389 作られた物語
教皇都市の遺跡に到着すると、一行は馬車を降りた。
ドイツ人プレイヤーと本サーバーの新米たちは一団となり、将校に従って黒く焼け焦げた教皇都市へゆっくりと近づいていく。
新米たちは、たちまち壮大な城壁に圧倒された。
高さ二十メートル近い城壁は、腰を反らすほど見上げなければ頂が見えず、首が痛くなるほどだった。
黒く焼け焦げた城壁には無数の亀裂が走り、その隙間から新しい蔦が伸びていた。静まり返った死都にわずかな生命を与えている一方で、かえってその虚しさを際立たせている。
「この城を建てたのは……俺たちのサーバーのプレイヤーなのか……」新米たちは感嘆の声を漏らした。
将校が見学者たちを城門まで案内すると、門を守る部隊がすぐに敬礼した。
「この城門をくぐれば、ワスティン大聖堂の周辺区域に入ります。覚えておいてください。指定区域の外では、レベル180の屍犬が巡回しています。また、指定時刻を過ぎても城壁内に残っていた場合、屍犬に襲われます。質問がなければ、歴史上『教皇都市』と呼ばれた要塞へ入ります」
将校が説明した。
守衛たちがゆっくりと大門を開く――本サーバーのプレイヤーたちは、ついに自分たちの大聖堂へ帰還した。
一本の大通りが、数百メートル先にある金色の屋根を持つ建物まで真っすぐ伸びていた。雲を突くほど高い尖塔を見ただけで、それが伝説のワスティン大聖堂だと分かった。
大通りの両側には廃墟が広がり、建物のおよそ八割が跡形もなく破壊されていた。壁一枚しか残っていない家もある。背の高い建物まで二階部分が黒く煤けており、当時、教皇都市を襲った火災がどれほど凄惨だったのかを物語っていた。
「教皇都市は、もともとギルドKanatheonの資金によって建設されました。Kanatheonは当時、このサーバーにおける二大勢力の一つでした。教皇都市の最盛期にはプレイヤー数が6000人に達し、同時期のプラムスやハゲグを上回る繁栄を見せていました。しかし、このサーバーの土着ギルドは野心が強すぎました。他サーバーの征服に固執した結果、プレイヤー間に対立が生じたのです」
将校は遺跡の案内を始めた。
本サーバーのプレイヤーたちは、信じられない思いで壮大な建築群を見渡した。
――ここにある建物は、本当にすべて自分たちのサーバーのプレイヤーが築いたのか?
胸に疑問を抱いたまま、将校に従って南大通りから死都の中心部へ入っていく。
「二大勢力の統治が行き届かなかったため、このサーバーでは東西勢力の衝突が起きました。1000人近いプレイヤーが鉄耳山脈で大規模な戦闘を繰り広げ、最後はKanatheonが仲裁に入りましたが、すでにプレイヤー同士の関係には修復できない亀裂が生じていました。そして、その後に起きたのが……ドイツ人プレイヤーの上陸です」
将校は見学者たちを率いて西門へ続く大通りへ曲がった。
街並みは一変し、三階建ての建物は姿を消し、代わりに一階建ての店舗が並び始めた。辺りには大量の木箱が見え隠れしている。
「ここがかつての商店街です。一時間当たりの取引額は最大で20万竜貨を超えました。我がサーバーの大聖堂と比べても、悪くない実績です」
将校は道沿いの店を指し示した。
「すみません……あなたのサーバーの大聖堂は、一時間でいくら稼ぐんですか?」
本サーバーの初心者プレイヤーが、おずおずと尋ねた。
将校は笑みを浮かべ、待ってましたとばかりに答えた。
「およそ90万竜貨といったところでしょう」
初心者たちの間に、どよめきが広がった。
栞は数百メートルに及ぶ西大通りを振り返った。これほどの商店街でも取引額は20万竜貨にしかならないのなら、ドイツサーバーの規模は本サーバーをはるかに上回っているに違いない。
「本当は、そこまで多くないわよ」エミラは呆然としている栞にこっそり耳打ちした。
「ここが……」
