406 これも運命なのか
深夜、教皇都市の花畑――
にゃあ……
三匹の子猫がふわふわの尻尾を立て、背中を丸めながらフールの脚に体をすり寄せた。
フールは嬉しそうに微笑み、子猫のお腹を優しくくすぐると、骨を抜いた魚の身を載せた皿を置いた。
子猫たちはすぐににゃあにゃあと鳴き、皿を囲んで夢中で食べ始めた。
ピンク色の小さな口で魚を頬張り、前足についた肉の欠片まで舌できれいに舐め取る。
ご機嫌な小さな毛玉たちはフールの周りを跳ね回り、すっかり彼を受け入れていた。
フールが背中をそっと撫でても、子猫たちは警戒することなく食事を続けた。
フールは救われたような笑みを浮かべた。だが、ふいに目つきを変え、一匹を抱き上げて口元へ運ぶと、口を開いた……。
にゃあ……。子猫は丸い額をフールの頬にこつんとぶつけ、甘えてきた。
「フール先生?」
フールが見下ろすと、寧々がちょうど彼のそばへ歩み寄ってきたた。
二人は黙って見つめ合った……。
「あはははは! 猫にキスしないでよ! ゲームの中にも病気の設定があるかもしれないんだから」
寧々は腹を抱えて笑った。
フールは猫を顔の前まで持ち上げ、匂いを思い切り嗅ぎながら、頬をその体に擦りつけていただけだった。
フールは急に照れくさそうな顔をし、子猫を下ろすと、顔についた毛を払った。
「今日はいつもより早いね」
「うん……早く会いたくて」寧々は嬉しそうに。
「ふふ、それなら猫にはキスせず……君にキスするよ!」
フールはいたずらっぽく笑い、突然寧々を押し倒した。
二人は花畑の中で睦み合い始めた。
フールの白い肌は星明かりを浴び、淡い光を帯びていた。周囲の暗く静まり返った野原と、ほのかな花の香りが重なり、まるで一幅の絵のように美しかった。
寧々は思わず見惚れ、フールの頬にそっと口づけした。
「どうしたの?」フールは笑って尋ねた。
「私のこと、好き? それとも猫のほうが好きで……ついでに現地の女の子を捕まえて遊んでるだけ?」
寧々はフールの目を見つめ、真剣に尋ねた。
「もちろん君が好きだよ。ほかの誰かと話しているところを見たことがある?」フールは苦笑した。
「でも……どうして?」
「猫に餌をやりに来て君と出会った。これも運命なのかな? もともと誰かと親しくなるつもりはなかった。いくつものサーバーを巡ったけど、これほど猫の多い場所は初めてだったんだ。たまたま無邪気に猫へ餌をやっている君を見て、すっかり心を奪われた。ははは!」フールは声を上げて笑った。
「あなたが猫と触れ合ってるとき……目がすごく寂しそうだよ」
「そうかな……」フールの表情が曇り、笑みが消えた。
「どうしてほかのプレイヤーとパーティーを組まないの? 本当は猫が好きなんじゃなくて、誰かにそばにいてほしいんでしょう?」
「質問が多いね」
フールは苦笑しながら寧々の頬を強くつねった。すると、うっかり攻撃判定が入り、すぐに血が滲んだ。
寧々が痛みに声を上げると、フールは高級治療薬を取り出し、寧々の頬へ塗った。
「ごめん……」
「もしかして……一緒にいてくれるなら、誰でもいいの?」
寧々は目に涙を浮かべ、悔しそうに尋ねた。
フールは深くため息をつき、黙って空を仰いだ。
「ほかの人と親しくなるのが怖いんだ。大切な人がゲームオーバーになるたび、胸が痛む。特に……その死を自分の目で見たときはね。その人たちの死の上に、自分だけが生き残ったのだと思い知らされる。あの無力感に襲われると、まるで溺れて、ゆっくり窒息していくような気分になる。本当に怖い……。死の間際に見せた絶望の目が、今でも夜中に夢から目覚めるたび浮かんできて、心が休まらないんだ……」
「ゲームをやめればいいじゃない。どうして自分を苦しめるの?」
