410 悪いのは……私たちのサーバーが弱すぎたことです
「声を落として!」
イミは怯えて肩をすくめた。その姿を見て、雨間刻はようやく自分たちが侵略者の本拠地にいることを思い出した。
「納得のいく答えを聞かせないなら、生かしてはおかない」
キティはすでに黒衣をまとっていた。
イミは一同を見つめ、目の縁を赤くした。
「私をここから助け出してください! もうここにはいたくないんです……」
「ここ、あんたの部屋? ふん、ドイツ人プレイヤー側でずいぶんいい暮らしをしてるじゃない。私たちのギルドメンバーがイノシシみたいに木の実を食べ、泥穴で暮らしてるのを知ってる?」
加奈は軽蔑をあらわにしてイミを嘲った。
「もう一か月以上、ギルドの仲間に会えていません! あのとき、私はルースと取引したんです……私がプラムスに残って仕事を手伝えば、ギルドの仲間たちへ物資を送って養ってくれると。でも、いざ出ていこうとしたら、あれこれ理由をつけて引き留められました。仲間たちもルースと話をつけるためにプラムスへ入ろうとしましたが、ドイツ人プレイヤーに城外で止められ、危うく殺されるところでした。私、本当に――」
イミは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら。
「おい、私たちに何の関係があるのよ? まだ、どうして地図を書き換えたのか答えてないでしょ!」
加奈は一歩も引かずに詰め寄り、自分も黒衣をまとってイミを殺そうと身構えた。
「あなたたちは、きっと周到な準備をしてプラムスへ潜入したのでしょう?! 私は前から柑々の様子がおかしいと気づいていました。ある日、影の旅団へ向かう馬車に柑々が手紙を隠しているのを見つけたんです。私は地図を盗み、道筋を書き換えて、あなたたちが私のところへ来るよう仕向けました……私も連れていってください! プラムスのことなら隅々まで知り尽くしています。城壁の外まで無事に連れ出してくれるだけでいいんです!」
イミは胸に手を当て、真剣な表情で訴えた。
「反対だ」
「私も反対」
「怪しすぎる」
寧々とマイロだけが態度を示さず、それ以外は全員同じ意見だった。
「悪いが、連れてはいけない。あとは自分でどうにかしてくれ」雨間刻はイミの頼みを断った。
「その地図はもう役に立ちません……そこに記された仕掛けも、地下道の行き先も、すべて私が書き換えました。扉を出た途端、ドイツ人プレイヤーの駐屯地のど真ん中という可能性もあります。それに、あなたの愛する柑々も……ルースに閉じ込められています」
イミは沈んだ声で言った。
「か……柑々はどこにいる?」
雨間刻は思わず叫びかけたが、どうにか感情を抑え、声を落として尋ねた。
「羨ましい……世界中があの人を中心に回っているみたい……」イミは独り言のようにつぶやいた。
「柑々はどこだ?!」雨間刻は堪えきれずに問い詰めた。
ほかの者たちは、雨間刻が暴走しないよう警戒し始めた。
「彼女は……ルース専用の玩具にされました」
「専用の玩具……」
小隊はたちまち言葉を失い、心が鉛のように沈んだ。
だが、一同が何より心配したのは雨間刻だった。彼は顔を曇らせたまま、何も言わなくなった。
「私を連れていってくれるなら、彼女を助け出すところまで案内できます」イミは強い口調で言った。
「おい! 柑々を救うのは今回の目的じゃない。余計なことをするんじゃないわよ」加奈は雨間刻に警告した。
「それでいいんですか?! 彼女は毎日……ルースの前でひざまずいて……」
イミは顔を赤らめ、それ以上言えなくなった。
「ずいぶん詳しいのね。あんたも長いことドイツ人プレイヤーの手伝いをしてきたんじゃない?」キティが皮肉っぽく言い返した。
イミは悲しげにうつむいた。
「ごちゃごちゃうるさい。私が楽にしてあげる」加奈は怒りに任せ、手に火球を生み出した。
イミは手のひらを差し出した。武器を取るためではなく、画面を開くためだった。
「私が指先で一度押すだけで、この塔に警報が鳴り響きます。そうなれば、数百人のドイツ人プレイヤーが押し寄せてきます」
イミは眉をひそめた。
「このクソ女! 私たちを脅す気?!」加奈は激昂した。
「私はただプラムスを出たいだけです。取引しましょう! 私があなたたちの目的を果たすところまで案内し、そのあと私を連れていってください! 決めて、雨間刻!」
イミは取引を持ちかけたまま、画面の上に指を浮かせたまま動かなかった!
