383 必要悪ということですか……
洞窟へ足を踏み入れた瞬間、ソフィアの神恩は急上昇したが、HPは急激に減少した。
近衛兵たちの聖盾は、真子の体から放たれる邪気とぶつかり合い、握り続けるのも困難なほど熱くなっていた。
「何なんだ、あの怪物は……」
ドイツ軍の精鋭たちは後ずさりし、真子と二人の審判官へ近づこうとしなかった。
「ソフィアはもういい!あいつを最優先で殺せ!」
これ以上は時間をかけられないと判断したパーカーは、猛攻を命じた。
ドイツ軍は向きを変え、真子たち三人へ攻撃を仕掛けた。
コウモリの魔獣は甲高い声で鳴くと、地面に二本の血牙を突き立てた。二本の血牙が深々と突き刺さり、洞窟内の神恩と聖属性の力を吸い始めた。
【警告: 広域呪詛――煉獄の意志】
パーカーとソフィアの障壁は、たちまち脆くなった。
二人の堕落した審判官は逆十字を大剣のように振るい、ドイツ軍の前衛を迎え撃った。攻撃は前衛たちの鎧を貫けなかったが、その下の皮膚からは血が流れ続けた。
「聖火浄化!」パーカーは慌てて仲間の異常状態を浄化した。しかし、コウモリの魔獣はソフィアの神恩を吸収したことで呪いの効果を大幅に高め、パーカーの浄化を無効にした。
ドイツ軍の後方で、突然星の光がきらめいた――カミコが動いたのだ。
数百枚の鏡の盾がドイツ軍へ狙いを定め、古志も屍人の軍団を召喚して戦いに加わった。
守備隊の火力は足りなかったが、ドイツ軍の陣形を乱すには十分だった。
ドイツ軍の前衛が真子へ接近し、斧を力任せに振り下ろした。刃が真子の下腹部を切り裂き、鮮血が流れ出す。
しかし、真子は退くどころか、大斧を振り上げ、脇ががら空きになった瞬間を見逃さなかった。一気に踏み込み、人骨の魔杖を狂戦士の肘へ突き出した。
「前衛を甘く見るなよ、魔法使い!」狂戦士は大斧を振り回し、真子と大斧を振り下ろした!
大斧が真子の胴体を真っ二つにしようとした、その瞬間――人骨の魔杖から何本もの骨の腕が伸び、狂戦士の右腕をつかんで大斧を止めた。
「ぶ……物理拘束だと!?」狂戦士は驚愕し、必死に腕を振り回したが、骨の腕から逃れられなかった。
「浄化術!」そのとき、堕落した審判官が突然、狂戦士へ浄化術を使った。しかし、消し去られたのは狂戦士にかけられていた祝福だった!
真子は右腕を伸ばして狂戦士の喉を締め上げると、同時に脚を曲げて相手の軸足を払った。ドンッという音とともに、自分より大柄なドイツ軍の前衛を押さえ込んだ。
狂戦士が抜け出すより早く、人骨の魔杖がその体を地面へ縫い止めた。
「星火連焼」
動きを封じられた前衛は炎の海に包まれ、生きた炎に焼かれた。
パーカーは仲間を救おうと駆け出したが、二人の審判官が同時に黒い結界を描いた。パーカーはすぐさま足を止めた。黒い結界には決して神術を使ってはならないと知っていたため、狂戦士が焼け死ぬのを見ていることしかできなかった。
「敵味方の戦力は、ほぼ互角です! これなら戦えます!」
カミコは声を張り上げた。
「全軍突撃! 敵に張りついて戦え!!」
古志が声を張り上げた――しかし、出撃したのはKanatheonの数人だけだった。
彼らはソフィアの加護を受け、三次職を中心とするドイツ軍と激しく斬り合った。カミコは防御に集中し、一人で三人を相手にしながら戦線を支える。松美は屍人の群れに紛れてドイツ人プレイヤーへ接近し、陣形から外れたソース・メイジを屍人たちの中へ引きずり込んで殺した。真子たちもその勢いに乗って攻め込み、ドイツ人プレイヤーたちを洞窟の壁際へ追い詰めた!
