405 私の道
「やっぱり……諦めてなかったんだね!」
ノクシアは息が切れるのも構わず、丘を駆け上がった。
ノクシアがアカウントを買い直して戻ってから、アンドリアの消息は一度も耳にしていなかった。柑々と密かに会ったときも、アンドリアのことを聞く暇はなく、すぐに別れてしまった。
「どうして連絡してこなかったの?」アンドリアは不満げに尋ねた。
「あなたが衝動的に動いて、隠れ家の場所がばれるのが怖かったんだよ」ノクシアはばつが悪そうに笑った。
ノクシアは再会できた喜びを胸に、アンドリアの隣へ歩み寄った。しかし、アンドリアは冷ややかに夜空を仰いでいた。
「隠れ家……」
「どうしてここに座ってるの?」
ノクシアは内心驚いた。幹部たちが、この丘の秘密をアンドリアに教えるはずがない。
「前に一度、みんなと意見が食い違って、あなたたちが次々とログアウトしたことがあったでしょう。グズへ飛んでいたとき、上の空で辺りを眺めていたら、偶然ここで話しているみんなを見つけたの」
アンドリアはかすかに笑った。
「私たちが陰であなたのことを話していたの、ずっと知ってたの?」ノクシアは気まずそうに尋ねた。
アンドリアは黙って微笑み、再び夜空を仰いだ。
満天の星を背にした銀龍の刻印の小旗は、かえって色褪せて見え、ほとんど目立たなかった。
「みんなは?」ノクシアは周囲を見回したが、銀龍の刻印のメンバーは一人もいなかった。
唸る夜風だけが、その重い問いへの答えとなった。
二人は向かい合ったまま、何も言えなかった。その沈黙が、どんな言葉よりも多くを物語っていた。
「ごめん……」ノクシアは沈んだ声で言った。
「どうして?」アンドリアはノクスを見つめて尋ねた。
「あなたのそばにいられなかったから」ノクシアは悲しげに息を吐いた。
アンドリアは目を瞬かせ、女性キャラクターの姿になったノクシアを、どこか見知らぬ相手のように感じた。
輪郭が細くなり、肌がきれいになり、髪が長くなったから? 以前より感情を露わにし、声まで高くなって、かつての冷静さが薄れたように見えるから? それとも――変わったのは自分のほうなのか?
「あなたたちは……私の何が不満だったの?」アンドリアが突然尋ねた。
ノクシアは長いあいだアンドリアに付き従ってきたが、彼女がここまで打ちひしがれ、憂いに沈んでいる姿を見たことがなかった。
ノクシアは深くため息をつき、アンドリアの隣に腰を下ろした。二人は並んで星明かりを浴びた。
「欲張りすぎなんだよ……」
アンドリアが静かに耳を傾けると、ノクシアは続けた。
「『地平線の果てまで、すべて私のもの』って、あなたのキャラクター紹介文だったよね?」ノクシアはアンドリアを見つめて尋ねた。
アンドリアは恥ずかしさのあまり、すぐにうつむいた。穴があったら入りたい気分だった。
「地平線の向こうにあるものだけじゃない……勝利も、名誉も、友情も、道徳も、あなたは全部欲しがる。欲張りすぎなんだよ、アンドリア。仮想世界でさえ、あなたの野心を満たせない」
「それは……ギルマスに求められる資質と責任じゃないの?」
アンドリアは蚊の鳴くような声で言い、両腕で自分の体を抱き、小さく身を縮めた。
「アンドリアはとっくに、立派なギルマスだったよ」
「だからこそ、もっと多くを求めて、もっと頑張ったのに……」アンドリアは途方に暮れたように言った。
「グズを手に入れたあと、あなたはKanatheonとヴィニフ宮殿を争うことを諦めた。でも、勝利と道徳をどう両立するの? 名誉と友情をどう両立するの? 」
ノクシアは二つを比べるように、左右の拳を持ち上げた。
「分からない。そんなのギルマスとして当然の務めでしょう……どうしてみんな私ばかり責めるの!? 私の苦しさは誰にも分かってもらえないの!?」
アンドリアは不満をぶつけるように言い返し、次第に声を荒らげた。
「違う! アンドリアは一人で、正反対の二人のギルマスになろうとしてたんだ。勝利を最優先するなら、犠牲を受け入れなきゃならない。誰も犠牲にしたくないなら、領土や勝利を手放さなきゃならない。それなのに、あなたは勝利も、名誉も、友情も、正しさも、全部守ろうとした」ノクシアは天秤の両皿を押さえ込むように、二つの拳を強く握った。
