438 馬鹿
未知の地——
緑深い密林の中にそびえる雪山は、積雲を貫き、天高くその頂を突き出していた。
積雲の下では、輝く金の鎧をまとった翼騎兵たちが赤い火竜にまたがり、輪を描くように防衛線を敷いていた。山頂へ進めるのは、彼らの許可を得た者だけだった。
登頂する資格のない者が目にできるのは、陽光の降り注ぐ日に積雲に映る、ゴシック様式の城の影だけだった。
そこが、誰もが恐れおののく第四帝国の司令部——鷹の巣だった。
一頭のグリフォンが遠くの海岸線から雲に覆われた山へと急ぎ飛来し、火竜に乗る騎兵の前で止まった。火竜と比べると、グリフォンはひよこのように小さく、どこか滑稽だった。
グリフォンの騎兵が身分証を提示すると、火竜の騎兵はゆっくりと道を空けた。
「通れ」
グリフォンの騎兵は雲を抜け、ようやく雲上に隠された浮遊する山を目にした。高台に建つゴシック様式の城は、謎めいた黒い結晶石で築かれ、冷ややかな空気を漂わせていた。正方形の大広間に入ると、まばゆい陽光が遮られることなくステンドグラスに差し込み、床に色とりどりの模様を映し出していた。
全身を神器で固めた13人が、長いテーブルを囲んで真剣に議論していた。ビスマルクもその一人だった。
「オリンポス山の上位神が兵を動かしました。我々は第5層にある黄金の林檎の女神の宮殿の前で足止めされ、攻め込めずにいます」
「上位神の兵は防御力が高すぎます。突破口を開いても、突入できません」
「大総統、装甲師団を派遣していただけませんか?」
全員が静まり返り、一斉に長いテーブルの一番奥へ目を向けた——そこに座るのは、短い金髪をした壮年の大男。顔はひげに覆われていたが、血色がよく、活力に満ちていた。
大総統は椅子の背にもたれ、片手で頭を支えながら考え込んでいた。やがて、テーブルに1枚の地図を広げた。わずかに身動きするたび、黒い鎧の隙間から細い稲妻がジジッと音を立ててほとばしった。
「東部戦線に動きはあるか?」大総統が尋ねた。
「いいえ。今も対峙したままです」席にいた女性プレイヤーの一人が答えた。
「西部戦線は?」
「現在、戦闘は行われていません」男性プレイヤーが答えた。
「極東は?」大総統はさらに尋ねた。
「ローマ軍団と傭兵部隊は、緋桜の武士たちに撃退されました」
別の男性プレイヤーが答えた。
「厄介な連中だ……」
大総統が眉をひそめると、他の面々は緊張でこめかみに汗をにじませた。
コンコンコン——グリフォンの騎兵が扉を叩き、扉を守る重装兵と言葉を交わした。
重装兵はゆっくりと大総統のそばへ歩み寄り、耳打ちした。大総統はうなずいた。
「ビスマルク将軍。あの翼騎兵が急報を持ってきた。君が攻略中のサーバーに関することだ」
続いて重装兵はビスマルクのもとへ歩み寄り、耳打ちした。ビスマルクは大総統にうなずいてみせ、席を立って部屋の外へ出た。
…
「百賢の旅の攻勢が食い止められ、今は和也が大賢団を指揮して攻撃しているだと?」
ビスマルクには信じがたかった。本サーバーに、まだ抵抗する力が残っていたとは。
「それと、ルースがクトゥルフに殺されました……」
翼騎兵が報告した。
「そんなことはどうでもいい。未開人どもに、機工士を養うだけの力があったとは……。連中には資源も資金もないはずだ。我々の上陸後に開発を成功させるなど、不可能だ」
「先見の明がある誰かが、思い切って技師に先行投資していたんだろうな」
ビスマルクは考え込んだ。
「和也大佐からの緊急の機密書簡に、機工士の熱源を確保する必要があるかとの問い合わせがありますが?」
翼騎兵は和也の手紙をビスマルクに手渡した。
ビスマルクは頬をかきながら、手紙をじっくりと読み始めた。
「熱源を確保するのであれば、敵を上回る戦力を派遣してください……」
「敵を上回る戦力を派遣すれば……未開人どもが絶望し、大崩壊を引き起こしかねん。だが、熱源を確保して大総統に献上できれば、大手柄になる……」
ビスマルクの胸中では、二つの思いがせめぎ合っていた。
「少し待っていろ」ビスマルクは大広間へ戻った。
「東部戦線と極東で進展がない限り、装甲師団は動かしたくない。オリンポス山との往復には時間がかかる。戦局への影響が大きすぎる」
大総統はそう言い終えると、ビスマルクへ目を向けた。
「何かあったか?」
「はい、大総統。私の部隊の攻勢が食い止められました」
ビスマルクは報告した。
「はっ、ビスマルク。あなたの仕事は小ブロックの掃討だけでしょう? それなのに未開人に足止めされたの?」
女性プレイヤーの一人が、ここぞとばかりに嘲った。
同席していた者たちが一斉に笑った。大総統だけは黙ってビスマルクを見据えていた。その視線に強い重圧を感じ、ビスマルクは耳まで真っ赤になった。
「助けが必要か、ビスマルク?」
大総統は真剣に尋ねた。
「私のサーバーの正規軍を動かして、この件を解決したいと思います」
ビスマルクは兵を派遣し、熱源を確保することに決めた。
大総統はさらに眉間のしわを深め、ため息をついて許可した。
「君の部隊はちょうど西部戦線にいる。2時間後には新ベルリンの転送門に戻る。解決までに……3週間やろう。それで足りるか?」
「2週間で十分です」ビスマルクは答えた。
他の者たちは再び笑った。
「ビスマルク、時間の計算を間違えないようにね」
女性プレイヤーはまたも彼をからかった。
「オリン……そこまでだ」大総統が軽くたしなめると、オリンはすぐに唇をとがらせ、そっぽを向いた。
「ありがとうございます、大総統」
ビスマルクは憤然とその場を後にした。鷹の巣の送迎を担う専属の翼騎兵に新ベルリンまで送られる間も、拳を固く握りしめていた。
「いったい……何が起きている?」
...
