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悪堕ち魔法少女になってみた  作者: ナイアル


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第二十五話:I named you

 再生ポッドによる治療に一ヶ月。

 衰えた筋力や魔力を戻すリハビリに一ヶ月。

 復帰のための再訓練に一ヶ月。


 その三ヶ月の間も、会議や陰謀や各種学習やマナー講座やダンスの練習や――いや、後半はいったい何の役に立つんだ――やたら過保護になったバカをブン殴るなど、いろいろ忙しかったのは忙しかったんだけどさ。


 三ヶ月も一線を退いていれば、事態があたしの手を離れてもしかたないところではある。

「とはいえ、これはちょっとねえ……」

 三ヶ月ぶりに直接見上げる青く抜けるような空とやけくそな光を投げかける太陽の下、眼下の広場で繰り広げられる茶番に、あたしは深いため息をついたのだった。


 ――命を賭して仲間の暴走から自らの故郷を守った少女に対し、最大限の敬意と感謝とともにこれを評し、国葬を執り行う。

 

 足下に転がってるラジオから流れる、このふざけたイベントの趣旨説明。

 つまりあれだ、こいつはあたし――ホワイトリリーの「お葬式」。

 ごっそりえぐれた対岸も含めて結構な範囲をその版図とすることになった笠原市――今や「カサハラ行政特別自治区」とかいうご大層な名前になってるけど――そのカサハラ特別区と日本の連名での盛大な国葬に、当人も思わず苦笑い、ってやつである。


「いやはや、恥ずかしいなんてものじゃないわよ、ねえ?」

 振り返って見つめる先には憎々しげに顔をゆがめる鳥――ってえか、聖霊様。

「満足ですか?友達を犠牲にしてまで英雄になって」

「英雄、ねえ。英雄扱いされるのはあたしじゃない、死んでしまった誰かさんよ。この葬式でそれもいなくなるんだから……今ここにいるあたしが、英雄の名によって利益を得ることはないわ」

 見当違いの非難に思わず笑いが漏れる。


 英雄であるホワイトリリー・白川百合子は死んだ。今ここにいるあたしはもう英雄・白川百合子ではなく……さて、どうしようかしらね?住民情報移籍のどさくさに紛れて、ダークネスフラワーの子達と一緒に新しい出自を捏造するつもり、ではあるんだけど。

 戸籍を追いかけられたらいろいろ気まずいけど、未開地(笑)だとか戦時の混乱(笑)とか言い訳すれば、まあそれなりにうやむやにできるだろうと踏んでいる。


「このセレモニーの目的は、『たとえ敵対行動を取った相手でも、功績に対して相応の敬意と表彰を行う』というパフォーマンスにすぎないもの。バカ皇子たちには宥和工作が簡単になるってメリットがあるけど……あたし個人としては、あのバカに少々気まずい思いをさせる程度、かしら」

 貸しとか借りとか言うのもばかばかしい程度の、のどの奥に引っかかった小骨くらいの居心地の悪さを与えられる、今更その程度のことじゃあいつとの関係は何ほども変わらないと思うけど。

「本番はここからよね。国連による講和条約の受諾と調印……これでめでたく地球……っとテラは帝国の支配下の端っこあたりに引っかかる立場になるわけだ」


 ソル星系第三惑星テラ――帝国によって正式に登録される名前を決めるのは、これでなかなか紛糾した。

 もうタイヨウ系チキュウでいいじゃないかとぶっちゃけるバカをはり倒しつつ、どこの文化圏からもそれなりに文句言われない程度の汎用性だとかなんだとか……英語名だからって英語圏国家の私有物になるわけじゃないとは思うんだけどさ、そんなとこにも「イデオロギー」って奴は顔を出すのだ。日本語由来なんかにしようもんなら、各国の反発は今の比ではなかっただろう。


 惑星圏公用語――この場にいる人間のほとんどにはチンプンカンプンな帝国公用語に、それでも八割はわかってないだろう英語、それからなぜかバカの一押しで含まれることになった日本語――で順繰りに同じ内容の条文が読み上げられ、常任理事国の各国首脳が、あるいは苦々しげにあるいはなぜかうれしそうに、手元の電子書類にサインを入れていく。


「さすがにこんな場でテロとかご勘弁願いたいからね、いろいろ仕掛けはしておいたんだけど」

 やれやれ、とわざとらしく肩をすくめる。

 結構な厳戒態勢を敷いたにも関わらず、引っかかったのは数カ国の政府主導のテロ屋と、後暗い仕事に手を染めるいくつかの組織。それも本気と言うよりは威力偵察という性格が強すぎて、こっちとしては肩すかしと言いたくなるレベル。