「話を聞いちゃだめ!」松美と加奈が同時に叫んだ。
「職業は何だ?」雨間刻がようやく口を開いた。
「枢機卿です」とイミが答えた。
「来い。もう時間がない」雨間刻はイミを同行させることに決めた。
「おい、童貞野郎! 柑々まで助けるつもりじゃないでしょうね?! 私たちの目的は火野良よ!」
加奈は一歩下がり、雨間刻をにらみつけた。
「柑々は数百メートル先にいるだけです。大した手間もなく助けられます!」イミが言い返した。
「やっぱり、この人は怪しすぎる」寧々も黙っていられず、反対を口にした。
誰もが複雑な表情を浮かべ、しばし沈黙した、辺りは静まり返った。
「地図が信用できない以上、闇雲に動き回るより、案内役をつけるべきだ。柑々は前に……俺のことは必要ないと言った。俺はあいつを信じる。自分の身は自分で守れる。選べるなら、迷わず力ずくで連れ戻す。だが加奈の言うとおり、今回の目的は火野良だ。それを忘れたわけじゃない。イミ、俺たちを地下監獄まで無事に案内し、火野良を救出させろ。そのあと、俺たちがお前を守ってプラムスから連れ出す」
雨間刻がイミの提案した柑々救出を拒んだことに、一同はひそかに驚いた。
「分かりました。もうこんな忌々しい場所にはいたくありません!」イミは円形の広間を憎々しげににらんだ。
「お前たちはそれでいいか?!」雨間刻が厳しい表情で尋ねた。
「火野良の救出に専念するなら……反対はしない」
加奈は不満そうに眉をひそめながらも、しぶしぶ同意した。
「少しでも怪しい真似をしたら、すぐに喉を掻き切る。分かった?」キティがイミを脅した。
「怖くありません。ルースの玩具にされるよりましです!」イミは力強くうなずいた。
「なら、案内しろ」雨間刻は脇へ退いた。
イミは大扉へ近づき、そっと外の様子をうかがった。
「まず一階へ戻り、北へ向かいます。そこには監獄の五階まで直通する地下道があります」
イミは一同へ注意した。
「行こう……」全員が一斉に武器を抜いた。
「はい……ついてきてください」
小隊は大扉を開き、階段を駆け下りた。
...
一階では数人のドイツ人プレイヤーが話していた。彼らはイミの監視役を務める三次職部隊だった。
「もうすぐ撤収だな。このサーバーで何かお宝は手に入ったか?」
「いや。毎日この臭い鼠穴にこもりっぱなしだ。採掘隊に加わる暇さえなかった」
「お前は?」
「俺は……狼隊に入りたい」
「狼隊は百賢の旅の傘下にある予備部隊だぞ。サーバーを攻めるたび、最もひどい死傷者を出すのは百賢の旅だ。それでもいいのか?」
「仲間と生死を共にするのって、幸せなことだと思うんだ」
「はっ、俺に言わせれば熊隊が一番だ。守るだけで攻めなくていい。それで給料は同じくらい高いんだからな」
そのとき、イミが透けるほど薄い服をまとって螺旋階段を降り、ドイツ人プレイヤーたちの中央へ立った。
「本棚を二つ買ったばかりなのですが、運ぶのを手伝ってもらえませんか?」
イミは丁寧に頼みながら、胸元を強調するように腕を寄せ、わずかな谷間を作った。
「よし、俺が行く」
「行きましょう、イミさん」
「俺も手伝うぞ!」
屈強なドイツ人プレイヤー三人が紳士ぶりを競うように立ち上がり、イミについていった。
「ご厚意はありがたいのですが、二人だけで結構です。皆さんのお手を煩わせるわけにはいきませんから」
イミは愛想笑いを浮かべた。
「二人だってよ! お前は座ってろ!」三人目のドイツ人プレイヤーは、たちまち椅子へ押し戻された。
二人はゆっくり螺旋階段を上り、ほどなくして戻ってきた。
「ありがとうございました!」イミは頭を下げて礼を言った。
本棚を運んだ二人のドイツ人プレイヤーは、にやけた笑みを浮かべながら席へ戻った。
「嘘だろ!?」
「早すぎるって!」
ドイツ人プレイヤーたちが囃し立てても、二人は意味深に笑うだけだった。戻ってきた二人は、十分もすると、すっかり仲間たちの輪に溶け込んでいた。
「ダイデ皇妃もこのゲームをやってるらしいぞ」
「嘘だろ!?」
「本当だ。新世界で公演をやってたんだ。皇妃が――おい!!!」
一人のドイツ人プレイヤーが突然、声の限りに咆哮した。仲間の一人が喉を切り裂かれ、血を流していたのだ。
ドイツ人プレイヤーたちは一斉に武器を抜き、大広間はたちまち静まり返った……。
楽しい空気は跡形もなく消え失せた。互いの顔を見つめながら、全員の胸に同じ疑問が浮かぶ――敵はどこだ!?
