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M13・告白

 有川はマンションのセキュリティブースでロックを解除すると私に駆け寄り、私の腕につかまって一緒にマンションの入り口をくぐった。そして、私がエレベータのボタンを押した。

「ポーン」

 すぐにエレベーターの到着を知らせる音が鳴り、エレベーターのドアが開いた。私の腕につかまち、私に寄り掛かる有川を引っ張りながら、私と有川はエレベータ―の中へと入った。それから「14」のボタンを押し、続いて「閉まる」のボタンを押した。

 ドアが閉まったエレベーターは静かに私と有川を十四階に届けた。十四階の通路も私に寄り掛かりながら歩き、自分の部屋の玄関にたどり着いた有川は、やっと私の腕から離れてドアのセキュリティを解除した。そして、前回と同様に私を部屋の中へ招き入れてくれた。

「いらっしゃいませ」と有川。

「お邪魔します」と私。

 それは儀式のようにすら感じられた。

 私は、白い大理石風の玄関で靴を脱ぎ、ミディアムブラウンの壁面収納の廊下を抜けて、白い革張りのソファのあるリビングでコートを脱いだ。いや、コートを脱ぎかけると、有川が素早く私の後ろに来てコートを脱がし、私のコートをハンガーに吊るしてクローゼットに仕舞い込んだ。私はソファに座る前に、全面がガラスになった窓に近づいて、まだ明るい外の風景をしげしげと眺めたのだった。

 前回、それは先週のことだが、ここから見たのは夜景だった。しかし、今日は少しオレンジになりかかった空と影ってグレーになったビル郡が印象的な風景だった。

(良い眺めだ。本当に素晴らしい)

 私は飽きることなく、全面窓から風景を眺めていた。


 その風景に見惚れていた私は、有川が後ろから近づくのに気付かなかった。

「とりあえず、お茶にしましょう」

 そう言って有川は、私の肩に手を掛けた。私は触れられたことにビックリして振り向き、肩に乗った有川の手をギュッと掴んでしまった。

「あん、いたぃ」

 顔をしかめた有川。それを見た私は、すぐに手を緩めて有川の手を優しく包み直した。

「すみません。びっくりしちゃったので……」

 今度はしっかりと感じ取った。細くて、白くて、温かくて、そして柔らかい有川の手と指。私はその手を愛おしく両手で包んだ。

「大丈夫よ。私もちょっとだけ、びっくりしちゃったわ」

 有川は、私の手で包まれた自分の手を見てから、私の顔を見て微笑んだ。そして、私の手をギュッと握った。優しい力で握る有川の手に私はドキドキしていた。

「さぁ、ソファにお座りになって」

 私は有川に促されるままにソファに座った。

 白い大理石マーブルのコーヒーテーブルには、既にティポットと二組のカップとソーサーが置かれていて、私が有川に贈った『コンフィズリー』のクッキー達がソーサーに添えられていた。有川は、それぞれのカップにダージリンティを淹れた。

 知子はスッカリ部屋着に着替えていた。薄いラベンダーでラフな編みのセーターに、カーキ色でウールの巻きスカートを穿いていた。

 三人掛けのソファに座っていた私の横に、有川は座った。そして、紅茶のカップを持ってクッキーを指差した。

「これ、この店で一番美味しいクッキーですよ。一番人気のモノをよくご存知でしたね」

 有川は、私の顔を覗き込んで嬉しそうに話をした。頬張りながら、有川は私の答えを待っているようだった。だから、私はシドロモドロになる前に本当のことを話そうと思ったのだった。

「実は、私はよく知らないんです」

「えへ?」

 私の言葉に、有川は不思議な顔をして首を傾げた。

 私は本当のことを正直に吐露した。

「じつはこれ、母親の入れ知恵なんです。どの店で何を買えばいいのか、母親が教えてくれたんです」

 知子の顔から笑みが消え、クッキーを咀嚼する口の動きが止まった。

「え? なに?」

 そんな有川の表情と態度を見た私は、その一瞬でパニックに陥ってしまった。

 頭の中に浮かんでくる、的を得ない、関係のない、どうでもいいこと、などを、私はベラベラと喋り始めていた。

「すみません」

「本当にごめんなさい」

「貴女に何かをしたくて」

「でも、思い浮かばなくて」

「お返しをすればいいなんて思わなかったし」

「どうお返しをすればいいのか、分からなくて」

「お菓子なんて、私の頭には無かったです」

「お菓子屋さんで緊張しちゃって」

「店員さんにお任せしちゃいましてね」

「こんなことをしたのは初めてなんですよ」

「人に贈り物をしたなんて初めてで」

「母親が悪いんじゃなくてですね」

「私が気が付かないだけでして」

「私が悪いんですよね、きっと」

「すみません」

「本当にごめんなさい」

「気に障ったら謝ります」

「謝りますから、許して」

「どうか許して」

「許してください……」

 私はそこまで言うとグッタリと頭を垂れた。そして、その場に背中を丸めて小さくなった。

 その姿を見た有川は、私のすぐ近くに座り直して私の右手を取った。

「頭を上げてください」

 そう言って有川は、私の右手を両手で抱え自分の胸のところに持っていった。

「ありがとうございます」

 有川は私の右手を強く抱きしめた。

 有川の手の温もりとしなやかさをもう一度、私はしっかりと感じていた。

 私は顔を上げた。

 今まで感じたことの無いドキドキを感じていた。

 有川は、私の肩に寄りかかってきた。

 私の顔を見つめて近づいてきた。

 有川が瞳を閉じた時、私の視界は有川しか見えなかった。

 私が目を閉じた後すぐに柔らかくて温かいものが、唇に触れたのを感じた。

 長いようで短くて、短いようで長いキスの時間だった。

 やがて、唇に柔らかくて温かい感触を感じなくなった。

 キスの余韻を十分に感じた後、目を開いた。

 知子はまだ瞳を閉じていたが、やがてゆっくりと開いた。

 しばらく見つめた後、私と知子はそっとお互いを抱き合った。

 私はそんなことを言うつもりは無かった。

 だが、私は抱き合った知子の耳元でこう言ってしまったのだ。

「好きになっていいですか?」

「貴女を好きになってもいいですか?」

 知子は抱き合ったままゆっくりと二回、首を縦に振った。

 私は再度、今度は強く知子を抱きしめた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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