419 至高のサーカス
救出小隊を罠にはめたイミ。だが、その企みをルースに見破られ、今度は自らがクトゥルフの闘技場へ送られることに。ほかの囚人たちと力を合わせ、この残酷なサーカスを生き延びることはできるのか――
Kanatheonがパーカーに襲われる三時間前──────
牢の中――
「黒いマントを羽織って!」イミが慌てて言った。
「どうして!?」周りの本サーバーのプレイヤーたちが口々に尋ねた。
「あの怪物は遠距離職から先に殺すの!」イミは苛立って答えた。
ほかのプレイヤーたちはすぐに黒いマントを羽織った。
「いい? みんなで力を合わせるのよ! あの怪物のゲームには、必ずクリアするためのギミックがあるはず」
イミは唾を飲み込んだ。自分でも確信はなかった。
「どうしてあんたを信じなきゃいけない!?」プレイヤーの一人が問い返した。
「こんなときに騙すと思う!? 火野良だって中に入って、あいつに殺されたのよ! あんた、火野良より強いの!?」
イミは怒鳴った。
「火野良はあいつに殺されたのか!?」そのプレイヤーは驚いた。
「そうに決まってるでしょ!」イミは吐き捨てた。
そのとき、部屋の中に紫色の転移ゲートが現れた。
「入れ」ドイツ人プレイヤーが言った。
...
「うおおっ!」数百人のドイツサーバーのプレイヤーが一斉に歓声を上げた。
十人の小隊は、両足を並べて置ける程度の幅しかない石橋の上に立っていた。両脇には真っ暗な空間が広がる。一列に並ぶしかなく、踏み外せば命はない。
「おっと! 全員、黒いマントを羽織っています! クトゥルフに職業を知られたくないんでしょうか? どうやらクトゥルフの戦い方の好みを知っているようですね!」
実況者が興奮した声を上げた。
「クトゥルフ! クトゥルフ! クトゥルフ! クトゥルフ! クトゥルフ!」
左側に宙に浮かぶ台が現れ、笑顔の仮面をつけたピエロが観客に手を振った。
本サーバーのプレイヤーたちは一列に並んだまま、揃ってクトゥルフを見つめた。
「こちらから攻撃を始めるのか……?」別の黒マント姿のプレイヤーが驚いて尋ねた。
「待って、むやみに動かないで。勇気の賛歌!」
イミは身構え、仲間に加速の祝福をかけた。
黒い空間に浮かぶ台の上で、クトゥルフは首をかしげて一行を見つめていた。笑顔の仮面の奥で何を考えているのか、一行にはまるで分からなかった。
クトゥルフが台の操作盤を押すと、小隊の前にピエロの起き上がりこぼしが現れた。
丸々と太った体が左右に揺れる。なんとも愛らしい。
「気をつけて……」クトゥルフがようやく口を開いた。
「気をつけて!」
イミは列の中央で片足を引き、橋の上で体を横向きにした。
それはゆらゆらと揺れ、頭を前後に振り続けた。目は大きくなったり小さくなったりして、まるで一行をあざ笑っているようだった。
ドイツサーバーのプレイヤーたちが突然笑い出した。客席の楽しげな空気と、石橋の上で命がけの一行との落差はあまりに大きい。小隊は気を取られ、クトゥルフの仕掛けを落ち着いて考えられなかった。
「ははは、こいつら、ばっかだなあ!」
実況者は腹を抱えて笑い、ほかの観客たちは床を転げ回った。
「先頭の人、何か見える!?」イミが焦って尋ねた。
「おおっと、協力し始めました! はははは!」実況者がからかった。
「何も! あの起き上がりこぼしだけだ!」
先頭のプレイヤーはじりじりと後ずさりし、二番目のプレイヤーが慌てて手を伸ばして支えた。
「両脇は!?」
イミは必死に目を凝らしたが、よく見えなかった。
「横にも何もない! あれは完全に――」
先頭のプレイヤーが叫び返したそのとき、列の最後尾から耳をつんざく悲鳴が上がった。
「うわあっ!」
最後尾のプレイヤーはふくらはぎを突然焼かれ、振り向いた。橋を横切る橙色の光線が、最後尾から先頭へ向かって迫っていた。
「何か来る!」最後尾のプレイヤーはとっさに跳び上がり、レーザーをかわした。
「何が来たんだ? ちゃんと説明しろ――うわああっ!」
後ろから二番目のプレイヤーは振り返った拍子に一歩下がり、レーザーに片足を足首から切り落とされた。両腕を振り回し、体が大きく傾く。
「助けてくれえっ!」
仲間が助けに入る間もなく、そのプレイヤーは橋から転落し、下の奈落へ消えた。
【システムメッセージ: ファーストブラッド! 土人1名死亡、残り9名!】
...
