420 心にもない正義を振りかざして
5人は恐る恐る次の部屋へ進んだ。そこには、見渡す限り真っ白な空間が広がっていた。
赤い円が六つ描かれ、それぞれに1から6までの番号が書かれていた。
「ここでは何をやらされるんだ……」大男が辺りを見回した。
「砂……」イミはしゃがみ込み、白い地面に触れて眉をひそめた。
「ハロー!」クトゥルフが突然一行の真ん中に現れ、手を振った。
小隊はすぐに身を寄せ合い、大男が先頭に立って仲間をかばった。
「うーん……」クトゥルフは両手を背中に回し、興味深そうに首をかしげて大男を見つめた。
「聖職者はいるか? 俺にバフをかけてくれ……」
大男は盾と剣を取り出し、表情を引き締めた。
「勇気の賛歌!」イミが加速の祝福をかけた。
キュッ、キュッ、キュッ、キュッ、キュッ。
クトゥルフはアヒルの形をしたエアクッション靴を鳴らしながら、大男へ歩み寄った。
「来たぞ!」大男が叫ぶと、小隊全員が武器を構えた。
クトゥルフは色とりどりの手袋をはめた手で大男の盾の上端をつかみ、軽く引いた。
大男の左腕は引きちぎられそうになり、盾を左腕に固定していた革紐がたちまち切れた。
「Let go.」クトゥルフは英語で静かに命じた。
今のひと引きで、クトゥルフには自分の数倍の力があると悟った大男は、仕方なく盾を手放した。
「仲間を守っているのか?」クトゥルフは首をかしげ、大男を眺めた。
仮面の黒い目の穴の奥で、かすかな光が揺らめくのを大男は見た。
仲間たちは大男のたくましい背中に隠れながらも、好奇心を抑えきれず、そっと顔をのぞかせた。
「抵抗してみるくらい、いいだろ……」大男は唾を飲み込み、慎重に答えた。
「もう試しただろう。死ぬと分かっているのか?」 クトゥルフは尋ねた。
大男は怯えて一歩退いたが、背後の仲間につかえ、それ以上は下がれなかった。
「分かっていたら、何だ?」
クトゥルフは一歩近づき、仮面の二つの黒い目の穴を大男の顔に近づけた。その空っぽの穴は、大男から何かを求めているようだった。
「これから何人が、私の手にかかって死ぬと思う?」
氷のように冷たい声と楽しげな笑顔の仮面との落差に、大男は背筋が寒くなった。
「お前が本気なら……生き残る者はいないだろうな」大男が正直に答えると、クトゥルフは小さくうなずいた。
「おい、クトゥルフ! 退屈だぞ! 最近のショーはどうして無駄話ばっかりなんだ!」「早くゲームを始めろ!」観客たちがいら立った声を上げた。
【クトゥルフは別のゲームを考えているのかもしれません。慌てないでください!】実況者はクトゥルフを怒らせまいと、慌てて場を取りなした。
「そのとおり。全員、死ぬ」クトゥルフは冷ややかに告げた。
「なら無駄話はやめろ! 戦うならかかってこい!」
大男は怒鳴ったが、自分から手を出す勇気はなかった。
「お前を逃がす。行くか?」
クトゥルフは大男の胸を指さした。
「俺を……逃がす!?」大男は思いがけない言葉に驚き、思わず間の抜けた笑みを浮かべた。
「自分にはどうにもできないと分かっていて、仲間を見捨てて逃げるのか?」クトゥルフは大男の心臓を指さした。
「俺を試してるんだろ。俺が行くと言ったら『仲間を見捨てるクズめ』と言って、殺すつもりだな!?」大男は言い返した。
クトゥルフが画面を開いて押すと、そばに蓋の開いたガラスの棺が現れた。
「今、決めろ」
大男は心が揺らぎ、ためらいながら背後の仲間を振り返った。
「行って……。ここに残っても、死体が一つ増えるだけ……」イミを信用していなかった女のプレイヤーが言った。
「彼はあなたを試しているだけよ。引っかからないで!」
イミは興奮で顔を真っ赤にしていたが、その目はガラスの棺を欲深そうに見つめていた。
大男が決めかねていると――
「行かないなら、俺が行く!」
もう一人の男のプレイヤーが後ろから飛び出し、ガラスの棺へ駆け寄った。だが、クトゥルフに片手でつかまれ、引き戻された。
クトゥルフは男を地面に押さえつけ、アヒルの靴を履いた足を上げて、その頭を踏み潰そうとした。
「待って!」大男は慌てて手を伸ばし、クトゥルフを押さえた。
クトゥルフは振り上げた足を空中でぴたりと止めた。二本の足指だけで全身の重さを支え、バランスを保っている。
「答えは?」
「俺を逃がす代わりに、こいつを逃がしてくれないか?」
大男は交渉を持ちかけた。
クトゥルフは一瞬呆気にとられ、ゆっくりと足を下ろした。
「心にもない正義を振りかざして、満足したいのか? 理由を聞かせろ」
「仲間と生死を共にしたいだけだ。それ以外は何もない」大男は本心から答えた。
「……」
クトゥルフは逃げようとした男を見下ろして考え込み、ガラスの棺へ放り込んだ。男は棺ごと姿を消し、転送されていった。
「よし、始めよう!」
クトゥルフは急に気が軽くなったように、靴をキュッキュッと鳴らしながら、小刻みな足取りで赤い丸へ向かった。
