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永遠のアポストロフィS  作者: 美憂
侵食

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11/25

痕跡

「私」が、生活の中に残り始める。

「私」が、生活の中に必要となる。

風が帰ってくる。


「ありがとう」


今日1日への感謝の言葉だ。そこに愛はない。

風は決して姉への気持ちを裏切らない。

それがいい。

私は、その傷のある美しい指で触れてほしいわけではないから。


風の買ってきた食事を二人で食べて、私は帰る。

金曜日担当のベビーシッター。

その立場を崩すのはまだ早い。


「送っていくよ」


風は必ずそう言う。社交辞令だ。

あの子を置いていけるわけがない。わかってる。

それでいい。

あの子は姉の残した大切な子。

もう少し、あの子の中に姉を見て、もっともっと大切な存在にしたい。


「大丈夫です」


そう言って私が一人で帰る理由がある。

私の部屋は、林の家の裏手にあるマンションの1室だ。

そんなに近くにいることを知られてはいけない。

まだ、早い。

そして、少しずつ、あなたの愛する姉の髪の長さになるまで、ゆっくりと。


そして金曜日もゆっくりとやってくる。

今日は何をしようかと考える。

どうすれば、

私がいることを当然にできるか。

どうやって、少しずつ「私」をここに残すか。

柔軟剤を変えるようなわかりやすい事ではなくて、必要になっていくこと。

「助かる」

「ありがとう」から

「お願い」に変わる。

風に、そう言ってもらえる手順を考える。


私のマグカップは当然、なかった。

だから私は、毎回同じ白いカップを使った。

三回目の金曜日。

風は、何も聞かず、そのカップにコーヒーを注いだ。


タオルを畳む場所を決めた。

次の金曜日、風は同じ場所に畳んでいた。


あの子は、金曜日になると暴れなくなった。

私が来る時間になると、窓を見るようになった。

でも、起きない。

G線上のアリアが流れないから。


風は、独り言みたいに言った。


「先週、久しぶりに、夜泣きがなかったんだ」


玄関に、私用のスリッパを置いた。

冷蔵庫に、風の好きなヨーグルトを入れておいた。


金曜日の帰り道、

私は、部屋の灯りを見上げる。


「あの窓の中に、私の居場所がある」


そして、風は言った。


「もし、よかったら、もう1日お願いできないか」

「授業があるので、休日なら」

「ありがたい。土曜か日曜に来てもらえたら、休める」

「そうですよね。先生、お疲れのようですから」


日曜日の林の家を手に入れた。

土曜にしなかったのは、待ち遠しい気持ちを持たせたかったから。


(明日になれば、解放される)


金曜日の安堵、土曜日の翹望、日曜日の依拠。

美しい流れだ。


日曜日に風は、私とあの子が庭にいる間寝室で寝ていた。

私の前でもソファで眠ることもあった。

少し深く眠っていた。


昼はデリバリーで済ませた。

子どもは、嫌いなものを床に投げた。

「だめだよ」と拾いにいく風の声には力がない。

もう1度「だめだよ」と言って、あの指で頬を触る。


あー!!!子どもは叫ぶ。


私は知ってる。

風、その子は触られるのが嫌な子なの。

でも、それは教えてあげない。


風は、ただ悲しい顔をしながらウェットティッシュで床の汚れを落とす。

風は、ただ、一生懸命に姉の子を育てている。


でもね。

あの子に合っていないのよ。


林の家に児童相談所から連絡が来た。


「幼い子が毎夜泣いている」と通報があったと。


風は、愕然としていた。

誰も自分が頑張っていることなんて見ていない。


そう。

風、あなたの一生懸命がわかるのは私だけ。

大丈夫、私がちゃんとわかっているから。

そして、また私は児童相談所に電話をした。

「幼い子が一晩中泣いています」と。

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