「うわあっ!!」大広間の中央にいたドイツ人プレイヤーが、突然背後から脇腹を刺された。
驚いたドイツ人プレイヤーが剣を振ると、その刃は仲間の顔を直撃した。
「うわっ!!!」仲間の頬に鋭い痛みが走り、細い血の筋が浮かんだ。
「どうして俺を傷つけられるんだ!?」仲間は愕然とした。
「待て、俺は黒衣なんか着てないぞ!」脇腹を刺されたドイツ人プレイヤーは、必死に無実を訴えた。
そのとき、別のドイツ人プレイヤーが突然黒衣をまとい、剣を振り上げて負傷者を刺し倒した。
「待て! そいつは無実かもしれないぞ!」ほかのドイツ人プレイヤーたちが、慌てて二人を引き離した。
大広間は一気に混乱へ陥った。敵がどこにいるのか誰にも分からず、互いを疑い始めた。
ドイツ人プレイヤーに化けていた松美とキティも、混乱に紛れて仲間のもとへ戻った。
「正気か!? 仲間割れはやめ――」
「うわあっ!!!」
「お前だろ!?」
「さっきお前に触られた瞬間、HPが減ったんだ!」
二人を引き離そうとしたドイツ人プレイヤーたちまで口論を始め、互いを押し合った末、黒衣もまとわずに武器を振るい始めた。
「やめろ! やめろって!!!!!」一人のドイツ人プレイヤーが焦りながら、螺旋階段の入口まで後ずさった。
そのとき首筋にちくりとした感触が走り、毒針が刺さっていることに気づいた。たちまち視界がぐるりと回り、その場に倒れて意識を失った。
混乱のさなか、ドイツ人プレイヤーたちは次々と体にかすかな痛み、やがて毒が回って倒れていった。床は死体置き場さながらの有様となった。
「思ったよりうまくいったね」マイロは笑い、半分ほど残った桃色の毒薬をリュックへ戻した。
イミが大扉を開けると、その先の大通りは人でごった返していた。だが、見張り塔の中で起きた騒ぎに気づいた者はいない。
「姿を消す準備を!」イミが告げた。
一行はイミについて人混みを縫うように進み、無事に大通りを渡った。監獄屋上の監視塔は、百メートルほど先に見えていた。
裏路地へ入ると、ドイツ人プレイヤーの巡回兵三人と鉢合わせた。松美とキティが連携し、三人を制圧した。
さらに二つ角を曲がると、また一隊。もう一つ曲がれば、そこにも別の一隊がいた。
「本当に道を間違えていないのか? 監獄から離れ始めているぞ」
雨間刻が疑いの目を向けた。
「間違っていません。監獄の周辺には隠密看破装置があります。地下道から入るしかないんです」
イミは険しい表情で先導を続けた。
一行は裏路地から窓のない建物へ入り、イミはすぐに蝋燭に火を灯すと、部屋の隅にある木板を持ち上げた。
「中へ。ここを進めば監獄です」とイミが言った。
「お前が先に行け」加奈は眉をひそめた。
「はあ、まだ信じてくれないんですか? さっき見張り塔のドイツ人プレイヤーを気絶させたんですよ。捕まれば、私だって確実に処刑されます。もう同じ船に乗った仲間じゃないですか!」イミは心外そうに訴えた。
「知るか。行け」加奈が白い杖を突きつけると、イミは不満そうにしながらも、おとなしく先導した。
雨間刻が穴へ飛び降りようとしたとき、寧々が腕を掴んだ。
「ドイツ人プレイヤーの巡回隊には、それぞれ担当区域があります。目的もなく歩き回ることはありません」
寧々は雨間刻に小声で告げた。
「ああ、それがどうした?」雨間刻は真剣に受け止めたものの、何がおかしいのかまでは分からなかった。
「つまり、あいつは最初から俺たちを消耗させるつもりだった可能性があるのか」
雨間刻は地下道を見下ろし、険しい表情でうなずいた。
「下へ降りたら全員に伝える。寧々、お前はイミから目を離すな」
一行は曲がりくねった地下道を十分近く歩いたが、まだ出口は見えなかった。すでに全員が方向感覚を失っている。
「おい、あとどれだけ歩くんだ!?」加奈が尋ねた。