 なにより、

「――あんたは最後に一花咲かせると思ったんだけどねえ。スザンナ・メリーウェル……いえ、光霊教団三位神官・スーウェリス・メル・セラール」

「……何かを仕掛けようにも、『根』をあそこまで丹念に潰されては動きようがありませんでしたよ」

 憎悪も露わに吐き捨てる聖霊様、改め巫女様。


 それをやったのはあたしじゃない、つっても聞いちゃくれないか。

 拠点から浚ってきたデータやトレーサーの追跡結果などから背後関係を洗わせたのはあたしだけど、ラングレーの「協力者」にして光霊教団――帝国で最大勢力の「光」信仰の宗教団体――の宣教師……という名目で辺境各地に派遣される反帝国活動集団のスリーパー、なんて胡散臭いのもいい加減にしろっていう肩書きに、喜々としてその地球での「手足」をもぎにかかったのはグルバスと青井のダブルじーさまコンビ。

 グルバスはともかく、青井のじーさまは孫娘のおねだりだけで何やってんだって話だけど――結果、こいつはこうして地球が帝国の実効支配下に置かれるのを指をくわえて見ているしかない、と。


 調印式が終わり、今後は国連に対する上位の諮問機関として「テラ総督府」が設立されることになる。

 地球みたいに複数国家が分立し統一政府が存在しない場合、その表面人口の約八割を統括する組織の立ち上げをもって一応の侵略達成基準を満たしたものとする。

 当面は各国家を「州」として、表向きは現状維持としつつ……政治経済軍事の各方面から切り崩しと統廃合を進めていくことになるけれど、ここから先のあれやこれやは、さすがにいたいけな女子中学生の手に余るというもの。


「――そこであんたの出番、のつもりだったんだけどねえ」

「あなたの言っていることは理解に苦しみますが」

「反帝国組織は必要だって、前にも言ったでしょ?」

 帝国の属領……いや、帝国版図の中でも最高に僻地のド貧乏惑星として細々とやってくなら別にこのままでもいいっちゃあいいんだけど。

 とりあえずの安定を得た後、帝国から離反することを考えるなら、反帝国の芽は残して置かなくてはならない。

「そんなこと、あなたが何かしなくても心ある方々が抵抗をし続けるに決まっているでしょう!」

「……強硬に、ね。それじゃダメだわ」

 暴力やテロに流れては、平和に暮らす人々を「敵」に回し、相手に「潰す」理由を与えてしまう。

 何より、そんな形で「内紛」が継続していては、他の貴族どもに付け入る口実を与えることになる。

 まず必要なのは安定・発展させること、その上での「反帝国」。その順番を間違えないためにも、求めるのは政治力と発言力があり穏健な――「理想的な」反体勢派。

 そのためには光霊教団の組織ノウハウというのは、それなりに有益、と判断していたんだけど。

「夢物語、ですね」

「まあそうなんだけどね。なにせ、『体制』側のトップがバカ正直に夢物語信じちゃってるからさ」

 そんなものが成立するわけがないと聖霊様――巫女スーウェリスが嘲笑う。あたしもそれに肩をすくめて肯定の意を表す。

「何より、そんな夢物語にすがったタイトロープの先でしか、欲しいものが手に入らないんだもの」

「あなたの欲しいもの……『あれ』が、そうだとでも言うのですか」

「『あの子』もその一つ……だった、わね。ま、今となっての『あの子』は、あたしの自己満足にすぎないけれど」

「……おぞましい」

 聖霊様改め巫女様に「おぞましい」とまで言われたその子は、広場で式典に参加している……ホロモニタで確認してみれば、盛大に船をこいで幼なじみらしき男の子に注意されるとこだった――ショーコ。


 種自体は簡単だ。ショーコのわずかに残った体細胞を、あたしのそれからブラックリリーを作ったときと同じようにクローニング、ショーコに似せた疑似人格と模造記憶を植え付けただけ。

 

