437 再び吹き荒れる嵐
クトゥルフがプラムスに乱入していた頃、はるか東の丘陵地帯には戦火の煙が立ち上り、遠く離れたハゲグの街にまで砲声が轟いていた。
黒焦げの斜面は、まるで月面だった。炎と砲弾にえぐられ、いくつもの穴が開いていた。
「雨を降らせて、戦場の視界を悪くしろ!」
和也が命令を下した。
雨粒がリオの戦車を叩き、キンキンと澄んだ音を立てた。リオは雨の中、丘の頂まで戦車を走らせ、下にいる百賢の旅を見下ろした。
「やっと……お前らが隠れる番になったな!」
リオは砲塔を旋回させた。砲身がゆっくりと下を向く……
ドン────! 砲弾が百賢の旅の円形の氷の盾を吹き飛ばした。何人ものプレイヤーに氷片が突き刺さり、負傷者が次々と倒れた。
「今度は水蒸気で、戦車の視界を塞げ!」
ドイツ軍は戦車へ火の魔法を放ち始め、大量の水蒸気を発生させて車体を包み込んだ。
「気をつけて!」
ニフェトは左側の小窓から外をのぞき、雷光が閃くのを見てぎょっとした。
バチチチチチ!!
操縦席の前に並ぶ計器のいくつかが、緑から黄色に変わった。
リオはレーサーのような手慣れた動きで戦車の出力を切り替え、動力レバーを力いっぱい引き上げた!
戦車が突然震え、全速力で後退して水煙から抜け出した。
リオはすぐに戦車を止め、レインコートを着込むと、レンチを手にハッチを押し開けた。
「冷却液を補充する! 援護してくれ!」
ニフェトとパシュスはすぐに戦車から飛び降り、リオとともに車体の後ろへ回った。
ジュウウウウウ……雨水がチビガメの後部に触れるたび、熱で瞬く間に蒸発して白い煙になった。
リオは耐熱手袋をはめ、車体後部の装甲板を1枚持ち上げた。エンジンの放熱板は赤みを帯びたオレンジ色に焼け、肌さえ溶かすほどの熱を放っていた。
パシュスはリオの背後で大盾を構え、ニフェトは魔法の盾を呼び出してリオを雨から守った。一樹は自然の力を使い、百賢の旅が作り出した天候に対抗していた。
「スピードでドイツのプレイヤーを振り切れないの?」
ニフェトは複雑で精密な機械の構造を見ても、何が何やらさっぱりわからなかった。だがリオは、計算問題でも解くように少しも慌てず、手順どおりに四角い熱源を取り出した。
「あいつらは時間を稼いでるんだ。そうでなきゃ、とっくにブリザードで俺たちの足を止めて逃げてる。大賢団を待ってるんだよ」
「チビガメは敵の堅い守りを突破するために装甲を強化してある。その代わり、足が遅いんだ。準備する時間がなくて、砲台のエンジンをチビガメに載せただけだからな。まだエンストしてないだけでも運がいい」
リオは説明を続けながら、両手で熱源の鉄蓋を回して開け、冷却液を注いだ。
「ああ……うん」ニフェトはぽかんとした顔でうなずいた。
戦車を操っての実戦は初めてなのに、リオは驚くほど頼もしかった。
「お前1人で……百賢の旅を倒せる自信があるのか?」
パシュスは驚いて尋ねた。
リオは熱源をチビガメの後部に戻し、装甲板を固定すると、手袋を外してひと息ついた。
「無理だ…………HE弾はもう撃ち尽くした。残ってるのは白リン弾と毒ガス弾が1発ずつ、それに通常弾が20発だけだ。ドイツのプレイヤーは氷の盾を防御の主力にしてる。魔力と時間さえあれば、何度でも盾を修復できる。でも、こっちの砲身もそろそろ限界だ。あと30発も撃てば、緊急修理が必要になるだろうな」
リオはそう言いながら、沈んだ表情でチビガメの後部を撫でた。
ジュッ!!!
「クソッ!」
リオは熱い装甲板に触れて手のひらを赤く焼き、痛みに飛び跳ねた。ニフェトはその手を握って治療した。
「それじゃ、つまり…………」
ニフェトは眉をひそめて尋ねた。
「残った弾を撃ち尽くすまでに百賢の旅を倒せなきゃ、俺たちは負ける。大賢団が来る前に、決着をつけるしかない」
ニフェトは内心驚いた。この鋼鉄の巨獣に、これほど多くの欠点や制約があるとは思ってもいなかった。
「行こう。どうせこれが最後の戦いだ」
パシュスはニフェトを抱えて戦車の上に乗せ、3人は再び車内へ戻った。
「これが飛行機だったら、逃げられるのにな」
一樹は苦笑した。
「飛行機は鬼畜仕様なんだ。空は翼騎兵だけのものだからな……」
リオは操縦席に座り、潜望鏡を調整した。
「出発するぞ……」
ほかの3人は黙ってうなずいた。
リオが出力を上げると——チビガメは再び出撃した。丘の頂まで戻ると、百賢の旅はまだ麓にいた。
「変だな。なんであいつら、低地ばかり動き回って、高所を押さえようとしないんだ?」
パシュスは不思議そうに尋ねた。
「上がってくれば、こっちの砲撃の的になるからな。今のうちに押し切る。坂を下るぞ、しっかりつかまってろ」
リオがアクセルを思いきり踏み込むと、チビガメは全速力で走り出した!
