412 二枚の地図
「もう大丈夫なのか、イミさん?」ルースは心配そうに尋ねた。
イミは温かい紅茶の入ったカップを握り、弱々しく頷いた。
「どうして大広間の天井裏にいたんだ……あいつらに人質にされたのか?」ルースは眉をひそめた。
「分かりません……あの人たちは突然、私の見張り塔に現れました。そして……ルース様を暗殺しに来たと言い、私があなたのために働いていると知ると、無理やり同行させたんです。あの人たちはプラムスの地下道が描かれた地図を持っていたので、下手に逆らえませんでした。最後に天井裏へ辿り着き、あなたを攻撃しようとしたので、すぐに抵抗しました。でも、返り討ちに遭って……」
イミは涙ながらに語り、怯えたように身を震わせた。
「プラムスの地図……」
ルースは振り返り、部屋の隅で震えている柑々を見つめた。
「ドイツ人プレイヤーの動きをかなり詳しく把握していました。内通者がいるのかもしれませんね、ルース様」
ルースが柑々を疑っていると見るや、イミはすかさずその疑いを煽った。
「ドクトン! さっき影の旅団の暴君のベルトから押収した地図を、もう一度見せろ!」ルースが怒鳴った。
柑々は必死に平静を装った。しかし、内心では恐怖に押し潰されそうだった。感情が荒波のように押し寄せ、今にも泣き崩れそうになる。
ルースが地図を調べるにつれ、その顔はますます険しくなっていった。
少なくとも柑々は、自分以外にこれほど地下道を把握している者はいないと思っていた。
ルースはドクトンに耳打ちし、再び地図へ目を落とした。
「衛兵!」ドクトンが大声を上げると、熊隊の兵士たちが大広間へ飛び込み、柑々を取り囲んで命令を待った。
「待ってください、ルース様! 私は何も知りません! あのとき、私はあなたと話し合っていたじゃないですか! 会議の場所だって、当日になってあなたが決めたんです。どうやってほかの人に知らせられるんですか!?」
柑々の張り詰めていた感情がついに弾け、声を上げて泣き出した。
「では、この地図は何だ?」
ルースは左手で地図を握り、東側を折り畳んだまま問い詰めた。
「わ……私は領主なんですよ! 地図の一枚くらい描いて当然じゃないですか!?」
柑々は必死に説明し、ルースの腕を揺さぶりながら縋りついた。
ルースは片手で柑々を振り払い、地図の東側を開いた……。
「これはプラムスの最新地図だ。内容を知り得るのはお前だけだ。答えろ。なぜこの地図が敵の手に渡った!」
ルースは怒りを爆発させた。
柑々は泣き崩れながら、地図に地下道の正確な位置がはっきり描かれているのを見た。何を言っても信じてもらえないと悟った。
「知らない……本当に知らない……知らないよ!!!」柑々は子供のように地団駄を踏み、両手で顔を覆って泣き叫んだ。
ドクトンは思わず一歩前へ出て、ルースと柑々の間に立った。
「ふん、あなたはいつも影の旅団へパンを届けています。地図をこっそり運ぶのも簡単でしょう!」イミが口を挟んだ。
「やってない!! やってない!!! 本当にやってない!!! 信じないなら、もう私を殺してよ!」
柑々の悲しみは怒りへ変わり、取り乱したままルースへ食ってかかった。
「ふん! パンを運ぶ馬車は護衛も少ない。検品が終わったあとで、こっそり馬車へ地図を入れることだってできます!」
ルースが柑々に怒りを向けるのを見て、イミはますます勢いづき、さらに追い詰めた。
「そうだ。パンを運ぶ馬車は護衛が少ない。誰にでも地図を忍ばせられる!」
ルースはイミの言葉をなぞるように、柑々へ怒鳴った。
「知らないよ! うわああん!」柑々は真っ向から否定し、そのままドクトンの胸へ飛び込んで泣きじゃくった。
「柑々! お前――」
激怒したルースが柑々を掴もうと手を伸ばしたが、ドクトンに遮られた。
「まだ尋問は終わっていません、ルース様」ドクトンは眉をひそめてルースを制した。
ルースは怒りながらも手を引き、イミのもとへ歩み寄った。