6番の丸をこすって消すと、残りは5つ。クトゥルフを含め、その場にいる全員に一つずつ行き渡る数だ。
「番号を一つ選んで、その上に立て」
クトゥルフは笑い、手の中に白いゴムボールを出して投げ上げた。
1番はイミ。2番は大男。3番はイミを信用していない女のプレイヤー。4番は、さっき仲間を助けようとしていた女のプレイヤー。
「それじゃ、私は5番にしよう!」クトゥルフは笑った。
「何をするの……」イミは眉をひそめた。
「ナンバーボール」クトゥルフは笑って答えた。
【ようやくまたナンバーボールです! 土人たちはどんな奥の手を見せてくれるのでしょうか!?】実況者が声を上げた。
場内から盛大な拍手が沸き起こった。
「ルールを簡単に説明しよう。1番がボールを投げて、好きな番号を呼ぶ。そこから全員、動いていい。呼ばれた番号の者はボールを受け取り、今度は自分がボールを投げて次の番号を呼ぶ。誰かが取り損ねてボールが地面に落ちるまで、これを繰り返す。取り損ねた者はボールを拾って『ストップ!』と叫べ。全員その場で動きを止め、ボールを持つ者は三歩だけ動いて、誰かにボールを投げる。当てられた者は脱落。ボールを受け止められるか、誰にも当てられなければ、投げた者が脱落する。私が満足する人数になるまで続ける」
クトゥルフはボールを放り上げながら、気楽な調子で説明した。
一行は顔を見合わせた。こんな子供じみた遊びをやらされるとは思ってもみなかった。
「言っただろう……一曲分の時間をやると。さあ、作戦を話し合うがいい……盗み聞きはしない」
クトゥルフはそう言うと、砂の上にどさりと腰を下ろした。
場内に音楽が流れ始めた。
4人はすぐに集まり、声をひそめて話し始めた。
「まずはみんなであいつを狙うべきよ!」イミが真っ先に言った。
「賛成」大男と心優しい女のプレイヤーがすぐにうなずいた。
「でも、あいつが投げ損なうと思う? というか、あいつの球に当たったら……頭が吹き飛ぶんじゃない?」
イミを信用していない女のプレイヤーが反対した。
「火野良の仇を討ちたいんじゃなかったの!? 今さら怖くなったの!?」イミは彼女をあざけった。
「それとこれとは別でしょうが! このビッチ!」女のプレイヤーは言い返した。
「ビッチって……何の話だ?」大男は驚いて尋ねた。
女二人は、どうやら前から知り合いらしい。
「喧嘩はやめて! 今は力を合わせないと!」心優しい女のプレイヤーが叫んだ。
「ふん!」二人の女プレイヤーは顔を真っ赤にし、互いを無視した。
「まずはあいつを脱落させるしかない。でないと、俺たちには取れない場所へボールを投げられたら厄介だ」大男が言った。
「どうやって脱落させるの?」心優しい女のプレイヤーが尋ねた。
「イミさん、俺の番号を呼んでくれ。俺がありったけの力でボールを空高く放り上げる。その間にみんなは逃げろ! すぐに反対方向へ数十メートル跳んだ。」
大男は自ら名乗り出た。
「だめ! それじゃ自殺じゃない!」イミを信用していない女のプレイヤーが反対した。
「誰かが危険を冒さないとな」大男は苦笑した。
「あいつを脱落させたあとは?」心優しい女のプレイヤーが尋ねた。
全員が黙り込んだ。あいつを脱落させても、今度は自分たち同士で殺し合わされるかもしれない。
「あとはそれぞれ、運を天に任せましょう……」イミは眉をひそめ、ほかの三人がうなずいた。
四人が赤い丸に戻ると、ちょうど音楽が止まった。
「準備はいいか?」クトゥルフが尋ねると、小隊はうなずいた。
「では、1番からボールを投げろ」
クトゥルフはボールを置くと、大男のそばへ歩み寄った。
「教えてやろう……正義なんて、どこから見るかで変わる、実体のない概念にすぎない……」
クトゥルフは大男の耳元でささやき、5番の赤い丸の上に立った。
「正義は、見る角度で変わる……?」大男はつぶやいた。
「禁止されていないなら……2番! ラロの栄光!」
イミはボールを放り上げ、光の砲撃を浴びせた。
ドンッ! ボールは猛烈な勢いで、百メートルもの高さまで舞い上がった。
【はっ! 蛮族にも頭はあるようだな!】実況者があざ笑った。
「そんなやり方もありなのか……!?」大男はクトゥルフを見て驚いた。
「ボールを抱え込んで時間稼ぎさえしなければいいよ…」クトゥルフは笑顔で答えた。
三人の女たちは計画どおり、大男を残して全力で駆け出した。だが、クトゥルフも動かず、余裕のある様子でその場に立っていた。
勢いを失ったボールが、ゆっくりと落ちてくる。
「それなら俺も……」
大男は頭の中で手順を決め、両腕を広げてボールを受け止めた。
「5番! 昇龍万里!」
大男は右腕に力を込め、ボールを思いきり空へ投げ上げると、すぐに反対方向へ数十メートル跳んだ。
ボールはヒュッと天井へ飛んでいき――パン!




