったんだ……」
彼女が小さな声でつぶやいた言葉を、わたしは聞き逃さなかった。
それからは私も彼女もお互いに脇目も振らずに資料や書物に視線を落とし、それぞれの作業を始めたのだった。
本のページをめくる音さえも響き渡る図書館の閲覧室。どれ程、ページをめくる音を聞いただろうか。いつもの通りに図書館の閉館時間である十八時が来てしまった。
彼女、有川知子さんと言葉を交わしたのは数時間前の愚痴についての会話だけだった。ただ、私がそう振り返っただけのことだ。
私が、そそくさと書物とノートをカバンに詰めて立ち上がろうとした時だった。
彼女も自分の資料とノートを片付けて、慌ててカバンの中に放り込んだ。そして、立ち上がって、私の前に立ち塞がって私に声を掛けてきた。
「あ、あの、津村さん」
私は名前を呼ばれてビックリした。女の人に名前を呼ばれたことなど、殆どなかったからだ。最近のことだと、歯医者に行った時に受付の女性が私の名前を呼んでくれたことくらいか。
「はい? 何でしょう?」
私は、妙に素っ頓狂な声で返事をしてしまった。だが、そのことに彼女は気が付いていないようだった。
彼女はモジモジしながら、下を向いていた。心なしか、頬が赤いような気がしたけれど、彼女は俯いてしまったので確認のしようがなかった。
ほんの数秒の間躊躇していた彼女だったが、意を決したのか、髪を掻き揚げた後に私の顔をシッカリと見てこう尋ねてきた。
「これからお時間、ありますか?」
お読みいただき、ありがとうございます。