「イミさん、確認してくれ。お前が見たのはこの地図だな!?」ルースは雨間刻が持っていた地図を広げた。
「間違いありません。この地図です」イミは力強く頷いた。
「本当に間違いないな!? 人の命がかかっている。お前が証言すれば、私は柑々を処刑するぞ!」
顔を真っ赤にしたルースが振り返り、柑々を睨みつけた。
「間違いありません! それが暗殺部隊の地図です」イミは勝利を確信したように、迷いなくうなずいた。
「衛兵!!」ルースは声の限りに叫び、イミを指差した。
「この女を捕らえろ!!」
「えっ!? 待って――」
イミは呆然とし、ルースが捕らえる相手を間違えたのだと思った。だが次の瞬間、衛兵たちに乱暴に地面へ押さえつけられた。
柑々はドクトンの胸元へ顔を埋め、こみ上げる安堵の嗚咽を必死に噛み殺した。
「ルース様!? 捕まえる相手を間違えていませんか!?」イミは恐怖で顔色を失った。
「誰にだって物資をすり替えられる……」
ルースが重ねていた地図を床へ投げ捨てると、二枚の地図が左右へ滑った。
「一枚は雨間刻から押収したもの。もう一枚はそれを複製し、東部の地下道だけを正しい経路へ書き換えたものだ。今、お前に見せたのは後者だ」
イミの顔から血の気が引いた。
「本当にあいつらと行動し、あの地図を見ていたのなら、違いに気づくはずだった。まして、東部を書き換えた本人ならな」
ルースは二枚の地図の東部を、宝石を散りばめた十字架の先で順に指し示した。
「東部の改修経路を知っているのは、許可を出した私と、工事を任されたお前だけだ。柑々さんには知らせていない」
「違います! でも地図は……地図は影の旅団の手に渡ったんですよね!?」イミは必死に言い逃れようとした。
「こんなにも迂闊な柑々を、腹に一物ある人間が陥れる……。柑々さんが仲間のために用意したパンを運ぶ馬車に地図を忍ばせるだけなら、簡単だっただろう? イミさん、あなたはパン馬車の仕組みにずいぶん詳しいようだからな……」
ルースの顔は次第に険しさを増していった。
「違う……ルース様! きっと何かの誤解です。話を聞いて――」
イミは泣き崩れ、ルースの脚へしがみついて許しを乞うた。
「私は賢い女は嫌いではない。だが、私を欺き、私のものに手を出す女は大嫌いだ」ルースは容赦なく命じた。
イミは凍りついた――
「嫌あああ!!!!! 許してください、ルース様!!!!!! お願いします!!!! 嫌、嫌あああっ!」
イミは大広間から連れ出され、その叫び声は次第に遠ざかっていった。
ルースが柑々へ歩み寄ると、ドクトンはすぐに柑々を抱き起こした。
「柑々さん……あなたも迂闊すぎる。今後、書類や地図はすべて私の部屋で確認するように」
ルースは苦笑し、柑々の頭を軽く撫でた。
柑々は、ルースがどうやってイミの尻尾を掴んだのか、まだ理解できていなかった。ただ呆然と頷いた。
「ははは、柑々元首も怖い思いをしただろう。私たちは下がるとしよう」
ルースが大笑いすると、ドイツ人プレイヤーたちは整然と大広間を後にした。
「ル……ルース様」
「ん?」ルースは優しく振り返り、笑顔で応じた。
「みんなに会いに行ってもいいですか?」
柑々は唇を強く噛み締め、両目から涙を流した。
今は騒ぎの渦中にいる。冷静に考えれば、疑いを招く行動は避けるべきだった、柑々にも分かっていた。それでも、フレンドリストに残る唯一の名前――雨間刻に会いたくて仕方がなかった。
ルースはため息をつき、頷いて許可した。
「余計な問題が起きないよう、面会を許可するのは一人だけです。」ルースは微笑んだ。
「ありがとうございます……」そこで柑々は、ようやく理解した。
ルースが見抜いたのは、イミによる地図の改竄だけだ。元の地図を馬車へ忍ばせたのが自分だとは、まだ気づいていない。
更新が少し遅くなってしまい、申し訳ありません。
昨日は病院での検査が思いのほか長引き、帰宅後すぐに執筆を始めたのですが、いつもの時間に間に合いませんでした。m(_ _)m




