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永遠のアポストロフィS  作者: 美憂
湿地の家

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20/25

繁茂

夏は、よく声が聞こえる。


鳥の声。


風の音。


草の擦れる音。


水の音。


返事をしないものほど、

何かを語っている気がする。


だから私は、

ときどき話しかける。


返事がないことを知りながら。

はるが私を呼ぶ。

でも、呼んでいるのは私ではない。

はるは私の名を音にするようになった。

それは日常の何かが足りない時。

そして、何かが多い時。

何かが変わった時。

心がざわめくと、はるは私の名を音にする。

はるの正常を求めて、はるの出す音。


私は、その音に返事はせずに、

足りないものを足し、多いものを取り除く。

そうして、はるをいつもの日常へ戻す。

ガラス玉をキラキラさせる。

はるは、ゆっくりと平常心を取り戻し、

私の名前の音を忘れていく。


夏の湿地は匂う。

水草。

泥。

温められた水。

腐りかけた草。

最初は苦手だった。

でも今は違う。

その匂いの奥に、林の家を見つける。


水たまりを見つけると、はるは石を投げる。

水面に輪が広がる。

私はその輪を見る。

ひとつの出来事が、

いくつもの記憶を連れてくる。


「きれ」

とはるは言う。

私が教えた「きれい」


夏。

はるは窓辺に座る。

風もそうだった。

でも、

風は外を見ていた。

窓ガラスに映る夏の光を見て、


「きれ」

とはるは言う。

誰に向けた言葉なのかわからない。


私は窓辺で、読書をする。

あの女の残した専門書。

はるを育てるために買ったのだろう。

でも、風に依存していたあの女は、最後まで読むことはできなかった。

読んでも意味はない。

必要もない。

それは、私もそう思う。


はるは、はるだ。


専門書に書いてある"こういう子"ではない。

あの子にあった生活は、あの子と暮らしてわかること。

そして、私の中にあの女を閉じ込めたように、

はるの中に風を残している。

その方法は本には載っていない。


葦のすっと伸びた葉を見ると、

自分の腕の傷より少し多かったあの女の腐った色の傷を思い出す。

自分の腕を重ねてみる。

葦の天に向かう美しさに、私の傷が同化していく。

風(かぜ)が吹く。

私の傷にさらりと触れて、風が私を綺麗にしてくれる。


「ありがとう」


風の声が聞こえる。


「見てる?」


と、私は言う。

返事はない。


はるのゆっくりとしたカノンが聞こえる。

満たされていくのがわかる。


成長していくはるは、風に似ていく。

ガラス玉を覗いて、はるを見る。

ガラス玉の中で風がピアノを弾いている。

その世界は、私のものだ。

夏の湿地は賑やかだ。


鳥が鳴く。

草が揺れる。

風が通る。

はるがカノンを弾く。


私は、その中から風を探す。

見つからない。


でも、見つからないことは悲しくない。

風はどこにもいない。


だから、

どこにでもいる。

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