一行は西大門の前で足を止めた。大門は枯れ葉のようにひしゃげ、中央から吹き飛ばされていた。片方の扉に至っては数十メートル先まで飛ばされ、住宅街に倒れ込んでいる。
「あの日、我が軍はこの西門から教皇都市へ突入しました。このサーバーの軍勢はすでに逃げ去っており、NPCのほうが彼らより勇敢だったほどです」
将校は西大門を嘲るように笑った。
「そんなに臆病だったのか……」初心者たちは口々に話し始めた。
一行はついに大聖堂の正門へ到着した。地面に連なる大理石の階段は今なお雪のように白かったが、正門前の階段には名も記されていない墓碑が立っていた。
「この壮麗な建造物こそ、ワスティン大聖堂です。高さは160メートル、二本の高い尖塔を備えています。そして、ここは教皇の住まいでもありました――」
将校が説明した。
「教皇? このゲームには教皇がいるのか!?」初心者の一団から驚きの声が上がった。
「いました……。当時、このサーバーの教皇は最後まで残った二百人の聖堂騎士を率い、この地で我が軍に抵抗しました。プレイヤーたちが逃げる時間を稼ぐためです。最後には教皇も、その騎士団も――全員が戦死しました。彼は世にも稀な殉教者でした。我々は教皇と騎士団がこの地で殉教したことを後世に伝えるため、特別にこの墓碑を建てたのです」
将校は階段に立つ墓碑を指さした。
「教皇に名前はあるんですか……?」プレイヤーの一人が尋ねた。
「分かりません。ただし、その後に現れた教皇はすべて偽物です。騙されないようにしてください。それでは中へ入りましょう。我がサーバーの仲間たちが最も楽しみにしていた場所です」
将校は笑った。
一行は名もなき墓碑を回り込み、破壊された礼拝堂へ入った。黒い扉を抜けて二階へ上がる。
二人の守衛が大扉を開くと、プレイヤーたちは再び目を奪われた。
絢爛な大広間は傷一つなく、まるで戦火さえもここには被害を与えられなかったかのようだった。
円形広間の壁には、小さな金色の銘板が隙間なく打ち付けられていた。その一枚一枚に名前が刻まれている。
線を刻まれたものもあれば、完全な状態で残っているものもあった。
「ここが……ギルド黄金殿です。このサーバーの歴史は、すべてここに刻まれています。右端の最上段にあるのが、このサーバーで最初に結成されたギルドです。名前の読み方は私にも分かりません。そこから左側の壁まで、合計881のギルド名が記録されています。名前に線が引かれているものは、すでに解散したギルドです。見学者の皆さん、案内はここまでです。これから二時間、教皇都市を自由に見学できます。ただし、二時間後には屍犬が巡回を始めます。あなた方を捜すために時間を費やすつもりはありませんので、せいぜい気をつけてください。それでは」
将校が手を振って立ち去ると、プレイヤーたちは壁に刻まれたギルド名を一つずつ読み始めた。
栞は右端の最下段へ向かい、最初期のプレイヤーたちが残した記録を調べた。
「開拓者、影の旅団、烏合の衆……あった! 銀龍の刻印!」
栞は歓喜した。ノクシアの話が事実だったとは思いもしなかったうえ、銀龍の刻印の名には線が引かれていなかった。
続いて、二十七番目のギルド――Kanatheonを確認した。
「ギルマスには定期的な報告義務がある……。なら、この二つのギルドは今もムー大陸に存在していて、あの大戦を生き延びたんだ!」
栞は興奮して拳を握り締め、自分が歴史のただ中にいるような感覚を覚えた。
「お嬢さん、知っているギルドがあるの? 少し紹介してくれないかしら?」
エミラと数人のドイツ人プレイヤーが笑顔で尋ねた。
栞は答えかけたものの、口をつぐんだ。
「すみません。私も初心者なので、あまり詳しくないんです」
栞は申し訳なさそうに断った。
「私たちのサーバーには千三百ものギルドがあって、大聖堂の広間を増築しなければならなかったのよ」エミラは顔を上げて笑った。