丘陵地帯の戦況は、急速に悪化していた──────
赤や緑の魔法の光線が斜面を薙ぎ払う。生き残った連合軍の火力は、大賢団に遠く及ばなかった。
いくつもの火球が飛んできた。ニフェトとパシュスは戦車の上に立ち、神の盾を傘のように広げて攻撃を防いだ。エネルギーの盾に激しい波紋が走り、盾越しの景色が歪む。たちまち盾は何か所も撃ち抜かれ、穴が開いた。
カミコは、鏡の盾では連携による範囲魔法から何人も守れないと判断し、自分を守ることに専念した。あっという間にチビガメのそばまで駆け抜けた。
「戦車まで下がれ!!」古志が叫んだ。
連合軍は戦車を遮蔽物にするため、砲火にさらされた斜面を駆け下りた。わずか数十メートルの下り坂が、肉挽き機さながらに血に染まっていく。
火球が周囲の土を吹き飛ばし、左からは衝撃波、右からは爆風が襲う。負傷者の悲鳴と爆音まで重なり、方向感覚さえ奪われた。
連合軍の前衛は、長い戦争の中でほぼ全滅していた。残った打たれ弱い遠距離職では、ドイツ軍の魔法攻撃に耐えられない。多くが道半ばで倒れ、瀕死の体で必死に戦車へ這い寄っていた。
桐司は金竜にまたがり、全力で攻撃を続ける百賢の旅を追い散らしていた。だが、仲間の半数以上が死傷していることに気づき、慌てて手綱を引いて竜の向きを変え、斜面へと飛んだ!
「ニフェト……」
桐司は唇を噛みしめ、金竜を戦車の上に降ろした。金竜はドイツのプレイヤーたちに背を向け、両翼を盾のように広げて仲間を覆った。
ドンドンドン! 金色の翼膜はたちまち裂け、竜の血が仲間たちに降り注いだ。
「急げ! 負傷者を引き戻せ!」
古志は焦りながら、斜面で百賢の旅と撃ち合っていた負傷者を救い出した。
ドンドンドンドンドンドン!!
耐火属性を持つ金竜の鱗さえ、すべて白く変色し、剥がれ始めた。
それでも桐司は踏みとどまり、最後の一人が戦車の後ろへ這い込むまで耐え抜いた。
「早く降りろ! 桐司──────」
赤い光が閃いた。
ドン!
ほかには何の効果音もなく、桐司と金竜は、同時に半身を吹き飛ばされた。
【システムメッセージ: フレンド 桐司 HP残り20%】
【システムメッセージ: フレンド 桐司 HP残り0%】
「た……頼んだ……」
桐司は残った片目でパシュスを見つめ、金竜とともに光の塵となって消えた。
「桐司!!」
...
またも主力の一人を失った連合軍は、惨めな姿で戦車の後ろに身を潜め、身動きも取れずにいた。
ニフェトはすぐさま、ためらうことなく安全な場所を飛び出し、攻撃が雨のように降り注ぐ負傷者たちのもとへ飛び込んだ。
ドンドンドン! 古志が戦車を力いっぱい叩くと、リオはすぐに側面の小窓を開けた。
「戦車の状態はどうだ!?」古志が問いかけた。
「両側の履帯が泥に埋まってる! 片方を掘り出してくれ。脱出できるか試してみる!」
リオは切迫した声で答えた。
「全員、掘れ!!!」古志が怒鳴った。
生き残った兵たちは魔杖や短剣まで使って周囲の土を掘り返し、たちまち大量の泥を取り除いた。
リオはすぐさまギアをバックに入れ、出力を全開にした!