「あのような紛い物の人形を立てて周囲を欺いて……どうしようというのです」

「人形、人形ねえ……今のところはその通りなんだけど、さ」

 驚くほどの短期間で人間臭さを手に入れたダークネスフラワーの子達。

 あれはたぶん、青井家のメイドとして、人間と同じように――消耗品であるクローン兵士ではなく、ごく普通の人間として扱われたおかげ、なんじゃないだろうか。

「物として扱えば物として、人として扱えば人として、そのクオリアを形成するのは……実際のところ人間とさして変わらない気はするのよね。なら、『ショーコ』の体と記憶を持ち、『ショーコ』として扱われれば……」

「欺瞞です!そのようなこと……許されようはずもありません!」

「だから自己満足だって。それに、あの幼なじみの少年君も納得してくれたし」

 ……一生許さない、と釘は刺されたけど。


 幸いというかなんというか、中学校じゃあたしたちとつるむまでもなく浮きまくって友達もいなかったから記憶のでっち上げもさほど苦ではなかったけれど、小学校以前の記憶については、彼の協力がなければ補完しきれなかっただろう。

 ショーコ――赤岩薔子は侵略時の事故で両親を失い、賠償として再生治療を受けたものの、ショックによる記憶混濁が激しく、幼なじみである少年の家に居候することになった……という「設定」。

 あたしとヒナギクが「家の都合」で転出してしまい、教室の片隅で一人寂しくしてるところを、彼が何暮れとなく世話を焼いている……あたしが言うのもなんだけど、彼のあれも相当ゆがんでるんじゃないか、とは思う。


 ……さておき、「あの子」がどう生きて何者になるかに関しては、もはやあたしの知ったことではない。

 あたしはただ、「罪滅ぼし」なんて嘘くさい美名の元に、失われた日常の代替物をでっちあげただけ。

 巫女様の言うとおり、おぞましい自己満足にすぎないし、それは「彼女」が日常に投じられた時点で終わっている。


「反吐が出ます」

「あたしたち『人間』を『物』扱いしてくれてたあんたが言えるこっちゃないとは思うけど?」

 吐き捨てるようなせりふとともに、化け物でも見るような目を向けられるのは少々心外だわね。

「立ち後れた科学技術の中で魔法すら使えない未開地の原住民は、いくら使い捨てても心の痛まない猿同然?そっちの方がよっぽど……反吐が出る」

 なんて、ね。お互い様ってのがいいところだろう。

 それに――「野蛮な未開地」や「後進国」を蹂躙し、今も食い物にし続けている「先進国」のありようを見れば、彼女の言っていることは、おそらくは「当たり前」に「正しい」認識なのだ。

 ……「物」や「獣」扱いされる側にはたまったもんじゃないけどね。


「しっかし……やっぱあんたと手を組むのは難しい、か」

「当たり前です!誰があなたのような悪党と……」

「どんなに反吐が出る悪党相手でも、利害の一致が見込めるなら、手を組む方が賢いと思うけど?……本当に利害が一致するなら、ね」

「どういう、意味ですか?」

 怪訝そうな顔をした鳥に、あたしの方が少し戸惑う。

 もしかして、「この子」は知らなかったのかしら?

 ――だとすれば、実に哀れで……なかなか愉快、なのだけど。

「光霊教団への寄付金最大手が、帝国の……それも、情報部だってこと」

 表向きは純粋な信徒や光霊教団を国教としていた旧帝国――ローザックが算奪した巨大帝国の遺臣たちなんてのが並ぶけど、その大半は情報部の息がかかっているか、そもそも情報部が隠れ蓑にしている実体のない存在。