「千三百……」
栞には、ドイツサーバーがどれほど強大なのか想像もつかなかった。
「でも、活動中のギルドは百にも満たないわ。徴兵しやすいように、元首がギルド同士を統合させているから。自分だけのギルドを設立できるのは、ごく少数の超一流だけよ」
エミラは笑顔で説明した。
栞はその言葉が意味するものを完全には理解できなかったが、それ以上は尋ねなかった。
「あの女、ドイツ人にあんなに媚びてるぞ。きっと売女だ」
「ふん、さっきは馬車の上から俺たちを見下しやがって」
「ドイツ人に取り入る奴は、俺たちの敵だ……」
本サーバーの初心者たちは栞へのひそひそ声は、次第に露骨な敵意へ変わっていった。
栞は一人で礼拝堂へ戻った。見学者たちが華麗な聖堂の装飾に見入る中、栞だけは壁に残された戦いの痕跡を一つずつ調べ、当日の戦闘がどれほど激しかったのかを想像していた。やがて、片隅の瓦礫の奥で光の粒がかすかに漂っているのを見つけた。
栞は近づいてゆっくりと瓦礫を払い、隙間へ手を差し入れて探った。すると突然、指輪を一つ掴み出した。
【システムメッセージ: 装備品 美徳の指輪を入手
*教皇専用】
「教皇の指輪!?」栞はすぐに腰のポーチへ隠し、慌てて壁際まで下がって周囲を見回した。
指輪の内側には、金色の小さな文字が刻まれていた――ソフィア。
「ソフィア……この人が教皇なの?」
栞は帰ったらノクシアに尋ねようと決めた。
栞は長い木片を拾い、てこの原理を使って大きな瓦礫を持ち上げた。その下から見つかったのは、レベル200近いプレイヤー二人の遺品だった。同時に少量の光の塵が栞の体へ吸収され、一気にレベル53へ上がった。
【システムメッセージ: おめでとうございます! レベルアップ!】
「まずい! 初心者保護の上限を越えちゃった!」
栞は慌てた。正門にいるドイツ人プレイヤーに問い詰められないよう、壊れた窓から飛び降りて墓地へ入った。
大通りへ戻り、屋敷街を通り抜ける途中でいくつもの金目の品を拾った。さらに一基の塔を通りかかったが、ドイツ人プレイヤーが守っていたため、中へは入れなかった。
そのまま進み続けると、一面の花畑へ出た。
教皇都市に、まだこんなに可愛らしい場所が残っているとは思わなかった。
栞が花畑を散策していると、突然、屋敷街のほうから騒ぎが聞こえてきた。
「早く……こっちを見てくれ!」本サーバーの初心者が栞の肩を叩き、興奮した声を上げた。
「うわっ、大儲けだ!」本サーバーのプレイヤーたちが大穴を囲み、底を覗き込んでいた。
栞は人だかりをかき分け、最前列へ出た。
「何があったの?」栞が尋ねた。
「さっき誰かが古い地下道を見つけて、金目の品を拾ったんだよ」隣にいたプレイヤーが笑って答えた。
「こんなものが突然見つかるなんて――」
栞が微笑んだ瞬間、何者かに突き飛ばされ、深い穴へ落とされた。
起き上がる間もなく、栞は初心者たちに担ぎ上げられ、そのまま地下道の奥へ運び込まれた。
初心者たちはすぐに取っ手を引き、入口を封鎖した。
「ちょっと!! ここから出して!」栞は驚愕し、石扉を激しく叩いた。
「こんな仕掛けが存在する以上、鬼畜仕様じゃないってことだ。出口はちゃんとあるよ。急いだほうがいいぞ! あと十五分でワンちゃんたちが来るからな。ははははっ!」
初心者たちは大笑いしながら、すぐに散っていった。
「ここから出して!!」栞は必死に石壁を叩いたが、穴の外にはもう誰も残っていなかった。
「くそっ!」栞は石扉を拳で殴りつけたあと、覚悟を決めて暗い地下道を振り返った。
松明を持っていないため、地下道の奥は何も見えないほど真っ暗だった。
栞は壁を手で探りながら進むしかなかった。頭の中では、屍犬が現れるまでの時間を数え続けていた。
これはPvPよりもひどい気がします……