ジジ……
履帯の下は一面のぬかるみで、足がかりになる固い地面がなかった。
「武器を全部、下に突っ込め!!!!!」
古志は突然そう言い、自分の希少な魔杖を戦車の下に差し込んだ。
「は?」一同は呆然と固まった。
「急げ! 死んだら武器があっても意味ないだろ!」古志は怒鳴りつけた。
皆は言われたとおり、自分たちの成長を支えてきた武器を残らず履帯の下へ差し込んだ。
リオが再び戦車を動かすと、履帯が並べられた武器を噛み、車体がようやく後退し始めた。
【システムメッセージ: 装備 xxxx 耐久度残り10%】
【システムメッセージ: 装備 xxxx 耐久度残り10%】
【システムメッセージ: 装備 xxxx 耐久度残り10%】
【システムメッセージ: 装備 xxxx 耐久度残り10%】
【システムメッセージ: 装備 xxxx 耐久度残り10%】
【システムメッセージ: 装備 xxxx 耐久度残り10%】
「いけ、リオ!!!!!!」皆は戦車を叩いた。
「頑張れ、チビガメ!!!」
リオは全速で後退した。だが——ドン、と泥が飛び散った。
【システムメッセージ: 装備 xxxx 耐久度残り0%】
【システムメッセージ: 装備 xxxx 耐久度残り0%】
【システムメッセージ: 装備 xxxx 耐久度残り0%】
【システムメッセージ: 装備 xxxx 耐久度残り0%】
【システムメッセージ: 装備 xxxx 耐久度残り0%】
【システムメッセージ: 装備 xxxx 耐久度残り0%】
並べた武器が一斉に砕け、戦車は再びぬかるみへ落ち込んだ。
大賢団の巨大な鏡が向きを変えた。死神の視線を思わせる赤い光が、ゆっくりと斜面をなぞっていく。
「またお前に負けてたまるか!!!!!」
リオは必死に砲塔を旋回させ、砲身を空へ向けた。
砲塔はキンキンと音を立てて回り、その動きは複数人で操る巨大レンズよりもわずかに速かった。
赤い光が戦車を捉えた。
「今だ!」和也が命じた。
百賢の旅は即座にレンズへ炎の砲撃を放ち、その光線の太さと温度はたちまち倍増した。
まさに同じ瞬間、リオは怯むことなく、砲身をわずかに下げた。
「FIRE!!!!!!」
ドン———!
百賢の旅は、金色の光がヒュッと巨大な鏡へ飛んでいくのを、なすすべもなく見つめていた──────
ボフッ───巨大レンズの左下に砲弾が命中し、炎の波紋がたちまち広がった!
「切り離せ!」和也が切羽詰まった声で叫んだ。
燃え始めた一角が即座に切り離され、レンズの残りの部分は守られた。
同時に、リオの砲弾でレンズの角度が狂い、百賢の旅のレーザー砲も射線がずれ、戦車の端に命中した。
車内では赤い警告灯が点灯し、ピッピッと警告音が鳴った。
「向きを変えるのが遅い! 動けさえすれば、あの照準を振り切れる!」
戦車は損傷したものの、リオは大賢団を倒す方法を見いだした。
だが、戦車を動かすには、地面にたまった水をすべて抜かなければならない……
鏡の照準が逸れた、そのわずかな隙を一樹は見逃さなかった。
「今なら外に出られる!」
「一樹! 早く中に戻れ!!」ニフェトと古志が声をそろえて叫んだ。
「だめだ! 視界を確保しないと、自然の力を操れないんだ!」
一樹はすでに激しい砲火を浴び、肩をすくめて頭を抱えていた。
黒雷が飛来すると、パシュスが飛び出し、両腕を広げて体で受け止めた!
ドン!!!
黒雷が荒波のようにパシュスの全身を襲った。鎧はとうに砕け、髪も体毛も焼け落ち、むき出しの肌から煙が上がっていた。
「一樹!!」古志が切羽詰まった声を上げた。
「わかってるって!!!」
一樹は両拳を握りしめ、地中に巨岩を召喚して戦車を持ち上げた。続いて、周囲の泥から水分を抜き取った。
リオはすぐに戦車の計器を調整し、走り出そうとした。
突然、一本の赤い光線がレンズへ放たれ、そこから一樹を照らした…………
「神よ、あなたは私の最後の──────」
ニフェトはそれを見るなり叫んだ。
【システムメッセージ: フレンド 一樹 HP残り20%】
「うああっ!!」
ボウッと炎が上がり、一樹はたちまち火だるまになった。凄まじい悲鳴を上げ、やみくもに走り回る。
一樹は誤ってドイツのプレイヤーたちのほうへ走ってしまった。そこへ、何本もの黒雷が襲いかかる!
ニフェトは自分の身の危険も顧みず、外へ頭を出して一樹に再び蘇生術をかけた。
だが、遅すぎた——
ドゴォン!!
戦車のすぐ前で黒雷が炸裂し、爆風が車体を激しく揺さぶった。
ニフェトはその煙を呆然と見つめた。
煙の中から金色の光が漏れ、煙はゆっくりと晴れていった………
一樹は生きていた。しかも、その前には雷の砲撃を受け止めた少女が立っていた。
「私の許可なしに死ぬんじゃないわよ、ザコ!」
転移してきた加奈が、眉をひそめて言った。
「馬鹿が……」
和也は怒りに燃えた。加奈に計画をすべて狂わされたのだ。




