395 降伏か、武力か
馬車は酔っ払いのように左右へ揺れながら、ゆっくりとプラムスを離れていった。
北門を出たばかりの草原では、初心者たちが平原猪を狩ってレベルを上げていた。ドイツ人プレイヤーの馬車が通りかかると、初心者たちは親しげに手を振り、ドイツ人プレイヤーも礼儀正しく手を挙げて応えた。
ドイツ人プレイヤーは本来、このサーバーを侵略した敵だった。それでも、初心者たちは彼らに敵意を抱いていなかった。それどころか、ドイツ人プレイヤーを当然の支配者だと考え、畏敬の念すら抱いていた。
だが、その支配者は片手に刃を、もう片方に飴を持っていた。賢い初心者たちは毎回後者を選び、丸々と太るまで食べさせてもらった。
当初、大戦で死に、復活した古参プレイヤーたちは本サーバーの歴史を熱心に広め、仲間たちに抵抗を呼びかけた。だが、理念では腹を満たせず、初心者のレベル上げを助けることもできない。
古参プレイヤーたちは疎まれ、嘲笑された。多くはレベル五十に達する前に諦め、それきりログインしなくなった。
なかでも、ある問いが古参プレイヤーたちの胸を最も深く抉った――自分たちは何不自由なく暮らしているのに、なぜ抵抗しなければならないのか?
…
「はっ! このサーバーはなかなか快適だな。どの王都もそれなりに立派だ」御者が不意に口を開いた。
「ここは東洋の美女ばかりだからな。メールアドレスをもっと集めないと!」馬車の護衛が話に加わった。
護衛たちは一斉に笑い、楽しそうに話し始めた。
馬車の中では、キティと別の場所で捕らえられた初心者六人が、ドイツ人プレイヤーたちのドイツ語の会話が否応なく耳に入ってきた。
馬車は広大な草原を越え、ゆっくりと森へ入っていった。
「ルースはいいよな。いつか俺も自分の王都を持ちたいものだ」一人の護衛が羨ましそうに言った。
「はっ、まずは戦争で――おい!」
一人の護衛が、キティが自分の髪をいじり始めたことに気づいた。
キティは縛られた両手を後頭部へ回し、気持ちよさそうに銀髪を梳き上げて、雪のように白い首筋を露わにした。
「手を下ろせ!」ドイツ人プレイヤーが怒鳴った。
「女の子が髪を整えるだけで怖いの?」キティは髪をいじりながら意地悪く笑った。
「くそっ、こいつの声は本当に耳障りだ。放っておけ」
御者はキティのしゃがれた声を聞き、たちまち鳥肌を立てた。
「妙な真似をするな。少しでも怪しい動きをしたら、即刻処刑するぞ」ドイツ人プレイヤーがキティに警告した。
「妙な真似って……たとえば、こういうこと?」
キティが顔を上げると、瞳はすでに紫色へ変わり、声も透き通った女の声に戻っていた。
キティの力が一気に跳ね上がり、両手を縛る縄を力任せに引きちぎろうとした。
「異常事態だ!!!!!!!!」
ザシュッ――
やがて、血まみれの馬車が悠然と森を抜けてきた。馬車にいたドイツ人プレイヤーは、一人残らず姿を消していた。
全身を血に染めたキティは馬車を止めた途端、視界が暗転し、そのまま地面へ倒れ込んだ。
マイロがすぐに森から飛び出し、キティを抱き起こした。
「ほら!」マイロはすぐに、黄色い液体の入った小瓶の中身をキティに飲ませた。
キティはたちまち意識を取り戻し、立て続けに黒い血を吐き出した。
「ううっ……もう少し副作用の弱い薬は作れないの?」キティは髪をかき上げ、首に刺さっていた小さな針を抜いた。
「君が勝てなかったら困ると思ってさ」マイロは苦笑し、キティを支えて立たせた。
二人は、馬車の中で怯えている六人の初心者を見つめた。
「どうする?」マイロは薬剤ベルトを開き、眉をひそめて尋ねた。
キティはさらに二度、黒い血を吐き出すと、鎖鎌を抜いて馬車へ飛び乗った。
初心者たちは震え上がっていた。その姿を見て、キティの胸に苛立ちがこみ上げた――こいつらは飼い慣らされすぎて、逃げる勇気さえ失っている。
「アンドリアは……こんな卑しい連中のために」
キティは胸の内で悪態をつきながらも、初心者たちの手を縛っていた縄を切った。
初心者たちは馬車に座ったまま、大人の指示を待つ子供のように呆然としていた。
「さっさと行きなさい、馬鹿ども」キティは見下すように言い、マイロとともに立ち去った。
二人はすぐに東へ逃げ、深い森を流れる小川のそばでしばらく休んだ。
キティは革鎧を脱ぎ、ドイツ人プレイヤーに負わされた傷を洗った。
「初心者たちが密告するとは思わないのか?」マイロが真剣に尋ねると、キティはすぐにため息をついた。
「怖いわよ……でも、あいつらを殺したら……アンドリアの犠牲が無駄になるでしょ」
キティはやるせなさを滲ませながら、傷ついた脚を川へ浸した。冷たい水が、たちまち痛みを和らげていく。
「どうしてアンドリアは、初心者たちのために自分を犠牲にしたんだ?」マイロが理解できない様子で尋ねた。
「アンドリアが本サーバーのために、どれほど長く戦ってきたと思う? 拷問にも耐えられる。罵声にも耐えられる。戦いにも耐えられる。でも、自分の手で本サーバーの未来を潰すことだけはできなかったのよ。特に……ノクスと再会したあと、悪気のない言葉で責められた。もう、こんな日々に耐えられなかったんでしょう。自分を最後の犠牲にして、銀龍の刻印を解放したかったのよ」
キティは革靴を履き直し、装備を整えて立ち上がった。
「結局……ドイツ人プレイヤーは、簡単に彼女を解放してくれないだろうな」マイロがため息をついた。
「行きましょう」キティが言った。
「ムー大陸には、もう俺たちの居場所がないな」マイロが寂しげに呟いた。
「いいえ……火野良なら受け入れてくれる。メールで連絡しておいたし、加奈にも火野良のメールアドレスを教えたわ。Kanatheonがどう反応するかは分からないけど……」
二人はゆっくりと東へ歩いていった。
...
