430 再会の時は、再び別れる時
丸々と太った鶏の柔らかな肉が、まだ歯の間に挟まっていた。上等な酒のまろやかな甘みとほのかな香りが、口の中に残っている。Kanatheonと影の旅団のメンバーは、酔いに身を任せ、まだ戦利品を満喫していた。古志の報告を聞くと、全員の動きが止まった。辺りは、プーンという蚊の羽音さえ聞こえるほど静まり返った。
「そうだ。ドイツ軍の主力、百賢の旅が間もなく到着する。大賢団も30分遅れで続いている。おそらく、我々を根絶やしにするつもりだ」
古志は重々しく告げた。
連合軍の面々は呆然と古志を見つめ、それから手に持った鶏の脚に目を落とすと、力なく置いた。
「どこへ逃げればいい?」食卓の後ろから誰かが尋ねた。
「この人数で逃げ続けても、いずれ追いつかれる……」
古志は丸い岩の上に立ち、沈んだ声で答えた。
「そんな……」
プレイヤーたちはたちまち恐慌に陥り、食欲もすっかり失せた。
「大賢団まで来るとはな。ドイツ軍も、ずいぶんと我々を買ってくれたものだ」
古志は苦笑した。
「なら、みんなで戦って死のうじゃないか! このゲームはもう存分に楽しんだ!」
一人の司教が食卓の上に立ち、杯を掲げて意気高く叫んだ。
「おおおおっ!!!!」全軍がそろって杯を掲げ、最期の酒をあおった。
「待て!」古志が一同を制した。
ともに死ぬ覚悟を決めていた戦士たちは、唇まで運んだ杯を興ざめした様子で下ろした。丸い岩の上にいる二人の副長とニフェト、ソフィアに、不満げな視線を向ける。
「生き延びろ! 無意味な戦いをするな。ドイツ軍が去ったあと、本サーバーを立て直すには我々の力が必要だ」
古志は声を張った。
一同は戸惑い、顔を見合わせた。
「逃げられない、隠れられないと言っておいて、生き延びろだなんて。いくらなんでも無理を言いすぎじゃないか?」
誰かが苦笑しながら問い返した。
古志は深く長いため息をつき、一歩下がってニフェトに前を譲った。
「みんな。Kanatheonも影の旅団も、持てるすべてを懸けてドイツのプレイヤーと戦ってきた。Kanatheon……Ka……」
ニフェトは鼻の奥がつんとし、涙があふれ出した。嗚咽を漏らし、震える手で涙を拭った。
「約3か月にわたるこの戦争で、Kanatheonは一度も降伏しなかった。731人が戦いに加わって、今日では……27人しか残っていない」
「私——私たちは、すべての使命と責任を果たした。誰に対しても、恥じることなんてない! 胸を張って、みんな!」
ニフェトは胸元の法衣を握り締め、涙に濡れた目を大きく見開き、全員に向かって声を張って宣言した。
六口……私、ちゃんとやれたかな。ニフェトは自分に問いかけた。
「これ以上戦っても、死にに行くだけよ! 無意味に命を捨てないで! みんな、隠れて!」
ニフェトは一歩前へ出て、最後の撤退命令を下した。
「でも、私たちのギルドの財産は……ほかのギルドメンバーは……」
たちまち、あちこちから声が上がった。
「あとは、それぞれの運命に任せるしかない……影の旅団もKanatheonも、このサーバーにすべてを捧げた。ここから先は、成り行きに任せましょう!」
ニフェトはとめどなく涙をこぼし、全身を震わせながら言った。
ソフィアはゆっくりと立ち上がり、ニフェトの背にそっと手のひらを添えた。
戦士たちは顔を見合わせ、それから食べ物を置いた。丸い岩のそばへ集まって立ち、指示に従った。
「Kanatheonの小屋の地下には、深く長い地下道が掘ってある。あちこちに枝分かれして通じているから、みんなでそこへ隠れて、暗い隅を見つけてログアウトしましょう」ニフェトは続けた
「いつログインすればいいかは分からない。誰かが危険を冒して様子を確かめることになる。その間はメールで連絡を取り合おう。この2枚の紙に自分の連絡先を書いてくれ。ニフェトと交換しておく」
白はそう言って、2枚の白紙を差し出した。
