U21・週末の逢瀬
私と知子はもう、図書館に足を運ぶことは無くなっていた。
週末になると、私は朝早く知子のマンションに出掛け、日曜日の深夜の午前様にならない時間に自宅に帰り着くという生活パターンになっていた。
母親の英香が知子との交際を快く思っていないことを私なりに感じ取っていた。幸いにして平日は「匂い」がしないせいだろうか、母親は追及してはこない。だが、いついかなる時に知子のことを母親が斬り込んでくるか、ハラハラしている自分が居ることも同時に感じ取っていた。
だから、母親のこともあるけれど、私自身は若い恋人達と同じように「毎日でも知子に逢いたい」という盛りのついた犬猫のような状態に陥っていたので、ウィークディにも知子の部屋に行っていいかどうかを尋ねると、知子はひどく困惑して申し訳なさそうな渋い顔をしたのだ。
「ごめんなさい。平日は仕事が忙しくてちょっと無理なの」
少々寂しい想いが心の中を横切ったが、無理をして私のために週末を空けてくれているんだと思うとこれ以上は何も言えなかった。
だが、二回ほど、平日の昼間に知子を見たことがある。
一回目は、私が仕事の絡みで役所の外に出た時のことで、郊外の大型ショッピングモールだった。ショッピングモールの福祉設備の点検が午前中で終わり、そのショッピングモールのフードコートで昼飯を食べることになり、フードコートにあるたくさんのテーブルを見回したら、窓際の一番端に知子が居たのだ。
私は職場の上司や部下と来ていたので知子に声を掛けることが出来ず、遠くから眺めていたのだが、フードコートに居た知子はいつもの知子とは全く様子が違っていた。その様子とは、知子の隣に小さな、そうだな、三歳くらいの子どもが座っていて、その子どもにアイスクリームを食べさせていたのだ。慈しむように子どもと接している知子の姿に少し感動を覚えたが、やはり気になるのは知子とその子どもの関係だった。いろいろと想いを巡らせるが、その関係が全く想像が出来ない私だった。そんな風に気を揉みつつ、サッサと食事を澄ませる上司と部下のペースに合わせていたら昼食を食べ終わってしまい、感傷に耽る時間もなく、知子よりも先にフードコートを去ったのだった。
もう一回は、私の職場であるところの市役所でだった。
そうは言っても私が知子に応対したという訳ではなく、知子は私の部署の隣にある『児童福祉課』の窓口を訪ねたようだった。児童扶養手当だったか、児童医療費助成だったか、その両方なのか、いずれにせよ何かの申請に来たようなことを遠くの方で職員が言っていた気がする。その時の知子はやはり三歳くらいの子どもを連れていた。以前のフードコートでは遠くてよく解らなかったが、今度はその子どもが女の子だとハッキリと判った。目がクリッとした可愛い女の子だった。
目ざとく私を見付けた知子はハッとした後にバツの悪い笑顔で会釈をした。私も軽く首を下げるに留めた。だが、それだけで窓口には行かず自分の仕事をした。職場の誰かに悟られたくないというバイアスが私の心を横切ったからだ。
「さっきの女性、津村さんと知り合いなの?」
知子が窓口から去った後、対応した同僚の女性職員が私に尋ねてきた。
「顔見知り程度だけど」
私は稀薄な態度を示した。
「ふーん、そうなの。養子に出していた子を引き取ると手当とか助成とかしてもらえるのか?って尋ねてきたのよ。たぶん、連れていた子がそうなんだろうけど、未成年者、特に十五歳未満の養子縁組は法定代理人とか、もしくは家裁の審判とかがあってややこしい話のはずなのによく解ってない感じだったから」
不思議そうな顔をする同僚に、私も不思議そうな顔をした。
「顔を知ってるというだけで、プライベートなことは全く知らないんですよ」
私のセリフの前半は事実と違うが、セリフの後半は全くの事実でその通りだった。
「そう。立ち入ったことを聞いてごめんなさい。津村さんが知り合いならどんな事情かなと思って訊いただけよ。気にしないで」
同僚は微笑んで自席に戻った。私はその同僚の後姿を見送りながら、知子のことを考えていた。
よくよく思えば、私は知子のプライベートは一切知らないのだ。
二年前に建てられたデザイナーズ・マンションに住んでいることしか知らない。白いインテリアに囲まれて暮らしていることくらいしか。
知子と、その「三歳くらいの女の子」との関係はなんなのだろうか。母と娘なのか。それとも養子縁組した娘ともいうのか。
考えたら、知子の仕事すら本当かどうか解らなくなってきた。
「某中堅のIT企業のマーケティング部所属のOLで独身の二十九歳」
知子は私にそう紹介してくれたが、子ども連れで平日のショッピングモールに居たり、平日の児童福祉課に現れること自体、不思議な感じではある。もっとも「代休消化」とか「有休休暇消化」の場合も考えられないことはないのだが。
とにかく、私は知子のプライベートを何も知らないのと同然であることにハタと気が付いたのだ。
「あ! あぁ、あ、あれね。い、従姉の子でね。あ、預かってたの。そ、それでね、い、従姉がね、預かりついでに市役所で訊いてきてって、そ、そう言われたから、その……市役所に行ったの。ただそれだけなの!」
次の土曜日に、平日の市役所で顔を合わせた話をしたのだ。すると、知子はとても困った顔をして真っ赤になり、更に額から滝のような汗を流して答えたのだった。そんな風に答えに窮する知子を見たのは初めてだ。
「へぇ、そうだったの」
何か隠しているようにも感じたのだが、私は知子の回答にそう応えた。
惚れている立場は弱い。
私は何も見ようとはしないで、ただ知子を鵜呑みにしようとしていた。
実際、知子のマンションの部屋には私と知子しかいない。
三歳くらいの女の子の影は見当たらない。
その部屋の白いソファに座る私。
ソファに座る私の横に知子が身体を押し付けるように座る。
私は知子を抱き寄せて髪の香りを嗅ぐ。
知子は私にしな垂れてくる。
いつの間にか唇が重なる。
こうして始まるのだ。
いつもの『週末の逢瀬』が。
お読みいただき、ありがとうございます。




