窓
欲しい物をねだって、泣いたことはない。
なぜ、泣いて手に入ると思っているのか不思議だった。
欲しいものは、
観察をして、計画を立てて
ゆっくりと転がり落ちるのを待てばいい。
家族のいない私には、自由と時間があった。
煩わしい心配を受けないために食事をとり、
規則正しい生活をしていた。
「正解」からははみ出さず、良い子でいた。
元々自己主張などしないし、それをするデメリットは受け入れられない。
だから、
風の指を見る時間、場所、理由としての登校は心地よい時間で、
家は、
(欲しいものを、どうやって留め置くか)
白い壁の傷を見ながら、それを考える時間と場所になっていった。
あれから風は何度か休みを取り、
私はその度に風の家まで行った。
窓からそっと中を見る。
小さな子どもがいた。
泣き喚き、暴れていた。
女はいない。
その泣き喚く子どもに風はピアノを弾いていた。
泣き疲れるまでピアノを弾いていた。
自分のために、機械のように。
子どもは、長く泣く。
泣きながら、自分の指を噛んでいた。
風は、それを止めない。
ピアノを弾き続ける。
カノン。
何度も、同じところへ戻っていく音。
それは、何かがかみ合わない風景だった。
ある日は
子どもがじっと窓から外を見ていた。
私など目に入っていない様子だった。
暗い林の中の点をずっと見ていた。
女はいない。
その日、風を見る事はなかった。
ある日は
子どもは、窓と光の反射をじっと見ていた。
時々、手をヒラヒラさせて、遊んでいるようだった。
女はいない。
子どもは、ときどき窓を叩く。
とん。
とん。
とん。
風は反応しない。
合図ではなく、習慣のようだ。
風もこの日はいなかった。
風は、ときどき窓を拭く。
白い布で、何度も同じ場所を磨く。
林は暗く、外なんてほとんど見えないのに。
夜になると、窓は鏡みたいになる。
私は、ときどき、自分の顔と風の姿を同時に見た。
そこにいるのに、触れられないガラスの箱。
風を観察しているうちに気がついたことがある。
風は姉を思っている。
思いながらいつも、窓の外を見ている。
感情がないのではなく、見せないのだ。
姉のもとに早く帰りたい。
そう、思っている。
風が姉を思うことに問題はない。
私に風とその指との時間を置き留めてくれるなら。
数日後、
女が消えたことを知った。
生まれてくる子も帰ってはこなかった。
泣いている風を初めてみた。
あぁ、感情があるんだ。
そう、思った。
涙を拭う指も美しかった。
悲しみに歪む顔も。
風は女の写真の入った額を見て泣き続けた。
子どもはじっとそれを見ていた。
私も窓越しにずっと見ていた。
学校に戻ると風は
感情の見えない表情で授業を行った。
変わりなく鍵盤の上で、踊る指。
ただ、
今は私の風景だ。
頬の涙を拭っていた美しい指が見える。
風が窓の外に何かを見ることはなくなった。
帰りに見上げる音楽室の窓は、
気配を感じることはなくなった。
女が消えた理由はわからない。
わかっているのは、
女は、私に風を残してくれた。
私の欲しいものを手放してくれた。




