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見えない魔王——歪みきった征服ゲーム  作者: 純白
【第二部】 第四十六章——闘牛士
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399 殺人鬼の流儀

火野良は仲間たちの撤退を援護するため、ただ一人戦場へ残り、ドイツ軍に生け捕りにされた。連れていかれた先は、ドイツサーバーの闘技場――本サーバー最強のプレイヤーが今、敵サーバー最凶の殺人鬼と対峙する。

火野良は二本の大剣を構え、百メートル先で笑みを浮かべるピエロを見据えた。


おそらく、あれが噂に聞くドイツサーバーの変態殺人鬼だ。


ピエロが武器にしているのは二本のパンだけだったが、火野良は油断しなかった。


ピエロは小刻みに跳ねながら闘技場へ入り、それでも本物の武器を取り出そうとはしなかった。


火野良が前へ出ようとした、そのとき――足首に異様な重さを感じた!


いつの間にか太い鉄の鎖をつけられ、地面へつながれていた!


ゴゴゴゴ……。足元の砂地が突然陥没して巨大な円形の穴となり、黄色い砂が滝のように流れ込んできた。


「いつ鎖をつけた!?」

火野良はクトゥルフがダンジョンを操る権限を持っているとは知らない。ただ、穴の壁に大きな黒い洞窟が現れるのを見つめた。


「腹は減っているかい?」ピエロが穴の縁にしゃがみ込み、笑顔で尋ねた。


「どちらかが死ぬまでやるんだろう? 正々堂々と勝負しろ!」火野良は大剣を掲げて怒鳴った。


「こいつらが腹いっぱいになったら、それで決着さ。パンより肉のほうが好きだからね」

クトゥルフはゆっくり立ち上がり、パンを火野良の足元へ放り投げた。


直後、洞窟から獣の唸り声が響いた――二対の青い目が暗闇の中で瞬いている。


二匹の巨大な白狼が、ゆっくりと洞窟から姿を現した。


全身を覆う白い毛は息を呑むほど美しい。しかし、その口から覗く三日月のような鋭い牙は、見る者を震え上がらせた。その正体は――


「三日月狼か…………もう一匹いるんだろう?」火野良は洞窟を見据えた。


二匹の白狼が同時に遠吠えを上げると、体高二メートル近い狼王が堂々と姿を現した。


左目には大きな刀傷があり、口には腕ほどもある牙が三本しか残っていなかった。


火野良はすぐさま二本の短槍に持ち替え、戦いに備えた。


三匹の狼が火野良を包囲した。鉄の鎖につながれて身動きが取れない。クトゥルフは意図的に、通常攻撃だけで戦わせるつもりなのだろう。


火野良は反射的に一歩下がり、鎖を引きずってジャラジャラと音を立て、子狼の攻撃を誘った!


長く一人で鍛錬を重ねてきた火野良は、モンスターの習性を知り尽くしている。三日月狼も例外ではなかった。


火野良が突然しゃがみ込むと、突進していた子狼は、狙いどおり足を止めた。


「やるね」穴の上から戦いを見物していたクトゥルフが笑った。


「この程度の知識、ベテランプレイヤーなら知っていて当然だろう? 三日月狼は、人間がしゃがむ動作を警戒する。極北の狩人が弓を張る姿を、攻撃の前兆として覚えているからだ」」火野良は冷笑した。


狼王が鋭く吠えると、子狼はすぐさま飛び退いた。ザシュッ、ザシュッ……。しかし、火野良の投げ槍はNPCの矢よりも速く、威力も高かった。子狼の一匹はその場で絶命した。


それを見たもう一匹の子狼が、すぐさま火野良へ飛びかかった――狩人が一度に放てる矢は一本だけだからだ!


「やはり……習性は同じか!」火野良は突然、金色の大剣を抜いた。それは子狼が普段相手にしている狩人の小刀とは、まるで違っていた!


ズバンッ! 子狼は生きたまま真っ二つに叩き斬られた。


火野良が二匹目を仕留めた直後、左腕に激痛が走った。


狼王がその腕に噛みつき、激しく首を振りながら後ろへ引きずっていた。


火野良は歯を食いしばった。狼王と力比べをせず、冷静に片耳を掴むと、力いっぱいひねり上げた!


狼王は驚いて尾を腹の下へ巻き込んだが、それでも火野良の腕を噛んだまま放さなかった。


火野良が再び力を込めた、そのとき――ジャラジャラジャラジャラジャラジャラ……ガンッ! 鉄の鎖が限界まで伸び切った。だが、狼王は火野良の左前腕を咥え、なおも力任せに引っ張っている……。


ボキッ。


「うあああっ!」

火野良の左前腕が丸ごと引きちぎられ、骨と肉が無惨に裂けた。


ドイツサーバーのプレイヤーたちから大歓声が上がり、口笛が次々と響いた。


狼王はすぐさま火野良の切断された腕を貪り食った。力が一気に増し、鋭い爪が生えると、グルルル……と低く唸った。


火野良は視界に星が飛び、足元もふらついていた。重度の失血状態だ。すぐにHPを回復しなければならない――だが、鉄の鎖につながれているため、安全な距離を取れない……。


狼王が巨大な口を開け、飛びかかった!


