433 王の力
グズ近郊の黒い森で、ドイツプレイヤーに寝返った本サーバーのプレイヤー二人が、焚き火を囲んで話していた——
「プラムスで暴動が起きて、うちのサーバーの初心者の一団がプラムスの塔に突入したらしい」
一人が驚いた様子で伝えた。
「馬鹿だな。ルースはこれを機に、あいつらを一網打尽にするに決まってる。おとなしくドイツプレイヤーが帰るのを待てばいいだろ。ほんと、どうしようもない馬鹿どもだ」
もう一人は嘲笑った。
「1時間前から、伝書鳥が渡り鳥の大移動みたいにグズとプラムスを行き来してるんだ。うちのサーバーの連中にも勝ち目がありそうだぞ」
相手のプレイヤーは、途切れることなく空を行き交う鳥の群れを指さして反論した。
「馬鹿、あるわけないだろ。うちのサーバーで一番強い火野良だって——」
ドン!!
木立から巨大な黒い腕が伸び、話していたプレイヤーを一撃で肉塊に叩き潰した。強風が焚き火を吹き消し、辺りは暗闇に包まれた。
「うわっ!! 誰だ!?」
もう一人のプレイヤーは怯えた子鹿のように震え、足に力が入らず、その場にへたり込んだ。
銀糸のような髪をした老人が、自分の画面に目を通しながら、幽霊のように通り過ぎた。
【システムメッセージ: フレンドリスト: レナ (オンライン) 現在地——プラムス中央要塞】
「レナ……」
西城勇は口を閉ざし、うつむいて考え込んだ。
残ったプレイヤーはすぐにつま先立ちになり、こっそり逃げ出した。
ドン——西城勇はすかさず、そのプレイヤーも肉塊に叩き潰した。
「君を失望させはしない……レナ」
西城勇は一人、北西へと進んだ——鷲の大旗が立ち並ぶグズの城が、目の前に姿を現した。
…
本サーバーの革命軍は、プラムスの塔の地下牢でドイツプレイヤーと死闘を繰り広げていた。
幸い、レナの持つ蔦の盾が階段の入口の半分を塞ぎ、ドイツプレイヤーを盾の向こうに食い止めていた。おかげで革命軍は、守りやすい場所を確保できていた。
両軍は大きな螺旋階段で激しい白兵戦を繰り広げ、武器が装甲をこするたびに、目がくらむほどの火花が散った。死体や負傷兵が次々と上から転がり落ち、下にいる革命軍の兵たちは何度も足を取られて倒れた。敵が3段攻め下るたび、革命軍は命懸けで2段押し返した。一段一段を、血を流して奪い返していた。血は滝のようにざあざあと地下牢へ流れ込み、足首が浸かるほどの血溜まりを作っていた。
前衛たちは、転倒を無効にする不動状態で前線を支えていた。頭と頭、盾と盾がぶつかり、胸と胸が密着する。両軍は互いのステータス値をぶつけ合い、それぞれの言葉で熱い雄叫びを上げた。
ドイツプレイヤーには上から攻め下れる地の利があったが、階段の上に律儀に並んだ姿は格好の的だった。革命軍は目をつぶっていても攻撃を当てられるほどだった。
30分にわたる血みどろの戦いを経ても、ドイツプレイヤーが攻め下れたのは、わずか10段ほどだった。
だが、革命軍は半数近くが戦死し、レナの蔦の盾には亀裂が入り始めていた。レナが装備の緊急修理のために後方へ退けば、その隙にドイツプレイヤーが前線を突き崩しかねない。レナは持ち場を離れられなかった。
「アンドリアは!? もう持たない!!!!!」
加奈はすでに何度も魔力を使い果たし、今は残り数本の魔力ポーションでどうにか持ちこたえていた。
「知らない! 追い出されたんだ!」
イージは威力の乏しいライフルを構えて戦っていた。
「誰に追い出されたの? ブチャに!?」加奈は急き込んで尋ねた。
「そうだ! 急に羽ばたいて、魔法で俺たちを吹き飛ばしたんだ。それからアンドリア様の姿が見えなくなった」
イージが答えた。
そのとき、ルースはようやく審判池を離れられるようになり、地下牢へ進み始めた。ルースが地下牢で審判池を展開すれば、革命軍の敗北は避けられない。
「まだ終わってないのか!? ブチャがすぐに参戦しなければ、俺たちは全滅するぞ!」
雨間刻は前線から下がり、イージのそばへ駆け寄った。
「俺にも分からない。さっき——」
イージが言いかけた。
【システムメッセージ: フレンド アンドリア HP残り20%】
【システムメッセージ: フレンド アンドリア HP残り0%】
「……」
革命軍の大半はそのメッセージを見ると黙り込み、武器を下ろした。
「おい! 踏ん張れ! 奴らが——うああっ!!!」
レナは後方からの援護攻撃が突然途絶えたことに愕然とした。隣の戦士たちまで抵抗を諦め、ドイツプレイヤーは一気に革命軍の防衛線を突破し、階段の下までなだれ込んだ。
ルースが神杖を突き立てると、地下牢はたちまち聖句で埋め尽くされた。
「まずい!!」雨間刻はすぐさま前線へ駆け戻った。
「Schachmatt(詰みだ)」ルースは笑った。
...