 それを聞かされて呆然としている「この子」は……おそらくはそんなことも聞かされない末端の「捨てゴマ」ということか。

 操り人形の捨てゴマに、さらに操り人形の捨てゴマ扱いされてたなんて……実に笑えない冗談だけど。


「それでも……私は……私は……」

「教団には逆らえない?」

 フリーズしてしまった鳥の様子に小さくため息。

 ここでいっそ教団もひっくるめて相手取って復讐してやる!なんてぶち上げてくれるなら面白かったんだけど。

 教団に対する忠誠ばかりを吹き込まれて育ってきた子に、そうせよと言うのは……今までの自分を全否定しろって言うようなもの。受け入れがたくてもしかたはない。

「……ま、どっちでもいいけど。ねえ、スゥ?あたしがあんたの名前を呼んでる意味、ちゃんとわかってる?」

 意地悪な笑みを浮かべて、まるでわかってなさそうな彼女に指を突きつける。

「あたしが……あんたに敵対してるあたしが、あんたの素性も背景も、あんた以上に知ってるってこと。教団にしろ情報部にしろ、そんなあんたを放っておくと思う?」

 鳥の目の中に浮かぶのは、驚愕と恐怖。

「今ならまだ、『こっち』に付けばカバーして上げられるかもしれない」

「……脅迫、ですか」

「そうね。協力関係を築けないとすればあんたは敵。守って上げる義理もないし……丸裸になってる今こそ攻め時、よねえ?」

 どっちでもいいけれど、と肩をすくめる。

 あたしが差し伸べた手を、彼女は……それでもまだ、教団を裏切れない彼女は……。

「残念、ね」

 鳥がぐらりと傾いだのを見て、あたしは深い息を吐く。

 それに唱和するように小さなため息を付いたのは、先ほどまでとはどこか違う空気をまとった、鳥。

「……どちらですか?」

「ユカリよ。一応は介入を排除できてると思うけど、万が一にも巫女を『確保』されるわけにいかなかったんだもの」

「非情ですね、あなたは」

「むしろ思いやりがあると言って欲しいわね。味方に拷問された上殺害、なんて、あんまりにもかわいそうでしょ」

 使い魔としての接続が切れたことで、鳥――エレディアは巫女の死を確信したようだ。

「いったい、我々は何を間違えたんでしょうね」

 声にならない念話で狙撃命令を出したあたしと、それに従って前の主を淡々と射殺したユカリと――殺されるとわかっていたのに主になんの警告もしなかったエレディアと。

 誰が、何を、どれだけ――

「――ま、それを問うことに意味なんかないんだけど、ね」

「そうですか?」

「結局は過ぎたことよ、過ぎたこと。それよりも、これからの話をすべきじゃない、エレディア?」

 手を差し伸べれば、優雅に羽ばたいてあたしの肩にとまる。

「……いつからお気づきで?」

「違和感はあったわ。いくら使い魔として制御を奪ってるとは言え、ほかの三体があっさり裏切ったのに同類を使うのか、とか。バカ獅子――レオンを解放した時は、あいつはあんたの名前を呼んでいたのよ。使い魔のことを知ってるはずの奴が、本体と使い魔の区別が付かないなんてあるのかしら?」

 一つ一つは些細なこと。でもその「疑い」は、巫女が何も知らないと知って確信に変わった。

「人形として操ってたはずの奴に操られてるなんて、ね。ぞっとしないわ」

「私も端末の一つでしかないのですが、ね」

 しれっと返す鳥の表情は揺らがない。

 ユカリのように感情が無いのではなく、感情を表に出さないよう訓練された無表情。

 わかりにくいったらない……けど、感情ばかりが先に立つ巫女様よりは安心できちゃうあたしも、なかなか汚れてると思う。


「そうですね……すでに大勢が支配容認に動いている以上、ここで戦闘や破壊工作を伴う『レジスタンス』を継続するのは利が薄いという判断には合意します。今後の作戦方針の変更を提案しておきましょう」

「そう言っていただけると大変ありがたいのはたしかなんだけどねえ……いいの?」

「首の皮一枚繋がったとは言え、将来的な経済破綻が目に見えている辺境星域に封じ込められるのなら、『当面は』黙殺可能と考えるでしょう」

「嫌われてるわねえ」

「私利に走る方々にとって、理想論を語る者というのは大変に目障りですからね」

「そっちじゃないわよ」


 あのバカが中央で嫌われてるなんてのは、理由も含めて今更だ。それが原因で島流しに遭ってなお、そのご大層な「理想」を諦めてないってんだから、その頑固さには中央の貴族連中もさぞや閉口したことだろう。

 問題は、鳥――エレディアの話の端々から漏れる第三皇子の勢力に対する不信。


 第三皇子のバカ皇子に対する要望は「排除」。

 何をやらかしたんだか聞くのも怖いが、あのバカは第三皇子周辺にとっては島流しにするだけでは飽きたらず、生きているだけで危険と判断されているらしい。

 こんだけ徹底的に追い出されたら、ド田舎の貧乏星系拾ったくらいで中央に返り咲くなんてほぼ無理。九分九厘破綻する領地経営の失策をネタにしてもう一たたき――たとえ成功したとしても功績のこの字にもなりゃしない、と思うのだけど。


 そんな要望が命令されて――はいないけど、まあおよそ逆らえない雲の上から下知されてるってのに、この鳥はさらっと保留を提案できるという……その中央の連中へのイヤミもくっつけて。


