391 愚者の忠告
フールは栞を連れ、堂々と東大門へ向かった。指名手配されている寧々は近くの小屋に身を潜め、二人からの合図を待っていた。
「フールさん……正門から私を連れ出すつもりですか?」栞が驚いて尋ねた。
「ん? 何か問題でもあるのか?」フールが聞き返した。
「わ、私……さっき戦死したプレイヤーたちの経験値を吸収して、レベルが50を超えたんです」
栞はごくりと唾を飲み込んだ。
「心配するな!」フールは笑い、栞を東門まで連れていくと、自分の家に帰ってきたかのように大門を開いた。
「何者だ!?」門を守る二人のドイツ兵がすぐに振り返り、大剣で二人の行く手を阻んだ。
「問題ないんじゃなかったんですか!?」栞は怯え、フールの背後に縮こまった。
「心配するな。そっちの仲間だ」フールは二人に向かって手を振った。
衛兵たちは顔を見合わせた。
「ここに滞在できるのは特別な許可を得た者だけだ。お前は何者だ? キャラクター画面を開いて確認させろ」
二人の衛兵は栞には目もくれず、武器をフールへ突きつけた。
「おい、もしかすると……あいつじゃないか……」一人の衛兵が仲間の肩を掴み、小声で囁いた。
「あいつだと!? まさか――」
パンッ――血飛沫が舞った。
「きゃあっ!」初めてPvPを目撃した栞が悲鳴を上げた。
フールが両手を打ち合わせた瞬間、二人の頭部が弾け飛び、血と脳漿を撒き散らした。黒いマントを羽織って二人を殺し、再び脱ぐまで、わずか五秒しかかからなかった。
栞は地面に転がる血まみれの死体を見つめ、プレイヤーの死とは、これほど呆気ないものなのかと思い知った。
フールが松明を掲げて振ると、寧々が城内から静かに駆けてきた。
「これは俺たち二人だけの秘密だ。いいな? さもないと、小屋で猫を外へ投げ捨てたことを寧々に教えるぞ。あの人なら、真っ先に君を殺すだろうな」
フールは栞の耳元で囁いた。
フールはずっと笑顔を浮かべたまま、栞の髪で手についた血をゆっくりと拭った。
栞は全身を震わせ、自分が関わる相手を間違えたという思いをますます強くした。
二人の死体はたちまち光の粒子となり、地面に残った血痕も薄れていった。
「えっ? 衛兵は?」寧々が警戒しながら周囲を見回した。
「帰った」フールが答えると、栞も慌ててうなずいた。
「体が冷えて病気になると面倒だ。ひとまずこれを羽織っておけ」
フールは下着姿の栞に鹿の毛皮をかけた。
柔らかな毛皮は羽毛のように軽く、肌触りもよかった。羽織った途端、まるでサウナに入ったような優しい暖かさに包まれた。
栞はすぐに毛皮を握り締め、肌にこすりつけて全身を温めた。心も体も、一瞬で天国にいるような心地になる。
「ありがとうございます」
栞は心から礼を言ったものの、このフールが善人なのか悪人なのか分からなかった。
三人は城外の草むらへ移動し、膝を突き合わせて話し始めた。
...
