第4話 薬草は知らないが、道は知っている
ポーションが軌道に乗り始めたのは、フォルデン村に来て十日目のことだった。
試薬瓶が六本並ぶようになった。ラヴェンドラとミルトゥースの複合型、フォルカン草の単体型、それから試験中の第三の配合。棚に並べると色がそれぞれ違って、淡い青、黄緑、白濁。この色の違いを見ると、前世で試験管を並べた実験の記憶が浮かぶ。
ベアトリスが「これをうちの孫に試してもいいかい」と言ったのは、九日目だった。
「効果は保証できませんが、害はないはずです」
「保証できなくても構わんよ。今飲ませてるものだって、保証なんてないからね」
老婆は笑いながら言った。皺が顔中に集まる笑い方。それを見て、なんというか、この人の笑い方は信用できる、と思った。
感謝、というより信頼、か。いや、どちらでもない。こちらが試したいものを、試させてもらえる、という感覚だった。
◇◇◇
十一日目の朝、採取に出た。
フォルカン草は峠道の中腹に生えている。往復で二時間かかる道だった。
出発して三十分後、分かれ道で止まった。
右か左か。地図を見た。地図を見ても、どちらが正しいかわからなかった。方向感覚という機能が、前世からずっと欠落している。会社でも、コンビニからの帰り道で迷ったことが何度かあった。
カイルが横に並んだ。
「右です」
「……」
「地図ではそう読めます」
地図を見もせずに言った。
右の道を歩いた。十分後、フォルカン草の群生地が見えた。正しかった。黙って横を歩いているだけで道案内になるという、なかなか得難い同行者だと思った。
「護衛の仕事です」
カイルが言った。読まれたわけでも何でもなく、ただ言っただけだろうが、タイミングが良すぎた。
◇◇◇
帰り道、カイルが口を開いた。
「王都に戻る気はないですか」
唐突だった。采取した薬草を袋に入れながら歩いていたので、手が一瞬止まった。
「ありません」
「そうですか」
それで終わりになった。
もう少し聞かれるかと思ったが、あの人はそれ以上を言わなかった。なぜ聞いたのかもわからなかった。護衛任務の確認として聞いたのか、それとも別の意図があったのか。判断するための情報が足りなかった。
「あなたは、どうして来たのですか」
逆に聞いてみた。
間があった。長い間ではなく、言葉を選んでいる間だ。
「……見ていた、ということです」
「謁見の間で、という意味ですか」
「そこだけでなく」
それだけだった。
見ていた。三年間か、それとも昨日のことか。どちらとも取れる言い方だったが、どちらを聞き返しても、たぶん同じ答えが返ってくる気がした。
薬草袋が重くなってきた。肩に食い込む。フォルカン草は葉が厚いので、量に対して重さがある。
「かわりに持ちます」
「平気です」
「……左肩が下がってますが」
「荷物が重いので」
「それが平気でない状態です」
言い返せなかった。
袋を渡した。カイルは受け取って、何事もなく歩き続けた。重そうな顔を全くしなかった。騎士というのはそういう体の使い方をするのか、と思った。
◇◇◇
その日の夕方、商人の荷馬車がまた来た。
前回と別の商人だったが、持ってくる話の種類は似ていた。王都の貴族院で「医療制度改革案の後継担当者を募集している」という布令が出たが、応募者がゼロだという話だった。
「専門知識がいる仕事らしいんだけどね、誰もわかる人がいないって言ってさあ」
商人が荷を下ろしながら言った。
「そうですか」
「お嬢さん、なんか知ってる? 王都出身でしょ、見りゃわかる」
「いいえ、何も」
嘘ではなかった。知っていることは知っているが、今のわたしには関係のない話だ。
カイルが宿の入り口に立って、こちらを見ていた。目が合ったが、何も言わなかった。
何を考えていたのか、わからなかった。
わたしは試薬瓶を手に取り、配合の確認を続けた。日が沈みかけていた。棚に並んだ六本の瓶が、夕日の色を受けてそれぞれ違う光を返していた。