強烈な遠心力が4人の体を浮かせ、ジェットコースターに乗った時のように胃の辺りがふっと軽くなった——半秒の浮遊のあと、戦車はドンと激しく斜面に着地し、下り坂の勢いに乗ってドイツのプレイヤーへ突っ込んでいった。
「行くぞ!!」
…
「通常弾!」リオが怒鳴った。
「準備よし!」
ドン——氷の盾には穴が1つ開いただけだった。和也は内心喜んだ。リオがすでに榴弾を使い切ったとわかったのだ。
「魔法で反撃する準備をしろ!」和也が声を張り上げた。
「了解、和也大佐!」
百賢の旅は一斉に応じ、すぐに魔杖を振って迎撃に備えた。
「通常弾!」リオが再び怒鳴った。
「準備よし!」
ドン!!
砲声は1発ごとに車内へ響き渡ったが、リオは自分の分しか耳栓を用意しておらず、ほかの3人は耳の痛みに苦しんだ。
一樹は排出された薬莢を小窓から車外へ投げ捨て、余計な重荷を残さないようにした。
「準備しろ!!」
リオはもう1発撃つことにした。
「準備よし!」
ドン——
「白リン弾!」
一樹は一瞬固まったが、すぐに砲弾の山から白い砲弾を1発見つけ出した。
「準備よし!!」
ドン——
「うわあ!」
ドイツのプレイヤーたちは、リオにはもう殺傷力の高い弾は残っていないと思っていた。ところが突然、頭上で炸裂した白い光が流星のように降り注ぎ、氷の盾をじわじわと焼き抜いていった!
「まずい……逃げろ!!!!!」
和也はとっさに地面に手を当て、激しい振動が伝わってくるのを感じた。
氷の盾の前に、突然黒い影が現れた——
巨大な砲身が、氷の盾の破れ目から内側へ突き出した。砲塔の小窓越しに、一樹の不敵な笑みが見えた。
「通常弾!」リオが力の限りに叫んだ。
「準備よし!」
「死ね!!」
ドン——氷の盾の内側で強烈な光が閃いた。
ドゴォン!!
戦車の正面装甲が血で真っ赤に染まり、血飛沫が氷の盾の内壁に飛び散った。生き残った者たちも衝撃波で意識を失い、地面に倒れた。
「うおお!!」リオはアクセルを踏み込んだ!
「うわああ!!!」
重傷を負ったドイツ兵たちが何人も、生きたまま轢き潰された。
「これが五次職の機工士なの……強すぎるよ、リオ……」
ニフェトは戦車の威力に圧倒され、これまでの戦いが子供の遊びのように思えた。
リオは狂ったように戦車を旋回させた。地面はますます赤く染まっていく——だが、逃げ延びたドイツのプレイヤーの大半がすでに周囲の斜面に陣取っていることに、リオは気づいていなかった。
「始めろ——天洪!!」和也が声を張り上げた。
戦車の真上から巨大な滝が降り注ぎ、血飛沫を一瞬で洗い流した。
地面にはたちまち深さ50センチまで水が溜まり、戦車で最も薄い底部装甲の継ぎ目から、泥水が染み込んできた。
「リオ! み、水が入ってきた!!」
ニフェトとパシュスは慌てて布で押さえたが、床からはさらに何本もの細い水柱が噴き出した。
「水は蒸発させられない! そんなことしたら、全員蒸し焼きになる!」
一樹が切羽詰まった声で言った。
「持ちこたえろ!!」
リオは驚き、すぐに戦車を滝の下から退避させた。だが——移動速度が70%も低下していた!
「どうなってる!?」
リオは速度レバーを力任せに動かしたが、何も変わらなかった。
一樹は慌てて窓の外へ指先を出し、自然の力を感じ取った。その顔色が一変する。
「まずい……低地に水が溜まりすぎて、地面が泥になってる!」
「泥!? なんてこった!」
リオは夢にも思っていなかった。和也がわざと不利な場所に陣取っていたのは、戦車を下へ誘い込むためだったのだ。
「ふん、地形もろくに見ないやつめ」
和也はかすかに笑い、手を上げた——
「ブリザード!」複数の源魔師が一斉に魔法を放った!