「毎度のように強権を発動したがる第三皇子殿下の専横を疑問視している勢力もあるということです」

 そりゃまあ、グルバスのじーさまに情報流してくれてる連中とか、そういう「抵抗勢力」があるのは知ってたけどさ。

 今の話はそれどころじゃない、何でも思い通りになると思ってる第三皇子殿下からしたら組織ぐるみの明確な「サボタージュ」と見なされてもおかしくはない話だ。


「帝国の版図となれば、内務の管轄になりますから」

「表立っては邪魔しにくくなる、と。縦割り行政に感謝しておくべきかしら?」

 ……それは逆に言うと、内務が軍とそれを牛耳る第三皇子に制肘できるだけの政治力と権力を持っているってことで……そっちはそっちで別の皇族でもいるってことか。

「やれやれ、一難去ってまた一難ね」

「今の話でそう考える方は珍しいと思いますが……そうですね、帝国も一枚岩ではないということです」

「そーゆー複雑怪奇な勢力事情をド田舎の女子中学生にペラペラ語るんじゃない!」

 表情の動かない鳥が、小さく笑った気がした……ったく、癪に障るったら。

「しかし、そんなに簡単に私を信用してよろしいのですか?」

「裏はとるし監視は続けるけど……ま、お互いの利害が一致してるうちはご同道ってとこで?」

 喉元を掻いてやれば、気持ちよさそうにのびをする。こう言うとこは妙にリアルな鳥っぽいんだけど。

「ええ、今後ともよろしくお願いいたします」


 そう言って翼を差し出した鳥と、ふふっと笑い合ったあたしは、風を纏ってふわりと飛び降りた――今やこの星の支配者となった皇子の演説が響く広場とは、反対の方向に。




********




「……で、何よこの状況は」

 ぐるりと周りを見渡せば、ずいぶん見慣れた――ずいぶんご無沙汰でもあったけど――戦艦内部の会食用食堂。

 相変わらず落ち着いた上品さに纏められた内装は、あたし好みではあるんだけど……


 軽いめまいを感じて額に手をやろうとしたら、がちゃっという金属音とともに妨害された。

 音のする方を見るまでもなく、両手は手摺りにつながれてるんだろうと想像が付く。

 

 おっけー、落ち着け。

 犯人はわかってる。昨日――かどうかは微妙なラインだけど――久しぶりに会ったヒナギクの奴だ。

 同じ高校に通ってるはずなのに滅多に顔を合わさないのは、あたしもあの子もなんだかんだと忙しく、出席日数に警告灯が点滅してるような状況だから。

 彼女は今や飛ぶ鳥を落とす勢いの大企業・アオイの次期当主様、あたしは表向きは無関係な一介の女子高生。お取り巻きやら護衛やらぞろぞろ引き連れたあの子とはすっかり接点がなくなったというのもある。

 そんな雲の上のお嬢様が一人暮らししてるあたしの部屋に突然訪ねてきたと思ったら、愚痴と称して「旦那様」の惚気を聞かされること小一時間。

 ヒナギクの奴、おっさんと同棲始めてやがった。

 内々では婚約者として、まあ一応体面もあるし結婚は高校卒業を待って……とか甘ったるい話は以前から聞いてたけど、まさかそんなことになってようとは。

 表向きの名目上は「護衛」らしいけど……互角以上に戦える小娘守る必要なんかあるのか、おい。


 ――閑話休題。

 で、いい加減そんな話に退屈しはじめた時に、ふっとめまいがして……なう、今、現在、してやったりと満足げな笑みを浮かべる馬鹿皇子の前に、こーして縛り付けられているわけだ。


「目が覚めたかね、白瀬百合子――」

 笑顔のまま偉そうなセリフを吐くクソ馬鹿野郎をどうしてやろうかとにらむ。

「――いや、聖百合教団幹部・リリアーナ・シュトーレン」

「幹部じゃねえし」

「では傀儡教祖の操り手、と言っておこうか?」

 はいはい、わかったわよ。お手上げ、というポーズをしかけて、鎖にがっちゃりと引き止められる。あー、めんどくせえ茶番だわ。


「お招き預かったというにはちょっとばかり不本意かつ失礼な扱いじゃない?」

 不満を表明するようにがちゃがちゃと拘束具を鳴らして見せる。

 さすがにこの程度じゃびくともしない……あ、だめだ。強化術とか併用したら余裕で引きちぎれるわ、これ……いや、しないけどさ。

「申し訳ないが、いきなり暴れられても困るのでな」

「手足拘束されても攻撃する方法あるって知ってるわよね?」

 空気の塊をやつの頬にかすめさせてやったら、少し表情がひきつった。だからなぜそこで責めるような目であたしを見るか。


 

