白
何も染まらない。
だから、美しく染まる。
白はだから美しい。
はるは、キッチンに向かう。
冷蔵庫からミルクを出し、テーブルに乗せる。
はるが使う食器は決まっている。
白いボウル。白い皿。白いグラス。銀のカトラリー。
それしか使わない。
朝は、その白いボウルを棚から出し、ザラザラと音を立ててグラノーラを入れる。
ここで一度グラスを持って玄関に向かう。
はるの動きは合理的であり、不合理だ。
玄関にあるウォーターサーバーから、お湯と水を半分ずつ入れる。
それを歩きながら飲み終えると、
椅子に座り、ミルクをグラノーラのボウルに入れて
数秒、ミルクが沁みるのを見つめる。
ミルクが沁みたグラノーラは、少しだけ色を変える。
はるは、それをじっと見ている。
固いままの場所と、やわらかくなる場所。
白はゆっくり茶色を濃くしていく。
はるは、その変化を見ている。
気が済むと、スプーンを手にする。
はるの使う白いボウルには、小さな欠けがある。
はるは、その欠けを左手の親指でなぞってから食べ始める。
手を合わせて、スプーンを動かす。
かしゃ。
かしゃ。
かしゃ。
スプーンが、ボウルに当たる音だけが響く。
はるはスプーンを鷲掴みにする。
しかし、かと言って、激しく音を立てて食べることはない。
最後まで、固形物を食べ終えると、
こくんこくんとミルクを飲み干し、手をあわせる。
食器を洗い、シンクに干す。
晴れた日は、東から差し込む日差しに手をかざし、ひらひらと手を振る。
流れる水に、東の光が揺れる時、
はるは指を開いたり閉じたりしながら、それを眺める。
光は、はるの指の骨を薄く透かして白くする。
自然と仲良くしているように見える、はるのこの遊びが私は好きだ。
昼は、スモークサーモンとベビーリーフ。
そして、モツァレラチーズを食べる。
はるは、サーモンが何かを知らない。
皿の上に置いたものが、サーモンという名前であることも知らない。
魚なのか肉なのか野菜なのか、元の形を知らない。
白い皿の上で、スモークサーモンの色だけが浮いて見える。
はるは最初にそれを食べる。
色のついたものを、早く消したいみたいに、つまんで口に入れる。
ベビーリーフは一枚ずつ食べる。
茎の太いものは少し嫌そうに避ける。
最後に、残った一枚をじっと見てから口に入れる。
水滴のついた葉を、光に透かして見ている。
短い茎をくるくる回しながら、川のような葉脈を見ている。
はるはモッツァレラを噛む前に、指で少し押す。
やわらかく戻る感触を確かめるみたいに。
一緒に食べた方が、美味しいと私は思っていたのだが、
はるは、モッツアレラチーズだけを最後に食べる。
口に入れてチーズを押しつぶすように目を閉じる。
じゅわ
と、出てくる生乳を楽しみ、はるのランチは終わる。
夜になると、窓には湿地ではなく部屋の中だけが映る。
はるは、それを長く見ない。
そして、夜は何も食べない。
夜に食事をすると、なぜか、夜中、はるは声を上げずに泣く。
小さく喉を鳴らしながら、暗い部屋の中で、浅く息を繰り返す。
私は、背中を一定の速さで撫で続ける。
撫でながら、窓の外の湿地を見ている。
水は黒く、朝まで動いている。
怖いのか
悲しいのか
痛いのか
腹が満ちることが、はるにどんな感情や影響を与えているのか、
私にはわからぬまま、はるの背中を撫でて一晩を過ごす。
ただわかっているのは、
空腹は、はるに安らかな夜をくれるということ。
私は、その安らかな寝顔と静かな湿地が好きだから
私たちは、いつからか夕食は取らなくなった。
湿地の家には、週に一度、生活用品が届く。
配達人の顔を、私は知らない。
はるも知らない。
雪の日も雨の日も、同じ時間に同じ靴音だけがやってくる。
誰とも会わない。
雪国のように二重造りの玄関は、ロックの解除で外側だけが開く。
生活用品が届く水曜日だけ、はるはロックを解除する。
解除する音ははるのお気に入りのようで
かちゃ
とすると、少し、口角が上がる。
配達人は、機械的に玄関のカゴに同じものを入れる。
1週間分のはるの食料だ。
ウォーターサーバーの水の量を確認して、メモをとる。
そして、また、来週やってくる。
はるがまた、同じ毎日を、静かに繰り返すことができるように。
はるは配達人の気配が消えると、パントリーと冷蔵庫に食品を、生活用品をそれぞれの棚に配置する。
決まった向きで、決まった向きに、決まった個数を配置する。
そして、また、1週間が始まる。
今日、私がいなくなっても、
それでも、はるの毎日は永遠は続いていく。




