↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠のアポストロフィS  作者: 美憂
消失

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/25

傷

傷は不思議だ。

消したいと思っても残る。

忘れたいと思っても残る。


痛みは先に消えるのに、

形だけが皮膚の下に沈んでいく。


だから私は、

傷を見るのが好きだった。

風の指の傷の理由は知らない。

聞いたことはない。

私のことも何も聞かない。

きっと、私自身には興味はない。


はるは、日に日にあの女に似てくる。

白く光を通すような肌に大きな瞳。

軽やかなステップで階段を降りる。

翳りのない瞳は、風が失ったものを持っている。

はるは、風にも似ている。

思い通りにならないことに、ひとしきり騒ぎ立て、

疲れ果て、諦めた時の顔は、風そのものだった。


はるは、風のカノンを真似るようになった。

風はその時だけ、穏やかな顔になる。

カノンを教える風と運指を真似るはるは幸せな親子のようだった。

ただ、何かが欠けている。

そうだ。

はるの指には傷がない。


何を使って、どうすれば、あの傷は作れるのか。


「その傷、どうしたの?」私が聞く。

「これ」風は顔を顰めて答えた。

「君がナイフを持つから」


風はもう、私と姉の区別がつかない。

だから、私に何も隠さない。

姉の腕にあった無数の傷。

その1本を防いだことでできた傷。


「ありがとう、ふぅ」


ありがとう。

風に傷を残してくれて。


「ナイフはどこ?」

「教えない」

「意地悪ね」


私は、傷を残したかった。

あの女は腕に残した。

風は指に残した。


だから、私も。


同じ場所。

同じ形。


そうすれば、完全な姿になれる。

痛みではない。

意味だ。

どうして人は、自分の身体にまで何かを残そうとするのだろう。

私は腕を撫でる。

まだ何もない皮膚。

それなのに、そこには既に傷の輪郭があるように思えた。


はるは隣で眠っている。

白い指。

風に似た指。

私は、その小さな手を握る。


残さなくてもいい。


この子の中には、もう十分に風が残っている。

歩き方も。

怒り方も。

鍵盤を見つめる目も。


だから私は、その手を静かに離した。


私には、その傷が必要だった。

毎夜、部屋の扉を少し開けて、

その扉の前に立つ風に、その姿を見せた。

腕にナイフを当て、ゆっくりと引く。

風はじっと見ていた。

完成されていく腕の傷、姉の幻を。

傷は美しく育っていく。

傷の数を数えるのをやめ、ピンクの傷が腐った色に変わる時、


風はいなくなった。


風は、傷を残した。


指に。


姉は、傷を残した。


腕に。


私に残ったのは、

静かな家。


カノン。


眠るはる。

誰もいなくなった部屋に残る、静かな反復。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。