俺と学級委員とプリントと
俺の中でまた新たな謎が浮上してしまった。
あどけない会話の途中で……。
『幽霊が見えるの?』
『日下部水月って知ってる?』
たったの二言なのに。こんなにも適切でおせっかいな質問は初めてだった。この質問が今流行のジョークの一種でないなら、前橋さんは俺と同じで幽霊が見えるということになる。
ちょっとまてよ……?
それならなんだ? 俺以外に幽霊が見えるいわゆる能力を持つ人間が同じクラスのすぐ近くにいたということなのか? これは逆にチャンスかもしれない。前橋さんが幽霊の存在を確認できるという謎の方が気になるが……。
チャンスというよりも心強いの言い方の方が正しい。何事も同等の条件の能力を持った者同士がいると人は安心するものだ。
「なんでそんなこと俺に聞くんですか?」
「金曜の帰り、水月さんと話してたじゃん」
見えるのか? という感情よりも見てたのか……という感情が勝利していた。
「それから君の家に日下部さんを招いていたじゃん」
見られていたーー! 俺しか見えないという概念を逆手にとって! 誤解だけはしないでくれよ?
「何してたの?」
「ただの話し合いだよ」
あ、話の流れでつい認めてしまった……。
「うそだー! 何かいやらしいことしてたんでしょ!? たとえば――」
「あーもういい! いわなくていいから!」
案の定誤解されてしまった。
廊下のど真ん中で騒いでいたものだったから先生の怒鳴りとともに廊下での会話はここでストップされた。
俺と前橋さんの会話の続きはプリントを仕上げるついでに教室で行った。
――――実をいうと早くプリントを終わらせたいという一心で必死だった。
「それで前橋さん」
「前橋でいいわよ」
「……じゃあ前橋、水月さんとはいつ知り合ったんだ?」
「入学前の3月の終わりくらいだったかなあ、いきなりこれまでにないほどの頭痛が走って……」
「えっ?」
症状が全く同じだったことに動揺が隠せなかった。
「ちょっと待てよ!」
「まあまあ最後まで聞いて」
いったん落ち着く間をくれた。これも前橋の気遣いなのであろう。
「気がついたら水月さんの家で横になっていて、看病してくれたの。水月さんに。それから学校一緒だって聞いて仲良く学園ライフを堪能してるってわけ」
間違いない。頭痛という症状を起こしてからの過程が俺と全く一緒だ。やっぱり幽霊が見える条件というのは…… ”頭痛” なのか?まあそれはそれとして……。
「前橋は幽霊って言われて疑ったりしなかったのか?」
「疑ったわよ真っ先に……。でも水月さんったら。今までに見たことない輝きをした目をしてきてさ。嘘をついていない目だったから信じざるを得なかったのよ」
「お前って意外と単純だよな」
「shut up!」
こわっ。
そしてなぜにマジ英語でシャラップ?
俺はその合間、会話と同時にプリントをしていたせいか、全然進んでいない。
――プリントが――
そんなある意味俺からすれば急がなくてはならない状況だが、前橋は進めた。
――話を――
「でもまさかきみ……いや、晴彦くんも幽霊が見える体質だったとはね」
「実は俺も頭痛があっての体質なんだよ」
「私と一緒じゃないの」
「そうなんだ。ちなみに言うとその後の過程もすべて一緒だよ」
「偶然もいいところね」
「ははは……」
あ、プリントが終わったぞ! あとは前橋にていしゅ……。
「あとね……おかしいことがあるの」
提出しそびれた……。
「なにさ」
「頭痛が起きて水月さんに看病してもらったのはいいんだけど……。それから細かいことは分からないけど大事なことを一つ記憶からなくなった感じがするのよね」
「ふーん。一種の記憶喪失的なやつじゃね?」
「だとは思ったんだけど……一つだけなくなるっておかしい話だと思うの」
「それより前橋はなんで記憶からなくなったのが一つだけって言いきれるの?」
「それは……いままで私自身の支えにしてきたことがどうしても思い出せないから」
「支え……か」
「うん。だから私、そのことを大事にしていた気持ちが記憶からなくなっても心の隅っこに残っていたんだと思う……」
「そうか」
前橋の言っていることが本当ならその過程に従って俺の頭の脳からもなにか大事な記憶が失われているはずだが……。思いあたる節が全くと言っていいほどないのはどうゆうことだろうか。そこまで大事にしていることがなかったのかな……?
「まあ話せてよかったわ」
「こちらこそだよ」
「私がもし晴彦くんと水月さんが話しているところを見かけなかったら気づきもしなかったし、こんな話もしていなかったわ」
「これも俺が数学のプリントをなくしたおかげだね!」
「誇れるほどのことじゃないと思うんだけど」
「あはは……だ、だよね」
「そういえば、プリントできた?」
「そうだそうだ」
俺はプリントを前橋に提出する機会を探っていたのだが、前橋があまりにも会話に夢中になっていて機会の機の字も隙をつく場面がなかったのだ。
「どうぞ」
「はい。よろしい」
何とか渡せた。
「もうこんな時間ね」
水月さんと前橋はよく時間を気にするというか指定的なことを問いかけてくるから俺はこの学園にきて時計を見る回数が頻繁にふえた。
「そろそろ出ようか」
「だね」
俺と前橋は提出寸前で消失した数学のプリントの代わりを職員室まで届け、暗くなりつつある外へと足を運んだ。前橋とは今日が初会話だったがイメージしてたのと比べたら普通に話しやすい言わばいいヤツであった。友達運は一級品なのだろうか。
「今日はありがとう。謎も解けて心底すっきりしたわ」
「いえいえ!」
「また水月さんと3人で話をしましょ!」
「わかった。直接本人と話した方がいろいろと分かることがあるかもだしな」
「じゃあまた明日ね!」
「おう! またな」
俺の視界には前橋の小さくなっていく姿だけが写っていた。思えば最近礼ばかり発しているような気もするがあえて気にしないでおこう。
日差しが沈む帰り、俺らしくないほどの考え事をしていた――
幽霊の見える仲間を新しくもったことだがこれからどうしていこう。心強いことに変わりはないのだが、俺、水月さん、前橋、そして佑太。このメンツでいくことになるのだと思うが、やっぱり水月さんだけが幽霊という存在ってゆうのは腑に落ちないよなあ。仕方ないことなのだが。
ありもしない可能性を俺はひそかに願っていたのだ。水月さんが幽霊ではなく、生身の人間として暮らしていくことを。
「死んだ人間が生き返ることなんてマニアックな漫画でしか見たことないもんなあ」
その一言は一般市民の考えからしたら当たり前なのだが、なぜか俺は信じなかった。俺はどうしても水月さんを生き返らしたいらしい。
根拠は? と聞かれると困る……。俺自身も根拠が見当たらないからだ。
単純に俺が水月さんのことを好きなのか?だがまだそのような感情がこみあがってきたことは残念ながらまだない。
なにかしら根拠という名の理由があるはずなのだが……。
そう考えているうちに日は沈み、目の前は自宅だった。俺は自宅の鍵を取ろうと制服の裏ポケットに手を忍ばせる。すると、鍵はあるのだが、それ以外の物の感触が手をくすぶらせる。手に取ってみると、
「……なくしたはずの数学のプリント」
無意識にもほどがある。無意識というそっけなさを叱った俺がそこにいた。