火野良は間一髪で横へ転がったが、牙がこめかみをかすめ、三筋の深い傷が走った。


狼王が再び襲いかかる。すでに策を思いついていた火野良は迷わず前へ飛び込み、狼王の腹の下を潜り抜けて元の位置へ戻った。


狼王は攻撃をかわされて怒り、穴の壁を蹴った反動で向きを変えると、再び火野良へ飛びかかった!


火野良は腰を落として構え、機を見て狼王の背へ飛び乗ると、鉄の鎖をその首へ巻きつけた。


「お前も……縛られる気分を味わええええっ!」


「すげえええええっ!」

「なんて奴だ! 天才かよ!」

ドイツサーバーのプレイヤーたちは、一斉に火野良へ歓声を送った。


狼王は驚き、暴れ牛のように後ろ脚を激しく蹴り上げ、火野良を振り落とそうとした。しかし、鉄の鎖は首へ食い込み続け、すぐに苦しそうな声を漏らしてもがき始めた。


火野良は両脚で狼王の背を挟み、魚骨の剣に持ち替えて何度も突き刺した。


狼王の白い毛並みはたちまち暗い赤に染まり、その場へ倒れて痙攣した。


火野良は大剣を拾い直し、振り下ろした――ズドンッ! 狼王はついに息絶えた。


「火野良!」

「火野良!」

「火野良!」


火野良の名は、ドイツサーバーのプレイヤーたちの間に一気に知れ渡った。


大穴の底がゴゴゴゴとせり上がり、鉄の鎖も消え去った。


笑顔のピエロは小さな足を蹴り上げながら、火野良へ賑やかな拍手を送った。


「早く……俺と決着をつけろ!」

火野良の左腕の傷口から、再び血が流れ始めていた。このまま長引けば、戦わずして敗れる。


「勇敢な闘士には……愛が必要だ!」クトゥルフは投げキスを送り、火野良は苦しげに大剣を構えた。


ヒュッ。


クトゥルフはすでに火野良の目の前にいた。幻覚を疑う間もなく、火野良は反応すらできなかった。


クトゥルフは火野良の背へ両腕を回し、強く抱き締めた。


火野良は笑顔の仮面の奥にある黒い瞳を見た。これまで死神と幾度も渡り合ってきたが、これほど死を間近に感じたのは初めてだった……。


ふわり。


クトゥルフは火野良を優しく地面へ下ろした。


「何のつもりだ――」火野良は怒鳴ったが、クトゥルフの手から放たれた赤い光を浴び、火野良は身動きが取れなくなった。


「いい子には、ご褒美だ」

クトゥルフは金色に輝く大きな瓶の特製万能ポーションを、火野良の口へ流し込んだ。


ポーションは驚くほど甘く、柑々の芳醇な酒よりもうまかった。


HPはたちまち全快し、意識も冴え渡った。


クトゥルフはさらに、火野良の傷口から砕けた骨を丁寧に取り除き、傷による悪影響を軽減した。それから青い治癒薬を口へ流し込んだ。


その手つきは妙に手慣れており、普段から負傷者の手当てをしているようだった。だが、火野良が最も気になったのは、クトゥルフの仮面の奥にある黒い瞳だった。


相手を嘲るときも、攻撃するときも、治療するときでさえ、その黒い瞳には何の感情も浮かばない――まるでロボットのようだった。


「いい子だ。君は5分間の休憩を勝ち取った」クトゥルフは火野良の肩を叩き、背を向けて立ち去った。


「もっと早くしろ! 3分だ!」


「さっさと戦え、クトゥルフ!」


「おい、遅すぎるぞおおおおおっ!」


ドイツサーバーのプレイヤーたちが一斉に野次を飛ばした。クトゥルフは不思議そうに首を傾げると、火野良のもとへ戻ってきた。


「気が変わった……休憩は30分だ」クトゥルフが言った。


火野良は目を見開いた。赤い光はすぐに消え、自由に動けるようになり、武器も振るえるようになった。


それでもクトゥルフは堂々と火野良に背を向け、歩き去った。


火野良は思わず対戦相手へ敬意を抱いた。大剣を地面へ突き立て、その場に座って休み始めた。


フレンド画面とギルド画面を開き、確認する。


「1、2、3…………28……」


「よかった……一人も欠けていない」

火野良は安堵の笑みを浮かべ、画面を閉じて空を見上げた。


クトゥルフはその一部始終を見つめていた……。


……


10分が過ぎ、火野良はすっかり回復していた。


大剣を振るたび、ブン、ブンと力強い風切り音が響いた。


一方、クトゥルフは人形のようにあぐらをかき、一言も発さずに座っていた。


火野良は立ち上がって左右へ軽く跳び、体の調子を確かめた。状態は良好だ。