「ゲームは楽しいんだ。それに、ほかにも惹かれるものがあるし、自分が何者なのか、もっと深く知ることができる。やめるつもりはない。仲間たちの死を背負って、戦い続ける。仲間たちのため、自分に誓ったんだ。戦う以上、必ず勝つ。相手がどれほど親しい者でも、どれほど強く、恐ろしくても、どちらかが死ぬまで戦い抜き、決して手加減はしない。そうでなければ、これまでの日々がすべて無駄になり、仲間たちの犠牲まで無駄になる!」
フールの声は次第に熱を帯びていった。
「どうして……いつも仲間たちの死を背負っているなんて言うの? みんなはもう戦死したし、あなたも力の限り戦った。どうしてそこまで自分を追い詰めるの?」
寧々は不満そうに身を起こして尋ねた。
「これは罪なんだと話しただろう……勝利だけが、唯一の救いなんだ」
フールは突然、虚ろな目で輝く星空を見つめた。
「どうして罪なの? みんなだって、あなたに生きてほしかったはずだよ!」寧々は声を張り上げた。
花畑は静まり返り、虫たちの鳴き声だけが歌のように響いていた。
フールは身を起こし、寧々の目をまっすぐ見つめた。その碧い瞳が、ゆっくりと異質なものへ変わっていく。実際に色が変わったわけではない。ただ、その奥に深淵をのぞき込んだような不吉さが宿った。
「違う。みんなは僕を心の底から憎んでいた……」
やがて、その碧い瞳が赤みを帯び始めた。
「前にも話したよね。僕のギルドが包囲され、初心者が連携できなかったせいで、大勢の上級者が死んだって」
寧々はすぐにうなずいた。
「僕のそばには、腹を割って話せる四人の親友――命を預け合った戦友だけが残っていた……」
「みんな、もう勝ち目がないと分かっていた。敵を一撃で倒せるほどの力と、誰にも捕まらないほどの速さを与える神器でも現れない限りはね。僕たちは同意し、生き残っていた二百人のギルドメンバーに、ギルドホールを死守するよう命じた」
「全員がホールへ退いたあと、僕はすべての扉と窓に鍵をかけ……黒衣をまとった……」
「一人ずつ……少しずつ……指から肩へ、肩から首へ、首から頭へ、頭から胸へ……そして、ゆっくりと脚まで」
「僕はギルドメンバーを一人残らず喰い尽くした……」
「敵がホールの正門を破った瞬間、扉の隙間から大量の血が一気に溢れ出し、奴らは凍りついた」
「血まみれのホールの壁には肉片がこびりつき、ちぎれた手足が血の海を漂っていた」
「そして、一体の悪魔が血の海から立ち上がり……そのギルド戦争を終わらせた」
「今でも、僕に殺されるときのみんなの顔を覚えている。あの目は驚きと怒りに満ちていた」
「これが僕の罪だ。勝利だけが、僕を救ってくれる」
フールは重い声で自らの過去を語り終えた。
寧々は凍りついたように動けなかった……。
フールは寧々を見つめ、その怯えきった様子から、もう二度とこの少女に会うことはないだろうと悟った。
「人……」寧々が突然、震える声を漏らした。
フールはため息をつき、黙って耳を傾けた。
「人間の肉って、どんな味なの?」寧々は眉をひそめて尋ねた。
「…………」
「え?」
「人間の肉って……酸っぱいの?」寧々は気味悪そうに顔をしかめた。
「お嬢さん、僕は人喰いなんだぞ。何百人も喰った悪魔なんだ! 怖くないのか!?」
フールは突然、声を荒らげた。
「怖くないよ」寧々は笑った。
「怖くない?」フールは大げさに笑いながら聞き返し、この少女は本当に馬鹿だと思った。
「怖いよ。あなたがしたことを、正しかったなんて言えない」
寧々は震える手を伸ばし、それでもフールの頬へ触れた。
「でも、今もその罪に苦しんでいるあなたまで、あの夜の悪魔と同じだとは思わない。これを私に話してくれたあなたから、私は逃げない」
寧々は涙に濡れたまま微笑んだ。
「私……あなたが好き」
フールは言葉を失った。自分のサーバーで彼を見かけた者は、悲鳴を上げて逃げ出すか、そもそも彼が何者かすら知らない者ばかりだった。いつしかフールは、一人で遊ぶことに慣れていた。だが運命のいたずらか、遠く離れた別サーバーで。
もう半年近くになる。半年だ!
