表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/8

穂高の恋

本作は信州の山々と神話をモチーフにした創作物語です。作中のエピソードや神々の関係はフィクションであり、実在の伝承や地名の由来とは異なります。

 昔、天孫降臨(てんそんこうりん)する前、「国譲り」の交渉が行われていた頃の話。まだ世界の境界が曖昧(あいまい)で、神の行いが地形を決めていた。そんな頃、穂高岳(ほたかだけ)の男神は神在月(かみありづき)出雲大社(いずもおおやしろ)を訪れていた六百山(ろっぴゃくざん)の女神に一目惚れした。だが、六百山には霞沢岳(かすみざわだけ)という夫がいた。二人はとても仲の良い夫婦であった。

 二人の仲は大国主之神(おおくにぬしのかみ)が、六百山と霞沢岳の絆を「決して解けぬ岩の(ちぎ)り」として認めたものである。穂高岳の男神がどれほど己の雄々(おお)しさや膂力(りょりょく)を示しても、その(えにし)を断つことは叶わない。なぜなら、二人の住まう山の合間には、神々の定めた不可侵(ふかしん)の境界――梓川(あずさがわ)という名の「結界」があったためだ。そのせいで、どれほど山鳴りのような歌を贈っても、その想いは激流と霧に(さえぎ)られ、決して対岸へ伝わることはなかったのであった。

 しかし、女神への恋心は(つの)る一方であった。言葉が届かぬなら、その手で結界を(また)ぐ道を築くまで。男神はついに、己の膂力をもって神代の禁忌を破る決意をする。

「梓川に橋をかけ、お前のもとへ三日間通い、妻に迎えてみせよう」

 男神の宣言に、女神は凛として応えた。

「この婚姻は大国主様による結び。私は夫を愛しており、あなたの気持ちには応えられません。……ですが、もしも日没から一番鶏(いちばんどり)が鳴くまでの間に、この梓川に橋をかけることができたなら、その時はあなたの想いに応えましょう」

 男神は、その誓約(うけい)を真っ向から受け止めた。

 日暮れとともに、天地を揺るがす神業(かみわざ)が始まった。男神は周囲の巨岩(きょがん)を次々と引き抜き、梓川の底へと叩き込んでいく。凄まじい勢いで山は削られ、かつて天に届くほどであった山頂は、雲を眼下に(のぞ)むほどに低くなっていった。飛び散る水飛沫は高天原(たかまがはら)を濡らし、近隣の山々は恐れおののいて震えた。

 夜明(よあ)けが近づく頃、橋はもう目前にまで迫っていた。あと一石(いっせき)、最後の一石を置けば、対岸へ手が届く。だが、その刹那(せつな)――闇を切り裂くように一番鶏の声が響き渡った。

 黄金色(こがねいろ)の朝日が山々を焼き、夜明けが訪れた。男神は(かか)げた岩を手に、ただ呆然と立ち尽くした。神代の誓約は絶対である。己の力が天の定めた時間には及ばなかったことを悟った男神は、それ以上一歩も進むことなく、静かに穂高の頂へと帰っていった。

 今も梓川に横たわる無数の巨岩は、あの夜、男神が届かぬ想いとともに投げ出した橋の残骸(ざんがい)であると言い伝えられている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