「勝つためには仲間に手を汚させる。それなのに、公正であろうとして、その仲間を規則どおり裁く。どちらも失いたくないから、最後にはすべての代償を自分で背負った。欲張りすぎなんだよ、アンドリア」
「私が……欲張り?」
アンドリアは呆然とした。その言葉は海の底から浮かび上がってきたかのように唐突で、まるで彼女の辞書には存在しない言葉だった。
「あなたは勝利と慈悲を天秤の両端に載せて、どちらも手放さないまま、その真ん中に立とうとしてる。そんなことを続ければ、いつか必ず壊れちゃうよ」ノクシアは微笑み、アンドリアの肩にそっと手を置いた。
その言葉を聞いた瞬間、アンドリアの中で張りつめていたものが切れた。彼女はわっとノクスに抱きつき、声を上げて泣いた。
「私……もう耐えられない……」
アンドリアはノクスの襟を強くつかみ、涙に濡れた顔を懐かしい胸元へ埋めた。
ノクシアは深く息を吸い、アンドリアの背中を優しく撫でた。
「全部を守ろうとして、自分まで壊さないで。どうにもならないことだってあるんだから、無理しないで」
「ごめん……私……」
「私に謝らなくていい。まずは自分を許してあげて。全部を守ろうとして、自分まで壊さないで。これからどの道を選ぶのか、答えを出すのはあなた自身だよ」ノクシアは優しく微笑んだ。
アンドリアは首を振って涙を拭うと、銀龍の刻印の旗を裏返した――反対側には、双頭の鷲が描かれていた。
ノクシアは呆然とし、立ち上がってアンドリアからゆっくりと距離を取った。
「その旗……まさか、あなた……」
「最低でしょう? ギルドを守るためにドイツプレイヤーへ降伏して、今度は初心者を守るためにギルドを捨てた。それでもドイツプレイヤーは許してくれず、由里をひどく痛めつけた。キティは私の身代わりになり、火野良は彼女を救おうとして闘技場へ放り込まれた。何もかも、私のせい――」
アンドリアは泣きながら笑い、自分こそ誰より醜い人間だと思った。
「アンドリア!」
ノクシアはアンドリアの襟をつかみ、無理やり立ち上がらせた。
「もういい!!! これ以上、自分を責めないで! 降伏したいなら降伏すればいい。反抗したいなら反抗すればいい! すべてを丸く収める道なんて選べないし、そもそも存在しない!今ならまだ遅くない。自分が進む道を選んで! アンドリア、見て! この旗をどう掲げるかは、全部あなた次第だよ。選んだ道を貫いて!初めてプラムスを陥落させたときみたいに、何も迷わず、一心に突き進んで! あなたが自分の道を選んだなら、そのときは仲間として突破口を切り開く。盾が必要なら、私たちが受け止める。私たちは仲間なんだよ!!」
夜風が再び吹き抜けた。銀龍と双頭の鷲――二つの紋章を載せた旗がはためき、どちらの面を表にするか迷っているように見えた。
辺りから人狼の遠吠えが聞こえ始めた。ノクシアは人狼が集まり始める前に、村へ戻らなければならない。
「もう行くね、アンドリア」
「待って! ギルドに入らないの?」
アンドリアは焦って画面を開き、すぐにギルドへの招待を送った。
【システムメッセージ: ギルド「銀龍の刻印」に加入しますか?(Y/N)】
ノクシアはしばらく考え込んだ……。
【システムメッセージ: プレイヤー「ノクシア」がギルドへの招待を拒否しました】
「どうして?!」
「自分の道は、自分で探すしかない。今の私には、栞たちと始めた戦いがある。あの子たちを置いて、あなたの部下には戻れない」
「でも、あなたが自分の道を選んで、私たちと同じ場所へたどり着いたなら――そのときは、また隣で戦おう」
ノクシアはアンドリアを強く抱きしめた。
「またね、アンドリア。次に会うとき、あなたが自分の答えを見つけていると信じてる」
ノクシアの姿が森の闇へ消えたあとも、アンドリアは長いあいだ動かなかった。
やがて、二つの紋章を持つ旗を地面から引き抜いた。
「私の……道……」




