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6 小さな違和感

ギルドの執務室で、エレオノーラが扇子を広げて視線を上から下まで動かす。


エレオノーラの正面には髪を撫でつけ、襟を正したリンとガイが立っている。

珍しい二人の正装姿だ。


「87点」


エレオノーラはパチリと扇子を閉じて採点をした。


「余計なお世話だ!!」


「昔と変わってない!!」


リンとガイが同時に叫んだ。

隣には目を逸らしたくなるほど完璧なレヴィンが立っていた。


「『琥珀の雫亭(アーバン・ドロップ)』の情報屋から入手した招待状で、例のオークションに潜入します」


「まあ、ネックレスが早く見つかったのは、手間が省けて良かったわね?」


エレオノーラは机に置かれた真鍮製の鈴に手を伸ばした。

澄んだ音の余韻が消えないうちに爆音が響き扉が開く。


「お呼びですね、エレオノーラ様!」


飛び込んできたのは、くたびれた白衣と徹夜明けの隈が既にトレードマークの研究者カイルだ。


「例の…」


「こちらです!!」


エレオノーラが命令する前に、興奮して差し出してきたのは、見るからに怪しい袋だった。袋の口を抱きしめるような形でカニが付いている。


「また、カニ…」


「…もう、カニはいいよ」


「黙りたまえ!カニは私のロマンだ!」


リンとガイが、当然のようについてくるカニをうんざりした目で見つめた。


「この袋に入れて、カニで閉じると呪いが遮断される、『守護する(クラブ・)蟹の抱擁(ブロックス・カース)』だ!」


「完全に遮断するのね?」


エレオノーラの確認にカイルは胸を張った。


「もちろんですとも!」


「結構です」


機能性重視のエレオノーラは、カニには全く触れずに頷いた。


「では、これを持って潜入して来なさい」


「デザイン性も気にしろよ!」


「見た目って大事だよ!?」


当然、二人の抗議は完全に黙殺された。

エレオノーラはレヴィンに目をやると、薄く唇を引き上げた。


「気は進みませんが、公爵家に恩を売るのは悪くありません」


「承知いたしました」


相変わらず隙のない美しい一礼をし、リンとガイを連れてレヴィンはオークションの会場へと向かった。


―――到着した会場の入口に厳重に張られた結界魔法を確認して、ガイが感心したようにあたりを見回す。


「後ろ暗い場所って、警戒心強いよねぇ」


「ガイ、フラフラするんじゃない」


レヴィンに呼び戻され、慌ててガイが駆け寄った。

仮面越しでも隠し切れない美貌が既に注目を集めている。


「目立つね?」


「俺が目立っているうちに、お前たちが動けばいいだろう」


レヴィンは淡々と役割を決める。

リンとガイはこの後レヴィンとは別行動だ。


「その前に、実物を確認しておけ。出展前に向こうで展示されてるらしい」


そつなく、出入りしている夫人から情報を聞き出したレヴィンに指示されてリンとガイは小さく頷く。


「足のつかねぇ場所から魔法で本物とこの偽物をすり替えればいいんだろう?」


「余裕だよね?」


自信を見せる二人に「油断するなよ」と告げてレヴィンは賑わう会場内へ溶け込んでいった。


「…あれが例のネックレスか」


「綺麗だね。まあ、偽物も本物の宝石だから綺麗なんだけど」


「金持ちの道楽以外の何物でもねぇな」


人の流れ、距離、警備の視線。

無意識に二人の視線が同じ場所をなぞる。


「……いけるな」


「うん、余裕」


軽く言いながら、すでに位置取りを決めている。


そのとき――

近くにいた女性がよろめいた。

ドレスの裾を「うっかり」踏んだらしい。


「いやだわ、ごめんなさい」


「いえ、大丈夫ですか?」


「お気をつけて」


にこやかに返しながら、一歩退く。


――コツン。


「……っ」


リンの足が、テーブルの脚に軽く当たった。


ほんの一瞬、感覚がズレた。リンは眉をひそめる。


「……?目測を誤った…」


「うん。珍しいね、リンがそんなの」


ガイが笑いながらも、視線だけはネックレスから外さない。


「まあ、本当に呪いかどうかは怪しいもんだが」


「規模が小さすぎて判断が難しいよね」


言いながら、ガイがグラスに手を伸ばす。


――カタン。


「……あ」


指が、わずかに滑った。


「……おい」


「いや、今のは違うって」


二人の視線が揃ってネックレスに戻る。


離れた場所で、誰かがグラスを落とし、 別の誰かが足を取られていた。


小さな「うっかり」が、静かに広がっている。


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