「急いでくれ! 百賢の旅がもう来る……」
古志は残り時間を数えながら、焦りをあらわにして急かした。
「ソフィア様、失礼します」5人の近衛兵がソフィアを抱き上げた。
「何なの?!」ソフィアは驚きの声を上げた。
「あなたは定期的にログインしなきゃいけないんでしょう……この5人の近衛兵は、強くはないけれど、間違いなく忠実で頼れる仲間よ。あなたを連れて逃げ続け、命を懸けて守ってくれる」
「先に行って、ソフィア。教皇の責任は、ギルマスである私が負うものより、ずっと重いんだから」
ニフェトは涙を拭き、微笑んだ。
「……」ソフィアは何も言わなかった。
「さようなら、ニフェトギルマス」
5人はニフェトに深々と頭を下げ、奥の小屋へ駆け込んだ。
連絡先を書き終えた者から、白の指示で小屋の地下道へ降りていった。
「真子……ごめん。私、精一杯やったの」
ニフェトは冷めた目で傍観していた真子のそばへ歩み寄り、そう言った。
「ううん、謝ることなんてないよ」
真子はためらわずに歩み寄り、ニフェトを抱き締めた。
ニフェトは一瞬きょとんとしたが、わっと泣き出し、真子の肩に顔を埋めた。
「六口……六口は、私が失敗したって知ったら怒るかな?」
「この二人がいる理由、分かる?」
真子はニフェトを軽くたたき、ウルとゴリアを指さした。
ニフェトは首を横に振った。
「六口姉さんは、本サーバーが侵略される可能性を早くから見越していたの。それでわざわざ何十人ものNPCを捕まえて、ロシアサーバーの伝説のNPC、マキフみたいなのを探してたんだよ。あなた専属の護衛にしようと思って。パシュスはお馬鹿すぎるって」
真子はニフェトの耳元に顔を寄せ、いたずらっぽく囁いた。
「ははっ。何それ?」
ニフェトは涙に濡れた顔で笑った。
「私も姉さんを失望させたよ。あなたが姉さんをギルドから追放したあと、私は、あなたが六口姉さんを裏切ったんだと思って、NPCのほとんどを殺しちゃったの。そしたら、なぜかこの変なおじさん二人に認められちゃった」
「でも、私たちは精一杯やったでしょ? 六口姉さんとはずっと連絡を取ってるけど、姉さんはあなたを少しも責めてないよ。私がすねてただけ」
真子はニフェトの頭をぽんぽんとたたき、笑って言った。
「じゃあ、私……許してもらえたの?」
ニフェトは涙をこらえ、真剣に尋ねた。
「ううん、ニフェト……ごめん。あなたのそばにいなかった。許してもらわなきゃいけないのは、私のほうだよ」
真子はニフェトに真剣に謝った。
ニフェトはぽかんとしたかと思うと、真子に飛びついてそのまま地面へ押し倒し、声を上げて泣いた。真子は戸惑いながらニフェトをなだめた。二人はようやくわだかまりを解いた。
「おおっ!」
ウルは岩陰にしゃがみ、百合の光景を堪能していた。
「真子様に敬意を払え!」ゴリアはウルを殴り飛ばし、岩陰へ引きずり戻した。
「もう行くね」真子はニフェトを助け起こした。
「行くって?! ログアウトしなさい!」ニフェトは驚きの声を上げた。
「ううん。私はこの二人と、最後の瞬間までドイツ軍を相手に立ち回るよ」
真子は笑顔でニフェトの命令に逆らった。
「私も行く!」ニフェトは即座に言った。
「だめ。あなたにも責任があるでしょう?」真子はニフェトを押し返した。
「でも——」
「氷牢!」
すでに黒いマントをまとっていた真子は、ニフェトをその場に封じ込めた。
ゴリアはそれを見て、ニフェトに沈黙の術をかけた。
「私のほうが、あなたよりずっと強いんだから! あはは!」
真子は大笑いし、瞬く間に100メートル以上先まで駆け去ると、振り返って手を振った。
「またね、ニフェト! 今度、一緒にご飯を食べに行こうね!」
...
真子の小隊は目立たないように北へ迂回し、西から攻め寄せるドイツのプレイヤーを避けた。
「真子様、どこへ向かうのですか?」ウルが尋ねた。
真子は表情を暗くし、冷ややかに告げた。
「ドイツ軍の転移門がある場所……グズ」




