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永遠のアポストロフィS  作者: 美憂
侵食

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13/25

孤立

孤立とは、ひとりでいることではない。

誰かと同じ景色を見ているはずなのに、

その景色の意味だけが、少しずつ、違っていくことだ。


気づけば、言葉は届かなくなる。

そして人は、

沈黙の数だけ、

誰かから遠ざかっていく。

林の家を訪れるのは、郵便とふたりのベビーシッターだけになった。

私は、ベビーシッターのいる水曜と木曜に女の残した書物に目を通し、女の考えや、好きな言葉を体の中に入れる。そして、想いを巡らせ文を書く。

胎内循環。


水曜日のベビーシッターは、子ども好きで私の母くらいの年齢の女で、あの子の世話をよく見てくれるとてもいい人だった。

ある日、私とあの子と3人でランチをし、

「大学に行ってきます」と言って、いろいろな手続きをして帰ると、ベビーシッターは片付けもせずに眠り込み、あの子はどこにもいなかった。

ベビーシッターを起こし、居場所を聞くが

しどろもどろで、わからない。

間も無く、あの子を抱えた風が帰ってきた。


「警察に保護されていた」


ネームタグから、風の勤め先に警察から連絡がきたという。

ベビーシッターは、慌てていた。

「長くベビーシッターをしてますが、こんなこと…一度もなかったんです。申し訳ありません。仕事中に寝るなんて・・・」

風は許さなかった。


それから風は、ベビーシッターを雇わなくなった。

「もう他人は家に入れない」そう言った。


宅配は置き配になり、

必要なものは私が受け取る。


風は、玄関の鍵を確認する回数が増えた。

夜中に起きて、窓の鍵を確かめる音がする。


かち、

かち、

かち。


私は暗い部屋で、その音を聞いていた。


風は、壊れた信頼を拾い集める代わりに、

世界を小さくしていく。


あの子を抱く腕だけが、少しずつ強くなる。

それはきっと、正しいことなのだと思った。

世界は、あの子に優しくない。

忘れる。

眠る。

目を離す。

愛情より先に、「慣れ」がやってくる。

だから風は、誰も信用しなくなっていく。


そして私は、その閉じていく世界の中心に、

自分がいることを、静かに幸福だと思っていた。


「こめんね」と、風は私に言った。


何に対して、風は謝っているのだろう。


「ごめんなさい」と、私も風に言った。

「あの人が時々、昼寝をしてること。わかってたのに」


私は私さえ知らないことでも誰にだって話せる。


風は、何も言わなかった。

誰かを信頼するたび、風は傷つく。

そのたびに、風の世界から、人が減っていく。


あの時のベビーシッターの気持ちも、

風の怒りも、

警察に抱えられていたあの子の事実も

私の思い通りに作り出すことができる。

信頼なんて、壊すのは簡単だ。


そして、

誰にも語れなくなった風の孤独だけは、

内側から壊れていく音しかしない。


そしてその音は、

静かな家ほど、よく響き、

私はそれを聴きながら安らかに眠りにつく。

誰が、誰だけを必要とするか、その形を整えていく。

孤立は、風を強くし、脆弱にする。

私は、手に入れた弱きものたちを、永遠に見つめられるように、ここにいる。

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