「俺たちも怯えるな! 戦え!!!」残った守備隊は、初めて訪れた好機に奮い立った。ようやく勇気を振り絞って前線へ飛び込み、ついに拮抗していた天秤を傾けた。
「撤退のご許可を、パーカー将軍!」ドイツ兵が懇願した。
パーカーは自分が敵を甘く見ていたことを認め、撤退を許可した。
「煉獄へ行ったことがあるのは……お前たちだけだと思うな…………」
パーカーは最前線まで歩み出ると、神杖を逆さにして地面へ突き立てた。ドイツ軍はたちまち、地面に広がる黒い紋様に取り囲まれた。
「お気をつけください、真子様!」二人の審判官はすぐさま両腕を横へ広げ、真子をかばった。
パーカーの神杖にも審判官たちの逆十字と同じ黒い炎が燃え上がり、中央から一つの山羊の目が生えた。
パーカーが神杖を引き抜くと、洞窟内はたちまち陰鬱な空気に染まった。
「大地の聖歌」
パーカーが再び神杖を突き立てると、本来は緑色だった範囲回復スキルが赤く染まり、効果範囲にいた本サーバーのプレイヤー全員から猛烈な勢いでHPを吸い取った。
「ラロの栄光!!!!!」
灼熱の炎よりもまばゆい太陽の光が突然弾け、パーカーへ一直線に放たれた!
周囲の悪意が急激に高まったことで、ソフィアが持つ教皇の神恩も呼び覚まされた。閉ざされていた両目がわずかに開き、瞳の奥からまばゆい神光があふれ出した。
「現地民の教皇ごときが、思い上がるな!」パーカーは神杖を回転させ、黒い球体で教皇の神砲を吸収した。
邪悪な闇の力と聖なる力が真正面からぶつかり合い、黒い球体は天井へ届きそうなほど膨張した。
閃光が弾け、爆風がその場にいたすべてのプレイヤーをなぎ倒した。岩壁には巨大な穴が開いた。
ドイツ軍はすぐさまその穴から撤退し、狼隊の翼騎兵へ救援を要請した。
「ソフィア教皇……次は、こんな幸運には恵まれませんよ……」
パーカーは立ち去る前に黒炎をまとった杖を突きつけた、そのまま背を向けた。
「早く! 追うぞ!」古志は焦って叫んだ。
「待って……ソフィアはもう限界です……」
カミコが告げたとき、ソフィアはすでに意識を失っていた。
「真子!!」松美は撤退するドイツ軍など眼中になく、すぐさま真子を呼び止めた。
真子は二人の審判官とともにソフィアを見つめた。
「教皇は見つかった……あなたたちは、悔い改める?」真子は二人の審判官に尋ねた。
「真子様についていけるなら……天国より、煉獄のほうが面白いです」
「よし、行こう」真子は二人を連れ、背を向けた。
「待って!」松美は驚いて叫び、真子へ駆け寄った。
真子は足を止め、松美を振り返った。「何?」
「どうしたのか聞きたいのは、こっちよ! 何日も姿を消して、ゲームのことを聞いても答えてくれない。早く戻ってきて!」松美は必死に訴えた。
「自分の楽しみを見つけただけ」
真子の両目は長い紫色の髪に覆われ、表情をうかがうことはできなかった。
「早く戻ってきて! いつまでも意地を張らないで!」松美が真子をつかもうと手を伸ばすと、真子は指を鳴らした――Kanatheonの大旗がたちまち黒炎に包まれ、一瞬で灰になった。
「まだ、その時ではない」
真子は冷たく告げると、二人の審判官とともに立ち去った。
松美が追いかけようとすると、古志がすぐさま怒鳴って制止した。
「足元に気をつけろ!」古志は声を張り上げた。
