正解
私は、いい子。
いつか白い羽が生えてくる。
口角を上げて、
「はい」と返事をすれば、
みんなが私をいい子にしてくれる。
私には、わからなかった。
みんなが泣く、笑う、怒る理由。
羨み、憎み、憧れる。
そこから始まる、理解できない不合理な行動。
目に見えないココロ。
キモチ。
シンライ。
アイ。
私には、ワカラナイ。
みんな、誰かの声で簡単に表情を変える。
私は、その速さが少し不思議だった。
会話の中の何が人を動かすのか。
その目に映るものの何が言葉になるのか。
私には、ワカラナイ。
でも、私はいい子。
だから、学習をする。
どうするのが正解なのか。
泣いている子には、背中を撫でる。
「だいじょうふ?」と、声をかける。
ヤサシイの正解。
怒られた時は、少し視線を落とす。
「ごめんなさい」と、言う。
シズメルの正解。
先生は、私を褒めた。
「優しい子ね。」
私は、嬉しかったわけではない。
ただ、正解だったのだと思った。
背中を撫でる。
目を見る。
少し眉を下げる。
それだけで、人は安心する。
でも、
子どもは一定の距離はとる。
子どもは、おとなにないもので
私の「本当」を感じとる。
私にとって、それは分かりやすく簡単で、不思議だった。
母は、私を育てやすい子だと言った。
「羨ましい」と言われると、頬を染めて笑った。
夜泣きもなく、
癇癪もなく、
困らせない。
それはね。何も感じていなかったからよ。お母さん。
父は、静かな子だと言った。
一緒に本を読み、一緒に食すものに「美味しい」と言い、
一緒に見たもの、連れて行かれた場所すべてに共感し、
「尊敬する人は父です」と答えた。
ムスメの正解ですよね。お父さん。
二人は、私を見て安心していた。
私も、それでよかった。
人を観察し、正解を導く。
そして、正解の行動は正しいか確認をする。
人の感情を書き留めていくうちに長い文章を書くようになっていった。
泣く理由はわからない。
でも、泣く時の声は知っている。
泣くまでの過程は知っている。
恋も知らない。
でも、人が恋に落ちる時の視線は知っている。
私は、多くの正解を書き、小説にした。
始めはインターネットで書き溜めた。
人間観察。
仮説。
過程。
正解。
人の心に寄り添うような私の小説のPVは増えていく。
この数字を求めることを承認欲求と言うらしいが、
私は、見知らぬ人を自分の世界に引きずり込んでいるのだ。
「それ、そう書いたら、あなたは快感なんでしょ?」
その数字の分だけ、誰かが私の世界に入り込んでくる。
数字はわかりやすく、自分の確認作業をまとめていった。
小説は売れた。
本になっていた。
映画になり、
賞を取り、
口座の数字が増えた。
ひとりで生きていけると思った。
母は、それを知らない。
父も、知らない。
私は、説明しなかった。
説明する理由がなかった。
もう、両親を必要としなかった。
ある日、二人はいなくなった。
理由は知らない。
探そうとも思わなかった。
冷蔵庫の中身が減らなくなり、
洗面台のコップが二つ消えた。
高2年の秋。
ひとりになった。
ただ、それだけだった。
私は、泣く練習をしたことがない。
だから、その日も泣けなかった。
泣くのが正解とわかっていたけど。
ただ、白い壁の傷をじっと見つめていた。
私は音楽室の前で立ち止まる。
ピアノの音だけが、
人間の声より静かだった。