「足元に罠がある、気をつけろ!」最後尾のプレイヤーが我に返って叫んだ。
「何だって!?」小隊全員が一斉に振り返った。
「あんたは起き上がりこぼしを見張ってて!」イミは先頭のプレイヤーを指さして怒鳴った。
「うわっ!」「危ない!」
後列のプレイヤーたちはレーザーに怯えて次々と後ずさりし、前の仲間を起き上がりこぼしへと押しやった。
「下がるな! もう起き上がりこぼしに触れそうなんだ!」
「こっちに寄らないで!」イミは慌てて後ろの男のプレイヤーを押しとどめた。
「おい、押すな――!」
男が突然狂ったようにもがき、イミの鼻に焼けた肉のにおいが届いた。
レーザーは下腹の高さまで上昇し、男の体を真っ二つに切り裂いていた。二つに分かれた体は、橋の両脇の奈落へ落ちた。
イミは恐怖のあまり橋の上に身を横たえ、動けなくなった。唸りを上げる橙色の光線が頭上を通り過ぎ、ときおり散る火花が顔を焼いた。
【システムメッセージ: 土人さらに1名死亡、残り8名!】
レーザーの進みは遅く、落ち着きを取り戻した一行は難なくかわした。
レーザーがゆっくりと起き上がりこぼしの前まで進む。ちょうどその頭がレーザーにぶつかり――レーザーが跳ね返った!
「戻ってきた!」先頭のプレイヤーは震え上がった。
その声を聞き、小隊全員が後ずさった。
「おい、待て! こっちにもある!」
最後尾のプレイヤーは、二本目のレーザーが現れたのを見て叫んだ。
八人はすぐに中央へ寄り、真ん中にいたプレイヤーたちは身動きが取れなくなった。
「急いで通り抜けて! レーザーの位置が変わっちゃう!」イミが叫んだ。
両端のプレイヤーは拳を握り、一人は跳び上がり、もう一人はしゃがんでレーザーをかわした。
イミは前にいた仲間がレーザーの下をくぐるのを見て、すぐに細い橋に腹ばいになり、コアラが木にしがみつくように這って抜けた。
前後から迫るレーザーに、石橋の中央にいた三人のプレイヤーが挟まれた。
取り残された三人のうち、一人がレーザーの動きを見極め、迷わず跳び上がった!
ジュッ!
「うげっ……」ドイツサーバーのプレイヤーたちから嫌悪の声が上がった。
【システムメッセージ: 土人1名死亡、残り7名!】
「何だって!?」
小隊は愕然とした。前後から来るレーザーはどちらも上下二本に分かれ、真ん中のわずかな隙間しか通れなくなっていた!
「早く跳んで! 助走する場所がなくなる!」
イミは自分が慌てて這い出したおかげで助かったことに安堵し、取り残された仲間に叫んだ。
「で、でも……」
男と女のプレイヤーは、ゆっくりと迫るレーザーを見つめた。二人は背中合わせになり、もう逃げ場はない。
時間がない。レーザーの唸りは、もう耳元まで迫っていた。
「行くよっ!」
女のプレイヤーは歯を食いしばり、上下のレーザーの間に開いたわずかな隙間へ一気に飛び込んだ!
ジッ!
女のプレイヤーは無事に隙間を抜け、石橋の上を転がった。
「やった!」前方の仲間たちが歓声を上げた。
だが、立ち上がろうとした途端、女のプレイヤーは血を吐き、腹を押さえて膝をついた。押さえた手の下から血があふれる。
「聖職者! 彼女が負傷した!」近くの仲間が慌てて叫んだ。
「ここにいる! 誰がけがをしたの!?」
イミは呼ぶ声に驚いたが、仲間との間を隔てられ、治療に行けなかった。
「誰か、復活の泉水かポイント回復薬を持ってない!?」
負傷した女性のそばにいた仲間は、負傷したプレイヤーが出血死するまで残り10秒しかないことに気づいた。
「ある! これを使って!」後ろから金色の薬瓶が渡された。
女の仲間は薬瓶を受け取った。だが、緊張で両手が震えて力が入らず、栓を抜けない。
「くそっ……開いてよ!」
金色の薬瓶を両脚で挟み、右手で栓を力いっぱい引っ張った。
ポンッ! 栓が抜けた。
だが――腹を負傷した女のプレイヤーの両手から力が抜けた。
【システムメッセージ: 土人1名死亡、残り6名!】
金色の薬瓶を握ったまま、薬瓶を受け取った女性は手足をこわばらせた。呆然と見つめる先で、負傷した仲間は光の粒となって消えていった。
一方、取り残された男のプレイヤーは、どうしても勇気を出せずにいた。
「早く跳べ!」前後の仲間たちが怒鳴った。
レーザーの唸る音は、もうすぐそばまで迫っていた。
「無理だ……無理……もうこんなゲームやめる!!」
男は両耳を塞いで取り乱し、暗い奈落へ身を投げた……。
【ちっ、根性のない奴だ!】実況者が吐き捨てた。
【システムメッセージ: 土人1名死亡、残り5名!】
レーザーはすぐに消えた。クトゥルフは浮遊する台の上から、生き残った5人に拍手を送った。
「見事なチームワークだ。君たちは、一曲分の休憩時間を勝ち取った」
クトゥルフは笑いながら画面を押した。陽気なサーカスの音楽が流れ始める。
「頑張ろう。最初の関門を生き延びたんだから……絶対にこの闘技場から出られる!」
イミはほっと息をついた。小隊はまだ恐怖を引きずりながら、血に染まった細い橋を渡り、次の部屋へ向かった。




