392 忘れられた者
プラムス塔――
「柑々元首、ルース元首がお呼びです」ドクトンが告げた。
「はいはい、すぐ行く!」柑々はにやけながら答え、慌てて机の上の書類を隠した。
柑々は、かつて銀龍の刻印が使っていた倉庫へ向かった。三階建てで、象を二十頭も詰め込めるほど広い建物だった。
今ではルースの個人宝物庫へ改装され、中には珍獣の素材で作られた装備品が所狭しと並んでいた。壁にはさまざまな標本が飾られ、まるで熟練した猟師の山荘だった。
「おお~、柑々嬢! さあさあ、こちらへ!」ルースは柑々を熱烈に迎え、自分の机の前へ座らせた。
ルースが手を叩くと、艶やかな衣装を身につけたイミが、茶を載せた盆を持って部屋の隅から現れた。
柑々は興味がなさそうに視線を逸らしたが、イミは柑々を睨みつけ、胸の内で思いつく限りの悪罵を浴びせていた。
「もう慣れたか? 二週間以上経っただろう」
ルースは笑いながら青い花茶を柑々へ差し出し、自ら砂糖を加えた。
「まずまずです。思っていたより簡単でした。副官がほとんどすべて片づけてくれますから」
柑々は微笑んで礼を言い、花茶を一口だけ飲んだ。
「最近、君にぴったりの装備品を見つけたんだ」
ルースは透き通るほど薄い紗のローブを取り出した。身につけても全裸とほとんど変わらないが、全属性耐性を大幅に高める魔法のローブだった。ただし、魔導士のようにHPが少ない職業には、あまり役に立たない。
「ありがとうございます、ルース様。でも、これでもう九個目の装備品です。申し訳ありませんが、これ以上は贈り物を受け取れません」
柑々は苦笑しながら断った。
「いや、受け取ってくれ、柑々嬢。君は私にとって最も尊い客人なのだから!」ルースは譲らなかった。
二人はしばらく押し問答を続けた末、柑々が折れ、その場ですぐに着替えることになった。
身につけているのかさえ分からない薄紗のローブを羽織った柑々は、息を呑むほど艶やかだった。小さな黒い下着が胸元と腰回りをかろうじて隠し、豊かなS字のボディラインが余すところなく露わになっている。
ルースは柑々の美しさに魂を奪われ、ゆっくりと近づくと、堪えきれずにその細い腰へ手を伸ばした。
「ルース様……お気に召しましたか?」柑々は艶っぽく微笑み、自らルースの胸へ飛び込んだ。
「おお、ついに……」ルースは柑々の尻へ手を伸ばした。
「あっ! 悪戯しちゃ駄目よ、ルース!」柑々はすぐに後ろへ下がり、茶目っ気のある笑顔を見せた。
柑々はすでにルースの性格を完全に見抜いていた。毎回違う場所を存分に触らせながらも、決定的な瞬間には必ず止める。ルースを十分に楽しませつつ、あと一歩のところで焦らし続けていた。
「悪いルースは、今日は何の用で私を呼んだの?」
黒いチャイナドレスへ着替え直した柑々が尋ねた。
「イミ嬢、少し席を外してくれ。これから公務の話をする」ルースが笑顔で告げると、イミは面白くなさそうに立ち去った。
「君は本当に大したものだ、柑々嬢! ほとんどの初心者が君の姿を見て、ドイツ人プレイヤーの統治を受け入れた。どんな施策にも実によく協力している」
ルースは満足そうに笑った。
「それもすべて、ルース様の優れた政策と有能な部下のおかげです。私はルース様のお飾りにすぎないのでしょう? ルース様が必要としているのは、人々の心を一つにする象徴だけですから」
柑々は狡猾な笑みを浮かべ、ルースの目の前で赤く染まった頬に手を添えた。
「はははははははは! 実に素晴らしい! これほど察しのいい娘には初めて会った。だからこそ、我々はこんなにも気持ちよく協力できるのだろうな!」
ルースは大笑いし、花茶を一息に飲み干した。
「それで、今日はどのようなご相談でしょうか?」
柑々が真面目な顔で尋ねると、ルースも表情を引き締めた。
「うむ。初心者たちの掌握には、おおむね成功した。だが、プレイヤーの一団が最南端にある追放の島へ逃げ込んでいたことが分かった。人数は二百人近く、四次職も少なくない」ルースが説明した。
「二百人!?」柑々は突然机を叩いて驚いた。
「彼らは血の気が多く好戦的で、追放の島を巨大な沿岸要塞へ造り替えている。君には我々の代表として追放の島へ赴き、第四帝国への抵抗を諦めるよう説得してもらいたい」
ルースは地図を広げ、ムー大陸の最南端にある小島を指さした。
「危険はあるのでしょうか? ルース様の兵力なら十分なはずですよね?」柑々が不思議そうに尋ねた。
「彼らは人を見つけ次第殺す……。すでに三度も使節団を送ったが、すべて全滅した。要塞攻略も試みたものの、防備は堅固だった。あんな小島のために兵を失いたくはないので、君に出向いてもらうしかない。今回は戦闘任務だ。くれぐれも気をつけてくれ。護心石は持っているな?」
ルースが尋ねると、柑々はうなずいた。
「重装甲砲艦を一隻、君の指揮下に置く。くれぐれも用心するんだ」ルースは真剣な表情で告げた。
「は、はい!」柑々は拳を握り締め、初めての外交任務に臨むことになった。
…
「追放の島……」柑々はレンズを呼び出して遠方を見つめた。水平線には堅牢な城塞が突如としてそびえ立ち、不規則な外壁には無数の大砲が並んでいる。歩兵が上陸できそうな場所はどこにもなく、ルースが強襲を避けた理由も納得できた。
「柑々特使、あと二分で敵の大砲の射程に入ります」一等航海士が報告した。
「白旗を掲げて」柑々が命じると、双頭の鷲の旗はすぐに白旗へ取り替えられた。
海上要塞に動きはなく、砲門だけが不気味に柑々の艦を狙っていた。
砲艦は白い波頭を立てる大波に逆らい、向かい風の中をゆっくりと進んでいく。
突然、要塞で火が閃いた――ズドドドン!