フールがほかのプレイヤーに胸の内を明かしたのは、半年ぶりだった。現実世界でも、ゲームのことは誰にも一言も話さなかった。
半年。もう半年も。
フールは一人きりでムー大陸の雄大な自然を巡ったが、その喜びを分かち合える相手はいなかった。
やがてフールは果てしない力に酔い、殺戮によって心の空虚と孤独を埋めるようになった。
かつての優しさも果てしない血の海の底へ深く沈み、二度と日の目を見ないはずだった――だが、この少女が釣り上げた。
「ははははは! 君は本当に、一見お馬鹿なのに誰より賢いな!」
フールは寧々を強く抱きしめ、忘れかけていた喜びを取り戻した。
二人は花畑で寄り添い、互いの体温を感じた。
「次は君の番だ。どうして今日はそんなに積極的なんだ? 早く僕に会いたかったから?」フールは優しく微笑んだ。
寧々の表情が曇り、真剣な顔になった。
「プラムスへ行くの……」寧々は重い声で言った。
「プラムス? 君のギルドはルースに追われているんじゃなかったのか?」フールは不思議そうに尋ねた。
「うん。でも、本サーバーで抵抗の象徴となっている火野良が数日前、ドイツ人プレイヤー側の切り札に敗れたの。今はプラムスの地下牢三階に閉じ込められてる。あなたが普段からドイツ軍の情報をたくさん教えてくれたから、私も救出部隊に加わって、火野良を救い出すことにした」寧々は固い決意を込めて言った。
フールは驚きのあまり返事もできず、無表情のまま寧々を見つめた。
「私たちは敵対関係だから、フレンド申請もできない。もし……プラムスで死んだら、今夜が……あなたに会える最後の夜になる」
寧々は突然嗚咽し、涙をぼろぼろこぼした。
「君は戦闘に特化したプレイヤーじゃないだろう? 情報収集担当だと言ってたじゃないか。ほかのメンバーに任せればいいだろう?!」
フールは取り乱し、寧々の両腕をつかんで揺さぶった。
「ギルドメンバーはもうほとんど残ってない……。今まで大して役に立てなかったからこそ、今度こそギルドのために何かしなきゃ!」寧々は涙ながらに叫んだ。
「プラムスにはルースの部隊が常駐してると知ってるだろう。火野良を救い出せたとして、どうやってプラムスから脱出するんだ?!」フールは焦りきって叫んだ。
「まだ方法を考えてる。でも、私は絶対に行かなきゃならない!」寧々はきっぱりと言った。
「死にに行くな! 僕は……君に死んでほしくない。まだ君に会いたいんだ!」
フールの声は突然、優しくなった。
「火野良は本サーバーにとって、とても大切な希望の象徴なの。絶対に救い出さなきゃならない」寧々は迷いなく言い切った。
フールには、ほかに手がなかった。深くため息をつく。
「よく聞いて。ルース直属の親衛隊『熊』には五人の大佐がいる。それぞれ自分の小隊を率いて、プラムスを巡回しているんだ……君は絶対に――」
フールは寧々が巡回部隊を避けられるよう、熊隊の行動パターンを細かく説明し始めた。
一時間が過ぎた。フールはルースの寝室の場所から、親衛隊長たちの癖まで、何もかも寧々に教えてやりたいほどだった。それでも、もう自分にできることはないと分かっていた。
「気をつけて……」フールは真剣な声で言った。
「うん!」寧々は気丈にうなずいた。
二人は星空の下の花畑で、もう一度口づけを交わした。
別れの口づけだった。
二人は名残惜しさを募らせ、ますます強く唇を重ねた。
だが最後には、それでも離れた。
「さよなら……フール先生」
寧々はゆっくりと花畑を離れ、振り返ってフールに手を振った。
フールは胸が締めつけられた。
「本当は……僕の名前は――」
「なに?」寧々は足を止めて尋ねた。
「気をつけて、寧々さん。必ず生き延びて、また一緒に猫に餌をやろう!」
フールは結局、先ほどの言葉を最後まで口にしなかった。
「そうだ! メールアドレス……早く交換しよう」寧々は慌てて駆け戻ってきた。
二人はためらうことなく、互いの腕に自分のメールアドレスを書いた。最後にもう一度だけ口づけを交わし、ようやく離れた。
「さよなら、フール先生」
寧々は優しく微笑みながら手を振り、ふいに照れくさそうな顔になった。
フールも呆けたように手を振り返した。
「愛してる!」
その一言を残すと、寧々は一目散に駆け出し、夜闇の中へ消えていった。
フールはしばらくしてようやく腕を下ろし、寧々が書いたメールアドレスが擦れて消えないよう、服の袖でそっと覆った。
「火野良……これも運命なのか? はあ」
フールがため息をつくと、不意に頬へ冷たいものが伝った。
フールは自分の頬に触れ、思いがけず――自分が泣いていることに気づいた。




