依存
風の歪んだ表情。
やつれていく指を「私」が白く美しく甦らせたい。
私はそのために、一度、風を深い影のある場所で怯えさせたい。
児童相談所から、度々、風に連絡が入るようになった。
風は、その度に、静かに怒りを溜め、何かを疑い、怯える。
ベビーシッターなのか、医療なのか、職場なのか。
誰かが、林の家を見ている。
見張っている。
そして、お前はいらないと判断している。
あの子の親としてふさわしくないと誰かが言っている。
あの子は姉の残した大切な子。
大切に育てなければいけない。
守るものがある。
どうやって守るか。
考えがそればかりになり、冷静な判断を失う。
苦情こそ来ないが、静かな夜には泣き声は響き渡る。
このままではいけない。
そう、風は思っている。
金曜の夜は私がかけた魔法であの子は眠る。
風は、魔法を持たない。
私の魔法が欲しいはずだ。
「君は、実家暮らしですか?」風が問う。
「いえ、ひとり暮らしです」
欲しい答えはわかっていても、手順を踏む。
多くは答えない。
「そうか」
窶れた顔に影が沈む。それも美しい。
欠けた月のようだ。
私は、風がお願いしやすいように言葉を差し出す。
「両親は亡くなり、家を出ました」
私は天涯孤独です。そう付け加える。
少し間をおいて、風は言った。
「君、ここの一室で暮らしてもらえないだろうか」
「え」
私は怪訝な顔を作る。
「お願い」をさせるために。
「このままでは、あの子を児童相談所に取られてしまう。お願いだ。あの子の夜泣きが、少し治るまででいい」
少し考える。「それなら」
「部屋を貸していただけるなら、今の部屋を引き払うので、1年は居させてもらえませんか」
私は、程よい提案をする。2年といえば、風は困惑する。3年は約束する必要はない。
「お願いしたい」
風は、ほっとしたように見えた。笑みはなかった。
「荷物はあまりないので、土曜日に運びます。部屋は…」
「姉の部屋を片付ける」
ありがとう。
さようなら。
私が、毎日、水をあげて、ミストをかけて
女が残した記憶は大切に腐らせよう。
「家具はそのまま使わせてください」
「え?」
「運ぶ必要がなくなるので」
忘れる必要はない。
私がシンクロしていくから。
いや。私は、風が依存できる唯一の場所。
風を支えるものなんて、最初からないのだから。
私は、大学を辞めた。
学ぶ必要はなくなったから。
しばらく、風には内緒にしておく。余計なことを考えさせたくない。
月曜日のベビーシッターは来なくなった。
風は、「あの子を叩いた」と言った。
私は驚いた顔をした。
傷のある指で顔を覆い、絶望をあらわにする風の姿は美しかった。
手のひらで震える生まれたての子猫のようだ。
火曜日のベビーシッターも辞めた。
「あの子の食事に異物が入ってた」
風は、疲れた顔で言った。
「新しいベビーシッターをお願いしないと」
ため息をつき、風は力なく言う。
ベビーシッターは来ない。
辞めさせられた不確かな理由で紹介所はブラックリストに風を入れているはずだ。周囲は風を信じない。風も他人を信じない。
「私がいるから」
そう言って、風を仕事に送り出した。
風はもう「でも」を言わなくなっていた。
私が大学を辞めたことに気がついても、知らないふりをしていた。
私は、月曜と火曜も手に入れた。




