埋葬
沈んでしまえば、誰にも触れられない。
だから安心する。
それなのに、
時々、
沈めたはずのものが浮かび上がってくる。
夏の終わりまで、きれいな円柱を保ち
空に指を刺していた無数の蒲の穂たち。
それが秋になると、どこからともなく綻び始める。
一度崩れると早かった。
ある日突然、ほころんで、
ぐしゃっと
中から白い綿があふれてくる。
茶色い輪郭は曖昧になり、白い綿でぐちゃぐちゃになる。
綻ぶ穂は、傷口を思い出させる。
最初は細い線。
それが少しずつ色を変え、捲れるように形を変え、
今はもう、
自分の皮膚の一部になっている。
私はそれをしばらく見ていた。
遠くから見ると、それは美しい様だった。
中にあったものが静かに外へ出てくる。
命の息吹がこぼれ出る姿。
でも、
白い綿毛は風に乗って湿地を渡り、黒い水面に落ちる。
落ちた綿毛はしばらく浮かび、それから静かに沈む。
汚れた黒の中に飲み込まれていく白。
水面の白と黒。
沈んでいく白は次の命まで、黒の中に沈み春を待つ。
じっと。
ヨシ原の向こうにアオサギが立っていた。
鳥は長い時間動かない。
黒い水面にじっと立つ。
枯れた杭なのか、鳥なのか、私にはわからないことがある。
鳥には、私自身もそうなのかもしれない。
泣くわけでもなく、笑うわけでもなく、
ただ生きる、枯れた杭なのかもしれない。
それを、憐れんでいるのかもしれない。
背の高い草が風が吹くと「さわさわ」と鳴る。
夕日に透ける穂がきれいだ。
白銀色の穂もオレンジ色に染まり
優しく揺れる。
その間を名も知らぬトンボが行き交う。
葉先に止まったり、水面を低く飛んだり。
はるのカノンのように繰り返し、永遠と。
はるのピアノは、音と音の間がキレイになってきた。
メロディとして繋がってきている。
指の形も動きも風に似てきている。
もう、何千回も見てきた風の演奏動画の通りに。
息継ぎさえも合わせるように。
はるの中にしっかりと、風は埋め込まれている。
はるの指に傷はいらない。
そう、思うようになった。
私が腕を切ろうとしても、はるはそれを止めることはない。
だから、風と同じ傷はできない。
もし、はるにできた傷が同じカタチではなかったとしたら、
それを考えると、この世界の終わりを感じる。
あの傷は、風が姉を止めようとしてできた傷、
そこに愛があってできた傷。
だから、はるに風と同じ傷はできない。
風に話しかける。
「私はだれ?」
返事はない。
私は、この秋、
長く寝室にあった瓶の粉を湿地に撒いた。
はるは風に舞って飛んでいく粉に手を伸ばした。
その時、少しだけ
自分が一人きりであるように感じた。
埋葬とは不思議だ。
なくすことではない。
見えなくすることだ。
土の下に。
水の底に。
記憶の奥に。
埋めたものは消えない。
だから人は、
何度も振り返るのだと思う。




