421 正義も、弱さから逃げるための言い訳にすぎない
「嘘だろ!?」大男は顔を青ざめさせた。
クトゥルフは高く跳び上がり、空中で血の蔦を伸ばしてボールをつかむと、手元へ引き寄せた。
「それなら……」
クトゥルフは鉄の棒のような腕の筋肉に力を込め、ボールを地面へ投げつけた。
「4番!」
ドゴン!!!
ボールは砲弾のように落下し、半秒も経たずに白い砂の奥深くへめり込んだ。
4番の女プレイヤーは自分の番号を聞いて驚き、百メートル先から全力で駆け戻った。だが、ボールはすでに地面に埋まっていた。
「ス……ストップ……」彼女は呆然と、砂に開いた穴からボールを拾い上げた。
イミともう一人の女プレイヤーは遠くまで逃げ、大男も数十メートル先にいる。クトゥルフだけが彼女のすぐそばに立っていた。
クトゥルフは首をかしげて手を振り、笑顔を向けた。
女プレイヤーは涙を流しながら、仲間を見た。
三歩では……十メートルも進めない。
「おい、俺に向かって投げろ! 俺は避けない。俺に当てればいい!」大男が叫んだ。
4番の女プレイヤーは自分のスキル一覧を見直した。並んでいるのは狙撃銃のスキルばかりで、あそこまでボールを投げられる手段はなかった。
「お願い……」
彼女は一歩踏み出し、仲間に向かって力いっぱいボールを投げた。
狙いは正確だった。だが、勢いが足りず、ボールは誰にも当たらないまま地面に落ちた。
クトゥルフはすぐに彼女の髪をつかみ、再び現れたガラスの棺へ放り込んだ。中には、さっき逃げようとした男のプレイヤーがまだいた。
クトゥルフが笛を吹き、ほかのプレイヤーを呼び戻した。
「一人脱落した。続けよう」クトゥルフはボールを中央に戻した。
「どうしよう……」イミは唇を結んだ。
「俺に任せろ!」大男がうなずいた。
「2番!」
今度のイミはボールを軽く上へ投げ、大男に任せた。
大男はわざとボールを地面に落とし、すぐにストップを叫んだ!
イミと最後の女プレイヤーはすでに走り去っていたが、クトゥルフは相変わらず動かなかった。
「わざとボールを持ち続けさえしなければ……何をしてもいいのか?」大男はためらいながら尋ねた。
「ああ、何でも――」
クトゥルフが言い終わる前に、大男は三本の投げ槍とボールを同時に投げつけた。
三本の槍はクトゥルフの胸と頭を狙っている。これならボールまで受け止める余裕はないはずだ。
パシッ、パシッ、カン!
「うわっ!!」ドイツサーバーのプレイヤーたちが一斉にどよめいた。
クトゥルフは曲芸のように、両手と口で投げ槍をすべて受け止め、上げた脚でボールを挟んだ。
「嘘だろ……」大男は二歩後ずさった。
クトゥルフは口から槍を吐き出し、大男を見つめた。
「私が降りる。お前は残れ……見せてくれ、お前の正義を」
クトゥルフは静かにそう言い、脚を開いてボールを落とした!
会場が騒然となった。
【えっ!? クトゥルフはいったい何をしているんでしょう!? 自分からゲームを抜けるなんて、また何か悪だくみでもあるんでしょうか!?】実況者が驚きの声を上げ、観客も一斉にざわついた。
クトゥルフは自分からガラスの棺に入った。中の男と女のプレイヤーはすぐに両隅へ逃げ、彼から距離を取った。
ボールはひとりでにスタート地点へ転がり戻り、残った三人は顔を見合わせた。
「おかしい……自分から脱落するなんて……」大男は眉をひそめた。
「何がおかしいの!?」イミが驚いて尋ねた。
「あいつは何を待ってるんだ……」大男にはクトゥルフの行動が理解できなかった。
クトゥルフがガラスを叩き、開始を促した。
棺の中のプレイヤーたちには、厚いガラス越しに三人の会話は聞こえない。
「3番! ラロの栄光!」
イミは砲台のようにボールを百メートル先へ撃ち出した。
「真上に投げなさいよ!」3番の女プレイヤーは怒鳴り、慌ててボールを追いかけた。
「バカね! ルールにそんなこと書いてないわ!」イミは笑いながら反対方向へ走った。
大男は板挟みになった。このまま残るか、自分から脱落するか。決められないまま、その場に立ち尽くす。
「ストップ!」3番の女プレイヤーはようやくボールを拾ったが、二人はすでに遠く離れていた。
「これでも食らいなさい、裏切り者!」
彼女は腕の長い屈強な猿を召喚した。猿は高く跳び上がり、イミに向かってボールを投げつけた!
