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永遠のアポストロフィS  作者: 美憂
消失

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15/25

軋み

壊れる時、

人は大きな音を立てるとは限らない。

湿った木が、重みに耐えきれず、小さく鳴る。

古い家は、ずっと前から壊れ始めている。

風は、以前に増して無口になった。

風が出勤する時間に、あの子は起きてこなくなっていた。

音楽は午前8時にセットしていた。

目が覚めていても、あの子はベッドから出てこない。

繰り返し、大好きなカラス玉のキラキラするタイミングを教えた。

早く起きてはいけない。

この音を聞いたら、ご褒美を受け取ることができる。

あの子はワクワクしていたに違いない。


風は、そんな、あの子を見ることはできない。

見せることはしない。

あの子と私の大切な時間。


帰ってくると、風はベッドに入っている。

遊び疲れてぐっすりねている。


静かだ。


夜中に目を覚ましても、泣き声はしない。

風は、その静けさに耳を澄ませているようだ。


そして、風は、ほっとしている自分を責めているのだろう。


姉の香りを纏った私が、夕飯を作って待っている。

あの女は、家事などしなかった。

だから、風は、私が姉ではないことを思い知らされる。

髪は日に日に伸びて、風の愛した姉の髪と同じ長さになっていた。

私は、鏡で毎日、確認してきた。

そこから漂う姉の香り。

風はどんな気持ちで息をしているのだろう。

もう、息をすることさえ苦しくなっているだろうか。

風が息を止めるのを感じると、私は少し安心した。


あの女の服を3枚だけ、クロゼットに残していた。

服を時々着て、自分を鏡に映す。

服のサイズに合うように、時間をかけて、自分の体型を合わせていく。

そして、3枚の中の1枚を着て、仕事から帰った風を迎える。


「おかえりなさい」


姉の服を着た私に、風の動揺が音を立てる。

古い柱のようにめりめりと。

毎日は着てはいけない。

ここに今いるのは「私」。

あなたの愛した姉ではない。

私は、風を楽にしている。あの女のように苦しめたりしない。


私は、風の中の境界を確かに軋ませている。

でも、これは境界線ではなく、私だ。

私は、腐った記憶を纏っているだけ。


あの指を手に入れた今、丁寧に夢の中で保管したい。

そう、これは風のための幻影だ。

それがあの指の美容液となり、美しく生きていくのだ。


なのに、

風は、あまり食べなくなった。

朝食は、毎日、グラノーラにミルク。

昼は職場でどうしているかはわからない。

夜はお酒を飲むようになった。

お酒を飲みながらソファで寝て、

目が覚めると階段を昇り、となりの部屋に入る音がする。

風が寝返りを打つたび、ベッドが小さく軋む。

古い家は、重さがかかると音を立てる。

人も、きっと同じなのだと思った。

私は、それをベッドの中で聞いて眠る。


風の体のあちこちに影が見えるようになった。

風の顔から、少しずつ生活の色が消えていった。

感情が見えない。

ピアノを弾く手も停まるようになった。

音が止まるのは違和感があり、あの子は騒いだ。

風は、それを待っているかのように、音を停めた。

あの子は風を見ない。

ただ、癇癪を起こす。


私は、ガラス玉越しにそれを見ている。

ガラスの部屋にふたりがいる。

ふたりの世界が見える。


そして風は、学校を辞めた。




風は、自分に気づいていない。

ただ、

静かな家に耳を澄ませている。

泣き声の消えた夜。

止まるピアノ。

軋むベッド。

私は、それを隣の部屋で聞いている。

まるで、

夢が形になる音みたいに。

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