嫉妬
嫉妬とは、
欲しいものを持つ人に向けるものだと思っていた。
でも違う。
失うことを恐れた時、
人は嫉妬を覚える。
それが最初から自分のものではなかったとしても。
私が暮らしたあの女の部屋には、あの女の生きた証が残されていた。
そして、あの女の記録には、醜さが溢れていた。
あの女の名前は「華」
華やかのその名前の通り、家族の光だった。
アルバムを開けば、中心に一寸の陰りのない笑顔で写っていた。
その隣で、暗い顔をしているのが風だった。
白い腕が絡む、浅黒い腕はされるがままの姿だった。
風は、生まれた時から華のおまけであり、華のおもちゃだった。
父親の姿は、風の生まれた頃からアルバムにはない。
その前に所々に写っている父親らしき姿は、顔が潰されていた。
母の仕業か、華のやったことなのかはわからない。
憎悪に満ちた強さを感じる潰し方だった。
特に目には穴があくほどの突き刺した跡があり、
「見ること」へのこだわりを感じた。
「見るな」
「見て」
どちらだったんだろう。
一緒に写る華は「見て」
母は「見るな」と語っている。
風は父を見ていた。
顔を潰された父はどこを見ているかわからない。
でも、父はこの家族を見ていない。
私には、そう、見えた。
私の父もそうだったから。
そして、この母もそうだろう。
家族の形を作ることを美しいと思い、
人としての子どもとしての
華と風を見ていなかった。
育てることを放棄し、子どもという名の飾りとしか思っていなかった。
それにも飽きると、さっさと捨てた。
華には「ピアノの演奏旅行に出かけた」と祖母は語った。
「今はパリよ」「次はニューヨーク」
華はそんな母に憧れピアニストを目指した。
祖母は、そんな華に消えてしまった娘を重ねた。
華のピアノのレッスンは祖母の生きがいだった。
華はレッスンには「風も一緒に」と祖母にねだった。
祖母は1台のピアノを十分に華のために使いたかった。
風は邪魔な存在だった。
でも華は違う。
華が欲しかったのは、風と一緒の時間だった。
祖母は気がついていたはずだ。
風のほうがピアノに向いていたことを。
風は、コンテストにいつものスニーカーで出場する。
そして、必ず最後の1音を間違える。
そうしないと、祖母にお仕置きをされる。
華に祖母は賞を取らせたい。
華は努力してピアノを弾く。
賞を取る。
期待に応える。
でも、風は違う。
練習させてもらえない時間、じっと華の練習を見ている。
「風、わたし上手?」
「うん華が1番うまかった」
祖母の笑顔なんていらなかった。
華は、風のこの言葉が欲しかった。
風は何も褒められなかった。
でも、存在だけは知られていく。
華は自分だけの風が認められるのを恐れた。
だから、
離さない。と決めた。
さらに大学に入ると、華は自分の限界を見る。
この頃、華の記録には「死んでしまいたい」の文字が増えていく。
でも、風は教授に認められる。
「風、どこにいくの?」
「学校」
「なぜ?」
「ピアノを弾く」
「家で弾けばいいじゃない」
それは、華のピアノ。
風は言葉に出さずに家を出る。
狂ったようにピアノを弾く華を祖母は賛辞する。
「すごいわ」「素敵よ」「あなたが1番」
華が欲しかったのは、風の賛辞だ。
「華が1番」そう言って欲しかった。
なのに、
風が外の世界に出てしまった。
繋ぎ止めなきゃいけない。
風は私のもので、私のためにいなくちゃいけない。
どうすればいい?
泣き叫ぶ。
祖母は、華を病院に連れていく。
暴れる。
祖母は部屋に閉じ込める。
それでも、風は振り向かない。
どうすればいい?
華はその時、初めてナイフを手にしたときの気持ちをこう綴っていた。
「ナイフの重さに、たまらない高揚感があった」
私のそれとは違う。
(離れていく風を繋ぎ止めたいから傷を作る)
「風、見てて」
風にそれを見せる時、風に感情を向けられるのを感じる。
ほらね。風は私を見てる。華の心は満ちる。
それでもやってくる風を失うことへの恐怖が傷を増やしていく。
風を抱きしめる華は嬉しいはずなのに苦しい。
安心するのに、永遠じゃない。
もっと、
つなぎとめるものを
華はつくろうとした。
つなぎ止めることと、
失わないことは違う。
抱きしめても。
名前を呼んでも。
傷を増やしても。
人は、
誰かの人生を自分のものにはできない。
華は、それを知らなかった。
私も、知らなかった。