「それじゃ……教皇は戦死していないんですか!?」栞が驚いて尋ねた。
「戦死していないどころか、今もずっとドイツ人プレイヤーと戦っているわ」寧々が答えた。
「教皇はどこにいるんですか? 会わせてもらえませんか!?」栞は思わず尋ねた。
「それは無理。でも――」
寧々が答えようとした瞬間、フールがその口を手で塞いだ。
「寧々さん……俺がドイツ人プレイヤーだってことを忘れないでくれ」フールが苦笑した。
「私はあなたを信じてる」寧々は眉をひそめた。
「だが、こいつのことも信じられるのか?」フールは栞を指さした。
寧々はしばらく考えた末、それでもうなずいた。
「この子はプラムスと初心者の村の状況を教えてくれた。Kanatheonにとって、とても役立つ情報よ」寧々が答えた。
「用心したほうがいい。初心者は口が軽いからな」フールは苦笑した。
その頃、ドイツ人プレイヤーの一団が教皇都市の東門へ駆けつけていた。味方の衛兵が殺されたと知り、彼らの間に緊張が走った。
「俺があいつらを引き離す。ここを見つけられたら厄介だからな」フールが言った。
立ち去る前、フールは栞の肩に手を置いた。
「栞さん、余計なことを口にして面倒を起こすなよ」
栞は顔をこわばらせ、何度も勢いよくうなずいた。フールはゆっくりと立ち去り、二人はその場で話を続けた。
「黒真珠を立ち上げ、教皇都市を治め、最後には魔王のもとで領主にまでなった。もしかすると、生き残り方を一番よく分かっていたのは柑々かもしれないわね」寧々が感慨深そうに言った。
「黒真珠? 教皇都市?」栞は再び目を輝かせた。
寧々は苦笑し、柑々が「黒真珠の魔女」と呼ばれ、やがて銀K連合の中で重要な中立勢力となるまでの物語を簡単に語った。栞は夢中になって聞き入り、かつて繁栄していた本サーバーに身を置き、自分の目で歴史を見届ける姿を想像した。
「ドイツ人プレイヤーの話とは食い違っていた?」寧々が尋ねた。
「各ギルドがどう発展したのかには触れず、本サーバーで起きた東西両軍の戦いだけを話していました」栞が答えた。
「どれも子供騙しの物語よ。ノクシアは……まだ銀龍の刻印に名乗り出ていないんでしょう?」寧々は笑った。
「ノクシアはアンドリアが無茶をするのを恐れて、身を隠しながらレベル50未満の初心者を育て、情報を集めています。でも、私たちは初心者たちから仲間外れにされていて、頭がおかしいと思われています」栞が答えた。
「はあ……」寧々は長いため息をついた。
「それで、Kanatheonは無事なんですか?」栞が心配そうに尋ねた。
「なんとか持ちこたえた。でも、もう大規模な戦争を起こすのは難しいわ」
寧々はため息をつき、雑草を一本引き抜いて指先で弄んだ。
「ソフィア……誰なのか知っていますか?」栞が真剣な顔で尋ねた。
寧々はすぐに警戒した。
「どうして?」
「もし……あなたが本当に大戦を生き延びた古参プレイヤーなら、今もドイツ人プレイヤーと戦っているはずですよね?」
栞が鋭い目で尋ねると、寧々は慎重にうなずいた。
「それなら……この指輪は私が持っているより、あなたに渡したほうが役に立ちます」
栞は美徳の指輪を差し出した。
寧々は驚いて指輪を受け取ったものの、すぐに何も知らないふりをした。
「何の指輪? どこで手に入れたの?」
「大聖堂の遺跡です。もし教皇が生きているなら……きっと使えるはずですよね?」栞は笑った。
「本物かどうか確認できない。それに、追跡術が仕掛けられている可能性もある。今はあなたが持っていて。ただし、絶対にドイツ人には見せないで」
寧々は指輪を押し返し、警戒するように周囲へ目を走らせた。
栞はその真意を悟り、穏やかに笑って指輪をリュックへ戻した。
「あなたたちは、やっぱり大戦を生き延びた古参プレイヤーなんですね……。きっと、とても仲がいいんでしょうね」
栞は羨ましそうに寧々を見つめた。
「あなたが私たちと同じ時期に始めたプレイヤーなら、きっといい仲間になれたわ」
寧々はようやく警戒を解き、楽しそうに答えた。栞が自分の嘘をすでに見抜きながら、あえて暴かずにいてくれることも分かっていた。
「あのフールとは……どうやって知り合ったんですか?」