「静かに! 止まって!」イミは慌てて一行を制止した。
ちょうど頭上のマンホールを、ドイツ人プレイヤーの歩兵部隊が通り過ぎた。振動で細かな土がぱらぱらと降ってくる。
イミは一行を狭い小部屋へ案内し、そこで休ませた。
「十五分待ってください。ドイツ人プレイヤーが交代しているところです」
イミは息を切らしながら言った。
イミは時刻表示を食い入るように見つめていた。まるで何かを待っているかのようだった。
「どうしてプラムスには、これほど地下道が多いんだ?」雨間刻は眉をひそめた。
「プラムスには元々、多くの地下道がありました。反乱軍の一部がそれらを繋ぎ、ドイツ人プレイヤーを相手にゲリラ戦を始めたんです。けれど、やがて全員が戦死するか去ってしまい、地下道も放棄されました。入口がどれも巧妙に隠されていたのが幸いでした」
イミが答えた。
「どうして地下道の経路を知っているの?」キティが鋭く問い詰めた。
「地下道の秘密を教えてくれた人がいるんです。だから地図を書き換え、皆さんをここへ誘導して、私を助けてもらおうとしました……。ごめんなさい。でも、ほかに方法がなかったんです」
イミは罪悪感を滲ませた。
「謝る必要はないわ。これはただの取引よ」加奈は皮肉っぽく笑った。
「もう大丈夫です。出発しましょう」イミは再び一行を連れ、螺旋階段を上り始めた。
この螺旋階段は、それまでの地下道にあった階段よりも幅があり、踏み板にも、足をしっかり置けるだけの幅があった。
しばらく上っていると、再び大勢のドイツ人プレイヤーが話す声が聞こえてきた。一行は自分たちが監獄内へ入ったのだと悟った。
イミが木戸を開け、一行を真っ暗な小さな天井裏へ案内した。
「ここが……そうです」
イミは緊張した面持ちで、小さな木板をそっと持ち上げた。
雨間刻が床に腹ばいになって覗き込むと、眼下の床にはモザイク模様が敷き詰められ、豪華で気品に満ちていた。部屋の中央には、散らかった書斎机まで置かれている。
「ドイツ人プレイヤーは、監獄までこんな豪華に改装したのか?」雨間刻は眉をひそめた。
「権力を握れば……人は贅沢と欲望に溺れるものです」イミはため息をついた。
「誰か来た!」雨間刻は身を伏せたまま下を覗き、人影が動くのを捉えた。
「誰!?」加奈が慌てて尋ねた。
「男が二人、女が一人……机のそばで話している」雨間刻はぶっきらぼうに答えた。
「外見と職業。少しは役に立つ情報を言ってよ」マイロは不機嫌そうに言った。
雨間刻が望遠鏡を取り出して覗き込むと、その顔が瞬く間に険しくなった――
雨間刻は無言で立ち上がり、片手でイミの胸倉を掴んだ。
「俺を嘲笑うつもりか……」
「どうしたの!?」全員が驚いて尋ねた。
「柑々が……どうして監獄にいる……。いや、ここは監獄ですらないだろう!?」
雨間刻は低い声で吐き捨て、イミを突き放した。
キティがすぐに床板の隙間へ腹ばいになった。
「ここは銀龍の刻印の旧ギルドホールよ!」キティは床の装飾を一目で見抜いた。
「柑々は俺を必要ないと言った。だから、もう俺は必要ないんだ! その事実を受け入れるまで、俺がどれだけ時間をかけたと思っている!? どうして俺たちをここへ連れてきた!」
雨間刻は激怒しながらも、必死に声を押し殺した。
「誰だって……自分が一番大事ですから……」イミは寂しげに呟いた。
加奈はイミを生け捕りにしようと、即座に氷牢を放った。
しかし、イミはすでに備えていた。金色の盾を召喚して魔法を防ぐと同時に黒衣をまとい、短刀を握った。
「悪いのは……私たちのサーバーが弱すぎたことです」
イミは淡々と笑った――
「うああっ!!!」イミは短刀を自分の腹へ突き刺し、声の限りに叫んだ。
松美とキティがすぐさま駆け寄り、イミの口を塞いだ。だが――遅すぎた。
「ラロに栄光あれ!」
ドンッ!!