溜まった水が一斉に凍りついた——車内にまで氷が広がり、一樹は両足に凍傷を負った。幸い、ニフェトがすぐに治療し、傷は残らなかった。
だが——
ギギギギ、ギギギギ、ギギギギ……
「エンジンが……動かない!」
リオは叫び、速度レバーを力いっぱい引いたが、どうにもならなかった。
「始源の星墜!」
ドイツの魔法使いたちが一斉に手を掲げた——いくつもの隕石が出現した。だが、降り注いだ先はチビガメではなく、周囲の山頂だった!
ドゴォン!! 大規模な土砂崩れが起こり、戦車の半分が泥と岩に埋まって、身動きが取れなくなった。
「これで……いくら防御力が高くても、死ぬのを待つしかないな」
和也は笑い、とどめの一撃を放とうとした。その時——
「天虹衝撃!!」
ドゴォン!!
「何事だ!?」
和也は右手の丘で起きた爆発を見た。
「絶対に見捨てないぞ、ニフェト!!!」
桐司は金竜に乗ってドイツの魔法使いたちを追撃しながら、怒鳴った。
「桐司はいつログインしたんだ!?」
パシュスが驚いて尋ねた。
「さっき……戦闘中で気づかなかった。どうして—————」
ニフェトは驚きと喜びが入り交じった声で言った。戻ってくるなんて、そんな馬鹿がいるのか!?
【システムメッセージ: フレンド カミコ オンライン】
「カミコ!?」車内の一同は目を見張った。
【システムメッセージ: フレンド 古志 オンライン】
「古志まで!?」
【システムメッセージ: フレンド セラン オンライン】
【システムメッセージ: フレンド 萌僧 オンライン】
【システムメッセージ: フレンド 白 オンライン】
【システムメッセージ: ギルドメンバー xxxx オンライン】
【システムメッセージ: ギルドメンバー xxxx オンライン】
【システムメッセージ: ギルドメンバー xxxx オンライン】
【システムメッセージ: ギルドメンバー xxxx オンライン】
【システムメッセージ: ギルドメンバー xxxx オンライン】
【システムメッセージ: ギルドメンバー xxxx オンライン】
【システムメッセージ: ギルドメンバー xxxx オンライン】
【システムメッセージ: ギルドメンバー xxxx オンライン】
先ほど避難した地下道の出口から突然、強烈な光が溢れた——ログアウトしていたメンバーたちが、大旗を手に姿を現した。
「やっぱり、俺たちは……今日一緒に戦った仲間を見捨てられない!!」
古志は腕を振り上げて叫んだ。
「うおおお!!!」生き残った兵たちは大旗を掲げて突撃した。
負傷者を大勢抱えた百賢の旅は、リオの戦車を包囲していた。だが、両ギルドの残存部隊の突然の介入に攻撃の流れを断ち切られ、再び後退した。
「あの乗り物は何だ!?」
古志と白は、地面に埋まった巨大な鋼鉄の塊を驚きの目で見つめた。
リオは丘の裏へ車体を下げ、敵の射線から外れたところで戦車を止めた。
ハッチが突然開くと、ドイツのプレイヤーたちはすぐさま激しい魔法攻撃を浴びせた。パシュスは水紋の盾を掲げて正面から受け止め、ニフェトは感激した様子で仲間たちに手を振った。
「みんな!!! ここにいるよ!」
3本の黒雷が突然ニフェトへ放たれたが、カミコの鏡の盾にすべて跳ね返された。
生き残った部隊はすぐに百賢の旅と遠距離で撃ち合いながら戦車へ駆け寄り、4人を救い出した。
「この乗り物は何だ!?」
「どうして戻ってきたの!?」
双方が同時に問いかけ、それから互いの気持ちを察して微笑んだ。
「桐司からメールが来てな。誰も、放っておけなかったんだ」
古志はニフェトに答えた。
「まずはドイツのプレイヤーを倒してから、ゆっくり話そう! あいつらも、かなり数を減らしてる!」
古志は切迫した声で言った。
「もう待っていられない! 撤退! 大賢団に救援を求めろ!」
和也は不本意ながらも、戦力を温存するために撤退を決断した。
「そうはさせるな!!」
生き残った部隊は勢いに乗り、猛反撃に出た!
ドイツ軍は散々に打ちのめされた。危機を察した和也は、大賢団の隊長たちとともに仲間の撤退を援護するために残り、追ってきた数人を一瞬で爆殺した。
全員が慌てて足を止め、和也と戦おうとする者はいなかった。
その時、空が陰り、連合軍の顔にも暗い影が落ちた……
宙に浮かぶあの巨大な鏡が、再び姿を現した。ドイツの大賢団の本隊が到着したのだ……