真子たちは立ち去りながら、地面に大量の無数の印を残していた。松美は岩壁の穴から外へ追いかけたが、真子の姿はすでに消えていた。
「くそっ!」松美は岩を殴りつけた
洞窟内の二次職のプレイヤーたちは、初めて勝利の味を知った。しかも、相手はドイツ軍の精鋭だ。彼らは互いに抱き合い、歓声を上げた――ただ一人、古志だけを除いて。
「カミコ、桐司の到着予定はいつだ?」古志は重い声で尋ねた。
「03分18秒」カミコは眉をひそめて答えた。
「時間は足りるか……一発で終わらせられるか? 苦しませたくない」
古志は歯を食いしばり、たった今死地を切り抜けた二次職のプレイヤーたちを見つめた。
「二発。護心石を持っていれば、ソフィアのそばで復活する可能性がある」カミコは答えた。
「任せた……みんな! こっちへ集まれ!」古志が声を張り上げると、二次職のプレイヤーたちはすぐに石の玉座へ集まった。
「Kanatheon! Kanatheon! Kanatheon!」二次職のプレイヤーたちは、救世主の名を叫んだ。
「ドイツ軍は必ずここへ戻ってくる。君たちはもう安全ではない……」古志は告げた。
「俺たちも一緒に行く! Kanatheonに入れてくれ!」二次職のプレイヤーたちは熱を込めて答えた。
古志は胸の奥に鈍い痛みを覚えた。
「救援に出した石竜は一頭だけだ……全員を乗せることはできない……」
古志が重い声で告げると、洞窟内はたちまち静まり返った。
「えっ、待ってくれ! Kanatheonの本隊が来るんじゃなかったのか!?」二次職のプレイヤーたちはすぐに騒ぎ始めた。
「本隊が来るというのは……君たちを戦わせるための嘘だった。すまない」
古志は深く息を吸い、手にした武器をゆっくりと持ち上げた。
「どういう意味だ!?」本サーバーの二次職のプレイヤーたちは異変を察し、問い詰めた。
「君たちがドイツ人プレイヤーに生け捕りにされれば、俺たちやソフィアの情報を吐かされるかもしれない……」
古志はうつむき、プレイヤーたちの顔を見ることができなかった。
「そんなことはしない! 俺たちはソフィアと何度も死線をくぐってきたんだ。絶対にKanatheonを売ったりしない! Kanatheonのギルマスに会わせてくれ!」
二次職のプレイヤーたちは不満の声を上げた。
「これは……ギルマスの決定だ。すまない」
古志は拳を強く握り締めた。
そのとき、二次職のプレイヤーたちは、百枚を超える鏡の盾が自分たちへ狙いを定めて宙に浮かんでいることに気づいた。
「どういうことだ!? さっきまで一緒に戦っていたじゃないか!」
二次職のプレイヤーたちは驚愕し、身を寄せ合った。
「すまない!」古志が絶叫すると、カミコは黒い外套をまとった。
「黒雷」——ドゴォン!
洞窟内から突然、激しい戦闘音が響いた。松美が驚いて駆け戻ると、黒い外套をまとったカミコ、古志、萌僧が光の粒子の中に立っていた。二次職のプレイヤーたちの姿は、すでに消えていた。
松美は目を見開いたまま、その場に立ち尽くした。
そのとき、桐司が降り立ち、意識を失ったソフィアをすぐに石竜の背へ運び上げた。
「ほかの者たちの処理は済んだのか?」桐司は冷たく尋ねた。
古志は黙ってうなずいた。全員が石竜の背へ乗り込み、Kanatheonの避難所へ向けて飛び立った。
「悪い手段で正しいことをしたのでしょう……?」
ソフィアの言葉が、松美の頭からいつまでも離れなかった。