「ふん! エデンの聖門!」
イミが腕を横に払うと、現れた金色の壁がボールを弾き返した。
誰もが驚いた。先ほどクトゥルフと戦ったときは逃げ回るばかりだったイミが、仲間を相手にした途端、本気を出したのだ。
「嵐の翼!」
ボールが地面に落ちるより早く、3番の女プレイヤーは猿に代えて屈強な鷹を召喚した。鷹が両翼を羽ばたかせると、ボールが再びイミへ吹き飛んだ。
イミが神術の砲撃でボールを弾こうとした瞬間、鷹の爪がイミの両手と胸を引き裂いた。
「くっ! 反則よ!」イミは神杖で必死に防いだが、地面に押さえつけられた。
クトゥルフは何もせず、二人の戦いを見つめていた。
ぽん。いつの間にかボールがイミに当たり、地面へ落ちた。
「嘘でしょ……?」イミが驚くと、鷹はすぐに消えた。
ガラスの棺が彼女のそばへ浮かんできた。クトゥルフはゆっくりと手招きする。
「待って、今のはあの女が――」
納得できないイミを、クトゥルフは片手でガラスの棺へ引きずり込んだ。
場に残ったのは……二人だけだった。
「二人でどうやって遊ぶんだ……?」大男は戸惑った。3番の女プレイヤーとは戦いたくない。
クトゥルフは再びガラスの棺から飛び降り、二人の間に立った。
「俺たちの勝ちか!?」大男が声を弾ませた。
「次のゲームに進めるのは四人。今回のゲームに勝った者は、次へ進めない」クトゥルフが言った。
「待て! 話が違うじゃないか!」大男は怒って指を突きつけた。
「私はナンバーボールで脱落した者はゲームから抜けると言った。負けるとは言っていない。ほら、脱落した者たちがクリアした者の入る箱に閉じ込められたのも、ヒントだっただろう? 油断しすぎだ」
クトゥルフはあざ笑った。
「そんな馬鹿げたルールを知ってたら、誰だってわざと負けて、さっさとクリアするに決まってるだろ!」大男が怒鳴った。
3番の女プレイヤーは口を挟めず、クトゥルフの奇妙な声にじっと耳を傾けていた。
「お前たち二人には、直接戦ってもらう……どちらかが死ぬまでな。男らしく、私と一騎打ちでもしてみるか?」クトゥルフは笑った。
「だったら俺と戦え!」大男がクトゥルフを指して怒鳴ると、クトゥルフはすぐに後ずさりし、不気味に笑った。
「いや……お前は彼女と戦え。さもなければ、棺の中の者を全員殺す!」クトゥルフは笑って言った。
「ふざけるな、逃げるな!」大男は大剣を抜いて斬りかかったが、クトゥルフは奇妙なステップで攻撃をかわした。
大男は足を踏みしめ、白い砂を巻き上げながらクトゥルフへ剣を突き出した!
キン!!! 大剣は、クトゥルフの小刀に弾かれた。
「恨むなら……自分の弱さを恨め」クトゥルフは笑い、ガラスの棺の中へ身を移した。
「ひとつ貸しを作ってやろう……」
クトゥルフは棺の中から男のプレイヤーを引っ張り出し、地面に投げた。
「戦う相手を一人選べ」
「選ぶも何も、戦うならお前だ!」大男は拒んだ。
クトゥルフは3番の女プレイヤーを蹴って気絶させ、その首を踏みつけた。
「選べ。さもなければ私が選ぶ」クトゥルフが迫った。
...
「嫌だ……俺はさっきクリアしたんだ! 俺を選ぶなよ!」男のプレイヤーは泣きながら命乞いをした。
「おい、こいつはなかなか面白い。私に譲らないか? こいつとは、まだいろいろ遊びたいんだ」
クトゥルフは男のプレイヤーを指してあざ笑った。
男のプレイヤーはすぐに口を閉ざした。
大男にはクトゥルフを倒せず、仲間を傷つけたくもなかった。全員を救えないのは、自分が弱いせいだと責めるしかなかった。
...
しばらくして――
血に染まった砂地がゆっくりと沈み、最後の部屋へ続く入口が現れた。
大男は血だまりの中に立ち、手にした血まみれの大剣を見つめていた。
クトゥルフはそのそばで立ち止まり、大男の肩に手を置いた。
「力がなければ……正義も、弱さから逃げるための言い訳にすぎない。そもそもお前には……選ぶことなどできなかったんだ」
そう言って、クトゥルフは小隊に続いて通路へ入った。
その言葉が、大男の胸に突き刺さった。自分を犠牲にして人を救おうとしたのは……本当に、弱さから逃げるためだったのか?
「くそっ……くそおおおっ!!!!!!」
大男は、自分が斬り刻んだ男の死体を見下ろし、悲痛な叫びを上げた。
...




