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5 閑話休題:雇用条件の検証

むせ返るような香水の匂いにうんざりする。

その感情を表に出すことなく、レヴィンは高級感のあるソファーに座る夫人の手を取り、出口まで優雅にエスコートする。


それに満足した夫人は、軽くレヴィンの頬に口づけて店を後にした。


嫌悪感に眩暈がする。


夫人の馬車が見えなくなるまで見送ったレヴィンは、舌打ちしながら乱暴に頬を拭った。


「レヴィン、少しいいか?」


店内に戻ると支配人に呼び止められる。レヴィンは再び品の良い笑顔を張り付けた。


「勿論です。どうされました?」


「奥の部屋に行ってくれ。お前をご指名だ」


どこか緊張する支配人の声にレヴィンは短く確認をした。


「大切な方ですか?」


「ああ。ヴァランシエール侯爵家のご令嬢だ」


侯爵家の令嬢と聞いてもレヴィンの表情は変わらない。

高貴な女が自分に溺れていくことにも慣れていた。

ただ、面倒くさいと思っただけだ。


「承知しました」


支配人から奥の部屋の番号を渡され、レヴィンはすぐにそこに向かう。部屋の正面に立つと軽く扉を叩いた。


「お入りなさい」


「若い女か…」


中から聞こえた声の質に、レヴィンが苦い顔になる。

しかし、すぐに表情を取り繕うと笑顔で扉を開けた。


「あら、本当に美しいのね」


美術品の絵画を称賛するような響きで、部屋の中心のソファーに腰を下ろした少女がレヴィンに目をやった。


レヴィンはほんの少しだけ、眉を上げた。

少女から、いつも受ける不快な熱が感じられない。


「こちらに。もう少し顔を見せて頂戴」


扇子を優雅に広げて、正面に座るように促す。隣ではないことにも違和感を感じる。


言われるままに、腰かけ感情を読まれないように微笑みながら少女を改めて観察する。

目が合った少女もまた観察するような目でレヴィンを見ていた。


「いいわね、あなた。例の検証にもってこいだわ」


真意の分らない独り言をつぶやき、少女が扇子を閉じた。

すっと、扇子で顎を上げられる。


「明日、迎えをよこします。侯爵家にいらっしゃい」


レヴィンのような立場の者に選択権はない。

貴族の命令に、レヴィンができることは頷くことだけだった。


翌日。

レヴィンの生活する平民街には不自然なほどの立派な馬車が迎えに来た。


「ついにレヴィン様が、貴族に買われてしまったわ…」


パン屋の前で近所の奥様方が絶望するのを横目に馬車に乗り込む。


「…何を考えているんだ、あの令嬢は」


パン屋のご婦人たちの妄想のような意図がないことは確かだが、目的の見当がつかず、レヴィンは眉間のしわを深くした。


侯爵家に到着すると、丁寧に応接室へ案内される。

その扱いも落ち着かない。


「待っていたわ、レヴィン」


部屋に入ると、エレオノーラの隣に、もう一人少女がいた。

恭しく一礼すると、レヴィンはエレオノーラの言葉を待った。


「かけてちょうだい」


ソファーを勧められて腰を下ろす。

いまだにこの会合の趣旨が分からない。


「あなた、この子を見てどう思う?」


「綺麗だと思いますよ、普通に」


「思った通りね…」


エレオノーラは満足げに目を細めた。


「自分の顔がいい人は、美形に免疫があるのよ!」


「…はぁ?」


レヴィンの混乱は頂点に達した。

何を言っているのか全く分からない。


「お姉様。この方、困ってらっしゃるんじゃないかしら?」


エレオノーラの隣におっとりと座っていた少女が控えめに声をかけた。


「あらリリアーヌ。この人が困っても私は困らないわ」


「それはそうでしょうけど…」


リリアーヌは姉のエレオノーラの言葉に微笑んだ。

エレオノーラはその笑顔に打ち震える。


「うちの天使は可愛らしいでしょう?」


「まぁ…」


「いいわね、興味がなさそうなところが」


おそらく自分に話しかけたのだろうと当たりを付け、レヴィンが気のない返事を返す。

エレオノーラは何度も頷くと、ようやくレヴィンを正面から見据えた。


「うちの天使はこの美貌のせいで大変生きにくいのよ。私はリリアーヌが幸せに暮らせる手助けをしたいの」


「まあ、それだけ整っていれば苦労も多いでしょうね」


「やはり、分かるのね!」


手を取り、身を乗り出すエレオノーラに昨日のような圧力は感じられない。ただ、少しばかり狂気を感じてレヴィンが少し腰を引いた。


「決めました。やはりギルドの構成員の採用条件には『顔がいいこと』を盛り込みましょう」


力強くうなずいたエレオノーラによって、『天球の灯(スフィア・ランタン)』の採用基準に「顔面偏差値が高いこと」が追加された瞬間だった。



――数年後。


「それで、俺たち採用の時、87点って言われたのか」


「それって高いのかな、低いのかな」


「レヴィンを100点として、85点が合格ラインです」


エレオノーラによって明かされた、採用条件の点数にリンとガイは微妙な顔をした。


「合格ギリギリじゃねぇか…」


「なんだろうね、別にいいんだけどなんか屈辱…」


レヴィンが微笑む。

その破壊力にリンとガイは乾いた笑いを漏らした。

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