要塞が一斉に砲撃を開始し、何発もの砲弾が甲板を薙ぎ払った。
水兵たちは手足を吹き飛ばされ、甚大な被害を受けた。
「反撃しろ!」一等航海士が命じた。
ズドン!!!
重装甲砲艦の舷側に並ぶ百門の大砲が一斉に火を噴き、強烈な反動で艦体が大きく傾いた。
要塞の外壁にいくつもの小さな穴が開き、直後に再び火が閃いた。
ズドン!!!
双方は海を隔てて激しく砲撃を交わし、その重い砲声は遠く離れたプラムスの海岸にまでかすかに届いた。
柑々の砲艦は何か所も穴を開けられ、浸水し始めた。
「撃ち返さないで! こんな軍艦で近づいた時点で、向こうには使節ではなく侵攻軍に見えているのよ!」柑々は慌てて撤退を命じた。
柑々には海戦の経験がなく、この島を征服するために来たわけでもない。ルースには任務に失敗したと報告するしかなかった。
そのとき、要塞から十数隻の小艇が出撃し、風に乗って接近してきた。
柑々と一等航海士は完全に読みが外れた。まさか相手から攻め込んでくるとは思ってもいなかった。
砲艦の大砲では素早く動く小艇を捉えられず、瞬く間に接近を許した。複数の源魔師が氷壁を築き、それを足場にして砲艦へ乗り込んでくる。
敵の近接部隊はすでに船内へ侵入し、下層の船室で水兵たちとの激戦を始めていた。
「柑々様、ご命令を!」一等航海士が焦って叫んだ。
「ふ、船を捨てて! 私についてきて!」
交渉相手の顔すら見られないまま帰るか、命懸けで要塞へ潜り込むか。柑々は後者を選んだ。
敵が下層から甲板へ押し寄せた。ドイツ人プレイヤーの大半は遠距離職だったため、敵兵に素手で次々と引き裂かれていく。
ほどなくして、損傷したドイツ軍の砲艦は完全に制圧され、艦内に残ったプレイヤーは全員殲滅された。
「うおおおおおおおっ!」島にいた本サーバーのプレイヤーたちは、腕を突き上げて歓声を上げた。
…
ザザッ……!
柑々と少数のドイツ人プレイヤーは混乱に乗じて岸まで泳ぎ着き、要塞の城壁の真下にいた。
「柑々様! 早く氷の梯子を……波が高すぎます!」一等航海士は海水を何度も吐き出しながら訴えた。
「私は幻像師……源魔師じゃないのに……待って」
柑々は荒れ狂う波に揉まれながら、要塞の城壁に氷の足場を作ろうと必死になった。
一行は要塞軍の小艇に乗って要塞まで戻ってきたが、正門からは入らず、背後へ回り込んで城壁を登ることを選んだ。
一等航海士が海抜百メートルの断崖に面した下層の窓へ取りついた。窓の中に誰もいないことを確認すると、布を巻いた拳で窓を割って潜入した。
最後の一人が要塞へ入ろうとしたそのとき、柑々が作った氷が突然砕けた。
味方の一人が足場を失い――
「うわあああああっ!」兵士はドボンという音を立て、百メートル下の海面へ落ちていった。
「おい、今の音は何だ!」要塞内がたちまち騒がしくなり、四方八方から無数の足音が押し寄せてきた。
「どうしますか、柑々様!?」一等航海士が慌てて尋ねた。
絶体絶命の瞬間、柑々の姿が一変した――
...
「……」
殺気立った十数人の島の守備兵が、部屋へ踏み込んできた。
室内は無人に見えていた。
守備兵と柑々の部隊を隔てているのは、薄い鏡壁一枚だけだった。
獲物を狙う獣のような視線が本棚、木机、窓を順番に見回し、やがて鏡壁へ向けられた。
いくつもの鋭い視線が鏡壁越しに柑々たちを正面から射抜き、柑々の部隊は恐怖で全身を震わせた。
突然――ドンッ!
「こんな子供だましで、俺たちを騙せると思ったか!?」
一人の守備兵が拳で柑々の鏡壁を打ち抜き、隣にいた一等航海士の襟元を掴んで引きずり出した。一等航海士はその場で手足を引き裂かれ、血飛沫が四方へ飛び散った。
直後、黒い籠手に覆われた腕が柑々の顔へ伸びてきた。柑々は恐怖のあまり甲高い悲鳴を上げた。
守備兵たちは鏡壁の中に隠れていた三人を引きずり出した。
「ギルマスのところへ連れていけ」守備兵たちは生き残った三人の頭から布袋をかぶせ、そのまま連行した。
...
誰にも知られないまま、誰よりも戦っていたのは柑々だったのかもしれませんね……