「早く戦え!」


「血を見せろ! 血だ!」


「火野良! 火野良! 火野良!」


ドイツサーバーのプレイヤーたちは、すぐさま囃し立てた。


火野良は小石を拾い、クトゥルフへ投げつけた。


コツン。小石は肩に当たったが、何の反応もない。


「おい、準備はできたぞ!」火野良が呼びかけた。


クトゥルフの胸は、呼吸で上下すらしていなかった。


「AFKして人形にでもなったのか? 今殺せば誉れはないが、生きて帰るほうが名誉より大事だ……」

火野良は眉をひそめて考え、竜尖の槍に持ち替えて狙いを定めた。


「おい、アジア人! 恥を知れ!」


「クトゥルフ、寝ている場合か!」


ドイツサーバーのプレイヤーたちが一斉に怒鳴った。


火野良は野次を聞き流し、地面を強く踏み込んで槍を投げ放った!


パシッ!


クトゥルフは火野良の投げ槍を片手で受け止め、冷静に地面へ置いた。


火野良は驚きと怒りを覚えると同時に、自分の卑劣な手段を恥じた。


「じゅ、準備はできた! 時間を無駄にするな!」火野良は気まずそうに言った。


「…………」クトゥルフが小声で答えた。


距離が遠くて聞き取れず、火野良はクトゥルフへ近づいた。


「まだ20分ある」クトゥルフが繰り返した。


「だが、俺の準備はできている。お前もできているんだろう?」火野良は眉をひそめた。ずいぶんひねくれた性格だと思った。


「この20分は、君を待たせるためじゃない。彼らを待たせるためだ」

クトゥルフは観客席を指さした。


確かに、火野良が三日月狼と死闘を繰り広げている間、ドイツサーバーのプレイヤーたちは絶えず野次を飛ばしていた。まるで自分がくだらない見世物にされたようで、火野良はひどく苛立っていた。


「俺が近づいたら、攻撃するか?」火野良は眉をひそめて尋ねた。


「20分後」クトゥルフは最小限の言葉で答えた。


火野良はクトゥルフの正面にどかりと腰を下ろし、まっすぐ向かい合った。


「初めまして。俺は火野良だ」

火野良は王者らしい自信に満ちた口調で話しかけた。


意外にも、クトゥルフは顔をそむけ、火野良の視線を避けた。


「ドイツサーバーには、飄々とした戦い方をする偉大な戦士がいると聞いている。おそらく貴殿のことだろう?」

火野良は以前からクトゥルフの噂を耳にしていたが、どれも掴みどころのない断片的な情報ばかりだった。


「ハイノス、グデーリアン、シオン、ワッサン、フィダチス、パンロンス、アデル、バック……」

クトゥルフは小声で名前を唱え、いつまでも止めようとしなかった。


その声は読経のように抑揚がなく、火野良は聞けば聞くほど気が滅入った。


「キソ……ハンナ……クトゥルフ。どれも私の名前だ……」

クトゥルフが突然顔を上げた。墨を流したように真っ黒な瞳を見て、火野良は背筋が凍った。


「クトゥルフ……なのか?」火野良は眉をひそめて尋ねたが、クトゥルフはもう答えなかった。


「それほど強いのに、なぜここで見世物を演じ、他人を楽しませている?」火野良は思い切って尋ねた。


「戦いには必ず勝つと……約束したからだ」

クトゥルフの黒い瞳に赤い光が一瞬走り、火野良はすぐに話題を変えた。


「なら――」火野良が続けて尋ねようとした瞬間、クトゥルフが立ち上がった。


「いい子はもう回復した。休憩は十分だ」クトゥルフは静かに言った。


火野良はため息をつき、二本の大剣を握って胸を張り、立ち上がった。


「俺は護心石を持っている。教えてくれ……お前に殺されたら、どうなる?」

なぜかクトゥルフなら信用できると思い、火野良は尋ねた。


「知らない。おそらく閉じ込められる。私は遊び場の中で起きることにしか興味がない。もう時間だ、火野良」

クトゥルフは高笑いの大槌を取り出し、手の中で弄んだ。


「分かった……」

武器は、何の変哲もない両手用の大槌。だが、その扱いを見れば暴君ではないことは明らかだった。


間違いなく――食師だ。


先ほどクトゥルフが唱えていた無数の名前が、火野良の脳裏をよぎった。


この男は、いったい何人のプレイヤーを喰らってきた?

……

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