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永遠のアポストロフィS  作者: 美憂
真実

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22/25

意思

風は優しかった。

私は、そう思っていた。

でも、

優しさと諦めの違いを、

私は知らない。

風は、姉と母の三人で暮らしていた。

年子でいつも一緒に遊んでいたと言っていた。

外に遊びにいくことはほとんどなかったという。

ふたりは、祖母のところにピアノを習いに通っていた。

姉も風も祖母からピアノを習うことが唯一の楽しみだった。

母方の祖母は母に優しかった。

いつまで経っても可愛い娘だった。

母は、ふたりを預けては遊びに出掛け、

ある日、祖母の元にふたりを置いて、迎えにはこなかった。

それ以来、母には会っていないという。


林の中に建つあの家は、もともと祖母の家だった。

資産家らしく、居間にはグランドピアノに大きなレザーのソファ。

調度品のひとつひとつが重厚だった。

祖母は、姉を娘のように育てた。

ピアニストになりたいという姉に、好きなだけレッスンに通わせ、

音楽大学に行きたいと言えば、叶えた。

風は、祖母の視線の外にいた。

姉は、お人形を連れ回すように「風も一緒に」と祖母にお願いした。

風の意思などそこにはなかった。

ピアノは好きだった。

でも、

ピアニストになりたいと思ったことは一度もなかった。

発表会にドレスを着て、エナメルの靴を履く姉。

Tシャツにスニーカーの風。

華やかな姉は、祖母の夢だった。


大学に入ると、姉は自分の力を知ることになる。

次の年に入ってきた風が、大学教授に認められたこともあり、

自分の才能を疑い、狂ったように家でピアノを弾く。

祖母は、そんな姉を守るように、風に辛くあたる。

姉はそれでも風を離さない。

風を家から出さない。

病んでいく姉は、腕に傷を作る。


「風、見てて」


風は黙って見ている。

そこに風の意思はなかった。

腕に傷をつけては、姉は幸せそうに風を抱きしめる。

そこに風の思いはあった。

それでいい、と。


祖母も消えた。

あの子が産まれた。


母によく似た姉は、あの子を育てることはなかった。

その全てを風は守ろうと思った。


守るため。


風は音楽教師になった。

子どもが好きだったのかもしれない。

好きではなかったのかもしれない。

私は聞かなかった。

風も話さなかった。

でも、

あの子が大切なことは伝わっていた。

生徒を決して叱らなかった。


家族の誰とも意思の通うことのなかった風。

ただ、

学校のピアノを弾いている時だけは、

少しだけ呼吸が楽そうに見えた。

誰かのために弾く、自分の意思のあるピアノの音。

学校は、風の意思が通う場所だったのかもしれない。

風は、何も望まなかった。


そう見えていた。


でも、

望まないことと、

諦めることの違いを、

私は知らない。

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