キティとマイロはすでに道のりの半分以上を進んでいたが、それまで何事も起きていなかった。
突然、空に数人の翼騎兵が現れて旋回を始めた。すでに二人のおおよその位置を掴んでいるらしい。
「どうやら、あの初心者たちに密告されたみたいだな……」マイロが力なく言ったが、キティは何も答えなかった。
そこへ複数のドローンが森へ飛び込み、二人の居場所はたちまち露見した。
翼騎兵たちはすぐさま地上へ急降下して襲いかかり、辺りは乱戦となった。
キティは二人のペガサス騎士と戦い、マイロは魔導士に足止めされていた。
パァン!
キティは銃声を聞いた瞬間に身をそらし、弾丸は腹を掠めていった。しかし、毒剤師のマイロにはキティほどの身のこなしはなく、太腿を撃ち抜かれた。
それを見た翼騎兵がマイロへ槍を突き出した。キティは驚き、鎖鎌を投げて騎兵を引きずり下ろした。
パァン!
「うあっ!!」
ドイツ人プレイヤーの狙撃手が正確にキティの膝を撃ち抜き、クリティカルダメージを与えた。
片脚が使えなくなったキティは、もう素早く身をかわすことができない。翼騎兵が向きを変えて襲いかかると、キティはペガサスの腹の下へ潜り込み、必死に左右へかわした。
パァン!
さらに右肩を撃ち抜かれた。狙撃手に狙われたキティは、まるで裸同然で身を守る術がなかった。
「キティ!」マイロは紫色の薬剤を投げ、キティに包囲を突破させようとした。
パァン、パァン、パァン!
三発の弾丸がキティの目の前でマイロの特製薬を撃ち砕いた。薬液が降りかかった草は、たちまち数倍の高さまで伸び上がった。
終わった――
ペガサスが二人を押し倒し、翼騎兵がランスを突き立てた! キティは地面に縫い付けられた!
【システムメッセージ: フレンド キティ HP残り20%】
「キティ!!」マイロは咆哮したが、ペガサスの下から抜け出せなかった。
翼騎兵は血に染まったランスを引き抜き、キティの頭へ狙いを定めた。
「やめろおおっ!」マイロが声を枯らして叫んだ。
だが、その叫びはあまりにも弱く、何の力もなかった……。
キィン――チリン!
澄んだ鈴の音がランスを弾き、キティの体が突然、金色の光に包まれた。
「まさか!?」翼騎兵が凄まじい力で弾き飛ばされた!
黒いマントをまとった三人のプレイヤーが、キティのそばに立っていた――
「キティは……こっちの仲間だ」
火野良は巨大な金の剣を二本抜き、ドイツ人プレイヤーの追っ手へ向けた。
は弱いわね! ニフェト!」加奈は大笑いした。自分か一樹に何かあれば、ニフェトが必ず動くと分かっていたのだ。
「本当にかなわないわ、加奈!」ニフェトが腹立たしげに言った。
ニフェト、パシュス、松美、そしてカミコが駆けつけた。
戦況は一瞬で逆転した! 本サーバー側は十一人しかいなかったが、全員が戦い慣れた四次職の精鋭だった。対するドイツ人プレイヤーの大半は三次職の騎兵で、明らかに見劣りしていた。
「よし! 待ってたぞ、Kanatheon!」火野良は狂喜した。
ドンッ! 砕けた石が辺りへ飛び散った。
火野良は影の旅団の大旗を取り出し、Kanatheonの大旗の隣へ力任せに突き立てた。
二本の大旗が、巨人のように堂々と並び立った
どれほど久しぶりだろう。
本サーバーのギルド旗が、再びムー大陸の大地に雄々しく立った。
「降伏する? なぶり殺しにはしないって約束してあげる」加奈が騎兵の代表を挑発した。
代表はすぐに本陣へ戻り、騎兵団の中から一人の銀鎧の騎士が姿を現した……。
「私が正面から突っ込む。雨間刻は続け! 後衛は任せたぞ、パシュス」火野良が言った。
「任せろ!」パシュスは即座に応えた。
銀鎧の騎士は白馬を止め、本サーバーのプレイヤーたちを見つめながら、ゆっくりと兜を脱いだ。
ニフェトの血圧は一気に跳ね上がり、顔が真っ赤になった。
「アンドリア……………」
アンドリアは生気を失った目でニフェトを見つめていた。その手にあるのは、もはや竜紋の大旗ではない――双頭の鷲旗だった。
「降伏か、武力か」
アンドリアは冷たく告げた…………
本サーバーの旗がようやく再び立ったその日、アンドリアは敵の旗を掲げて現れました。ニフェトは、かつての盟友に武器を向けられるのでしょうか……?