「で、何の用なのよ結局」

 拘束具で縛られていたところ――相変わらず、痕も残らず痛みもない、無駄に親切な仕様だ――を厭味ったらしくさすってみせたりしながら、とっとと吐けとばかりに顎をしゃくってやる。

「いや……最近、まったく顔を見せに来ないからだなあ……」

「敵の本拠地に堂々と遊びに来るわけにいかんでしょうが。報告書なら定期的に上げてんだから、いいでしょ」


 そう、敵。

 今のあたしは光霊教団の分派の宗教団体の一員として、反帝国活動を地道に行っている。

 といっても、今んとこの表向きは慈善活動とか災害救助とか……人道的見地からの知名度向上が精一杯。

 その過程でうっかり非道な人権抑圧問題が浮き彫りになったり、総督府の手が回ってないところになぜか都合よく派遣されてたりするのは……無関係ということになっている。

 「光は善」という教義をかざし帝国からの独立を謳いながらも、その貢献ゆえにテラ総督府も排斥できず――表彰しなくては収まりがつかないなんてこともままあるけれど。

 帝国への対抗感情は維持しつつ、うちを正当に評価することで総督府の株は上げさせる……要はぶっちゃけるまでもない、出来レースってやつである。


「いいかげん、傀儡なり影武者に丸投げする頃合いだろう」

「まーねー、行き詰まりはあるけどさ」

 テロに走ろうとする過激派だの、それなりに影響力を持ち出した教団に取り付いて甘い汁吸おうと企む下衆どもだの、そろそろめんどくさい柵やら邪魔者が増えてきてるのは確かだ。

 大掃除と――最悪、新教団への分派なども検討中だけど……あたしが現場にどこまで付き合う必要があるかってなると、エレディアやユカリにぶん投げてもそれなりに運営は回してくれるだろうし。



「――と、いうことで、だ」

「おうふ」

 急に居住まいを正して真剣な顔をした皇子に、思わず変な声が漏れた。

 いつになく熱い視線に、こちらの顔まで熱くなる。

「百合子……」

 いやいや、ちょっと待ってちょっと待ってそんな顔されてもあたしゃ心の準備がだね。

「頼む」

 あーもー、なんであたしの心臓は早鐘みたいに鳴ってんだ。相手はバカ皇子だぞ。

「俺の傍で……」

 こここ呼吸呼吸平常心平常心。


「参謀として働いてくれ」



 ・

 ・

 ・ 





 おーけー、おーけー。頭は冷えた。かつてないほど冷静だわ、あたし。

 はああああっと大きくため息一つ。

 捨てられたわんこみたいな目で見つめている大馬鹿野郎に、にやりと笑みを返してやる。


 心は決まった。悔いもない。

 答えるべき言葉は一つ。

 震えを抑えるよう拳を小さく握りしめ、相手の両目をひたりと見据え。

 


「お断りだ、バカ皇子」


紫「カモフラージュ組織は、キリスト教系新興宗教団体と認知されています」

雛菊「キリスト教、百合……ああ、ジブ」

百合子「言わせねえよ!白スク水もスカも触手もないから!」

薔子「……?」


雛菊「百合なのは、ホワイトリリーの聖女認定ということですか?」

百合子「わかりやすい象徴よねえ」

シャキール「そのために自分を模した聖女像をシンボルにするのはどうなんだ」

百合子「目が光って通信もできる優れもの!」

薔子「えー……」



・・・


これにて第一部、完です。長い間お付き合いいただきありがとうございました。

本当は夏中に、1クール13話程度で終わらせるつもりだったのですが、長々と引きずってしまい……反省しきりです。

楽しんでいただけましたら、ほかの作品もごひいき下さればありがたいです

(ノクタの某淫魔様が怖い笑顔でおいでおいでしてる気が……)



・・・

作者「第二部は、百合子さんが帝国の継承者戦争に巻き込まれながら地球(テラ)の独立を目指す宇宙編と、薔子ちゃんが幼馴染の率いる悪の秘密結社と学園の平和をかけて争う地上編の二本立て!」

百合子「スケール違いすぎ!?」

雛菊「わ、私の出番は!?」

作者「リア充死すべし。慈悲はない」



***

2014/09/17 誤字修正。ご指摘ありがとうございました

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