地下牢、5分前——
「ブチャ…………」
アンドリアは、長身のブチャの両目が魔の蔦で封じられ、何も見えなくなっていることに気づいた。
ブチャは翼を広げてもがいていたが、本サーバーの言葉を耳にすると、すぐに落ち着きを取り戻した。
「人間……」ブチャは沈んだ声を漏らした。
ハイエルフであるブチャの肌は、本来なら清らかな白い輝きを放っているはずだった。それが今は灰色がかった緑色にくすみ、死に瀕した病人のようだった。
「私たちは魔王の攻撃を受けている。戦いに加わってくれる?」
アンドリアは焦りながら尋ねた。
「我が身はすでに魔の樹に蝕まれている。もはや戦うことはできぬ」
ブチャは沈んだ声で答えた。
ブチャの両脚には、竜の尾のような黒い蔦が絡みついていた。蔦が体に食い込み、筋肉と一体化して、その体を養分にしているのがはっきりと見て取れた。
「どうしてドイツプレイヤーに、ここに閉じ込められたの!?」アンドリアは驚いて尋ねた。
「ニフェト様から翼を授かって以来、私はムー大陸の各地を巡り、死に瀕した者や傷ついた者を救い、ニフェト様の美徳を勇者たちに語り伝えてきた。
だが、魔王軍の一部隊と交戦したとき、敵は私の弱点をよく知っていた。60人近くに取り囲まれ、撤退を決めたそのとき、一本の黒い釘が足首に突き刺さった。その釘で空から引きずり下ろされ、私は生け捕りにされた。魔王は私を蕾のもとへ連行し、女王への贈り物にして友好の意を示そうとした。
蕾は……拒んだ。戦いに敗れた大天使長ではラロ神の期待に応えられず、もはや幽語の森に入る資格はない、と言ったのだ。幸い……女王は魔王を脅した。私が命を落とせば、女王自らの手でプラムスを滅ぼすと。
魔王は女王と取り決めを交わした。私が死なない限り、女王は魔王の軍勢に手を出さないというものだ。女王は言葉では答えなかったが、うなずいて了承した。
その後、私は魔王にプラムスへ連れ戻され、地下牢に閉じ込められ、黒魔術で封印された」
ブチャはため息をつきながら語った。
「あなたを助け出す方法はないの!?」
アンドリアは焦り、ブチャの周りを一周した。蔦は非常に硬く、さらに魔力で守られており、どんな武器でも破壊できないものだった。
ブチャは目が見えないのに、アンドリアの動きを視線で追っていた。アンドリアの身に宿る何らかの力に惹かれているらしい。ブチャは唾を飲み込み、そっと武器を握りしめ、密かに殺意を抱いた。
「これは邪術によって生み出された、邪悪の塊だ。私の魔力を吸い続け、その魔力で自らの魔法陣を維持している。教皇か、教皇と同等の神の恩寵を持つ枢機卿団が、この黒魔術に逆詠唱を施さねば封印は解けぬ」
ブチャは答えた。その体は熱を帯び始めていた。
「その黒魔術の陣は、あなたに何か影響を与えるの? 魔力を吸って何をするの?」
アンドリアは急き込んで尋ねた。
「私の魔力を吸い尽くした瞬間、この陣は私の体を支配し、殺戮だけを求める魔神へと変える。だが……すでに衝動をかき立てられ、体を抑えるのも難しくなっている」
「錬成陣の術式の記号から判断するに、この黒魔術の陣は私の魔力を動力源とし、発動すれば大爆発を起こすはずだ。その威力は、プラムス全体を更地に変えるほどだ」
ブチャは言った。その翼が落ち着きなくばたつき始めた。
「大爆発!? ドイツプレイヤーが、プラムスを吹き飛ばせるほどの爆弾を地下牢に仕込んだ……どうして!?」
アンドリアは恐怖で顔を青ざめさせ、膨大な記憶の中から手がかりを探った。
「柑々が言っていた……和也というドイツ側の幹部が、撤兵の日に初心者をプラムスに集め、引き継ぎ式を開くよう柑々に命じたと……」
「まさか、撤兵もまた嘘で、立ち去る前に私たちの初心者を全員爆殺するつもりだったの!?」
ドイツ軍は最初から、本サーバーの誰一人として見逃すつもりはなかった。撤兵の話も、人々を安心させるための嘘にすぎなかったのだ。
「人間……お前から女王の力を感じる」
ブチャは不意にそう言い、背から巨大な光の槍をゆっくりと抜き、アンドリアを見据えた。
「王……私はとっくに城主の地位を失っているわ」
アンドリアは眉をひそめた。だが、ブチャの激しい殺気が怒涛のように押し寄せてくるのをすでに感じ取り、そっと盾を上げていた。
氷竜を失ったアンドリアが、ブチャに勝てるはずはなかった。地下牢のほうを振り返ると、入口はすでに黒いもやに塞がれていた。アンドリアは、ブチャがただ脅しているだけであることを祈るしかなかった。
「人間……お前には蕾の力が宿っている。私は……お前の力が欲しくてたまらない」
ブチャが低くつぶやいた。焦れたように槍の穂先が壁を削り、火花を散らし始めた。
「蕾の力? そんなはずはない」
アンドリアは警戒を強め、戦う構えを取った。
「王位争奪戦。女王・蕾がお前に王選への参加を許した。それは、お前の力を認めたということだ……お前には王たる資格がある」
ブチャの声は震えていた。
「王選……私は蕾に負けたわ。それがどうしたというの?」
アンドリアは唇を噛みしめ、壁際まで下がった。
ブチャは黒い翼を広げ、体をねじって光の槍を高く掲げた—————両目を覆う魔の蔦を意志の力で一気に突き破り、紫の魔眼を見開いた。
「王たる資格を持つアンドリア……お前……死んでくれるか?」