栞は、一分もかからずドイツ人の衛兵たちを追い払ったフールを見て、好奇心を抱いた。
「教皇都市の猫たちは、私が育てているの。大戦のあとも、こっそり教皇都市へ戻って餌をあげていたら、偶然あの人と出会ったのよ」寧々は嬉しそうに話した。
「戦争中なのに猫を育てる余裕があるなんて……やっぱり凄腕だ!」栞は密かに感心した。
「どうしてあの人のことを聞くの?」寧々が聞き返すと、栞はたちまち焦り始めた。
「な、名前が変わってるから! はははっ!」栞はわざと大げさに笑った。
「それは同感。私も偽名だと思う」寧々は口を尖らせた。
「フール……ドイツ語じゃないですよね?」栞は人差し指をこめかみに当て、考え込んだ。
「英語よ。名前を聞いても『fool』としか答えなかったから、そのままフールと呼ぶことにしたの」寧々が苦笑しながら答えた。
「なるほど、道化師だったんですね」栞は気にも留めずに言った。
「何の芸人!?」寧々が驚いて尋ねた。
「foolには『馬鹿』や『愚か者』という意味があります。中世には、わざと大げさで愚かな振る舞いをして王侯を楽しませる宮廷道化師がいて、foolと呼ばれることもあったんです」栞が説明した。
「まだ帰ってなかったのか?」
いつの間にかフールが栞の背後に立っており、栞は背筋が冷たくなった。
「帰ります! 今すぐ!」栞は装備をまとめ、毛皮をフールへ返した。
「もういい。君にやるよ」フールは笑った。
栞は思いがけない厚意に驚き、毛皮を羽織ったままプラムスへ急いで戻った。
「このサーバーの初心者は大したものだ。ほかのサーバーなら、とっくに諦めるか降伏している」
フールは栞の背中を見送りながら、意味ありげに言った。
寧々は物思いにふけりながら、フールの整った顔を見つめた。胸が激しく高鳴る。
「どうした?」フールが優しく尋ねた。
「何でもない……」寧々は恥ずかしそうに顔を背けた。
「さあ、寧々さん」フールはさらに問いかけた。
寧々の頬は赤く染まり、まるで初めて恋を知った乙女のようだった。
「どうして、あなたの仲間を一度も見たことがないの?」寧々が気になって尋ねた。
フールの笑顔が一瞬だけ強張り、やがて長いため息をついた。
「俺のサーバーにも内戦の時代があった。俺のギルドは敵対ギルドに包囲され……メンバーの実力にも大きな差があった。初心者は連携についていけず、熟練者たちを死なせてしまった。最後には勝利したが……部隊は全滅し、生き残ったのは俺一人だけだった……。それから俺は他サーバーを渡り歩き、何かを成し遂げられないかと探し続けている」
ドイツサーバーにも目を背けたくなるような歴史があったとは、寧々も想像していなかった。ようやくフールの瞳に宿る寂しさの理由が分かり、ますます彼に惹かれていく。
「それじゃ……このサーバーでは、何か面白いものを見つけられた?」寧々は恥ずかしそうにうつむき、指に髪を絡めた。
「猫」フールはからかうように笑った。
「どうして猫が好きなの?」寧々が興味深そうに尋ねた。
「猫と一緒にいると……心が穏やかになる。心地よくて、戦いで高ぶった気持ちを鎮められるんだ」フールは笑った。
二人は草むらの中で寄り添った。
「お前たちは、もっと頑張ったほうがいい……。俺たちのサーバーが三か月後に撤退するのは、偶然じゃない……」フールが突然言った。
「資源を集めるためじゃないの?」寧々はフールの胸元から体を起こした。
「違う……。三か月も経てば、初心者たちがどの陣営につくかは、ほぼ固まる。ドイツ人プレイヤーが去ったあと、プレイヤー同士が対立し始めるだろう。親ドイツ派は火力でもレベルでも優位に立ち、結果として、お前たちのサーバーは永久に植民地のままとなる。本当の滅亡が訪れるのは、その瞬間だ」
フールは険しい表情で言った。
「私たちも……それには気づいている。でも、どうすれば救えるの?」寧々が尋ねた。
「祈るしかない。お前たちでは勝てない」フールは首を振って苦笑した。
寧々が叩くふりをすると、フールはその両手を軽々と封じ、地面へ押さえつけた。
二人は草むらの陰で親密にじゃれ合い始めた。
...
あのフール、ますます怪しくなってきましたね…




